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「山中慎介は、きっと引退後の人生も成功するでしょう」By 亀田昭雄

林壮一ノンフィクションライター/ジェイ・ビー・シー(株)広報部所属
もう一度見たかった山中の左ストレート 写真:山口裕朗

 ルイス・ネリvs山中慎介戦の会場には、5階級を制したメキシコの星、ホルへ・アルセの姿があった。引退後、TV AZTECAのリポーターとなり、婦人を伴って来日したのだ。私の席の右隣がアルセ夫人、その隣がアルセだった。

 現役時代、棒キャンディーを口にしながら、カーボーイハットを被ってリングに現れたアルセは、3人の子宝に恵まれ、第二の人生も幸せに送っているそうだ。

写真:著者
写真:著者

 試合前、予想を訊ねるとアルセは言った。

 「ネリの若さがアドバンテージ。山中は年齢からくる衰えがあるよ」

 ネリのドーピングや体重オーバーについては、軽く受け流した。

 「ネリが食べた肉の中に禁止薬物が含まれていたようだけど、メキシコではサッカー選手も、よくそんなことになっている。ジルパテロールが勝因ということでもないさ。

 今回、ネリは栄養士を変えてコンディションを作ってきた。その結果、ウエイトオーバーになったんだよ。ネリのことは直接知ってる訳じゃないけど、長時間フライトでの移動、天候の違い、日本の寒さ、寝不足等でウエイトが落ちなかったんじゃないかな。まだ23歳と若いからね。間違いも犯すだろう。ボクシングに対しては真面目な子だって聞いているよ」

 そして試合後は次のように語った。

 「年齢差が出たね。23歳と35歳じゃパワー、スピード、打たれ強さが違うんだ。山中はいいチャンプだったけど、今日がラストマッチでしょう。一方のネリはこれからの選手だ」

 ロッカールームで山中は、「出足は良かったのですが…自分が脆かったということです」「今日まで、いい形で調整が出来た。支えて下さった周囲の皆さんに感謝しています」「現役続行を決めて本当に良かったと思っています」等と話した。「これが最後です」とも言った。

試合後の控え室で 写真:山口裕朗
試合後の控え室で 写真:山口裕朗

 帝拳ジムの浜田剛史代表は、「言い訳っぽくなるが、非常に高いモチベーションで準備してきたものが、昨日のネリのウエイトオーバーで崩れてしまった」と語った。

 対するネリは「ベルトはもう一度取り返せばいいだけのこと。全勝記録(26戦全勝20KO)を更新できてよかった」とコメントした。

 日本のファンの誰もが勝利を切望した山中慎介は敗れ、リングを去ることになった。しかし、その功績が色褪せることは決してない。

 勝者となったものの、ネリはこれからボクシングの、いや、人生の怖さを嫌という程味わわされるに違いない。

 今、私が思い起こすのは、ジョージ・フォアマンのラストマッチだ。

 1997年11月22日、48歳だったフォアマンは、当時25歳のシャノン・ブリッグスと戦い、判定負けを喫した。どう見ても3-0の判定でフォアマンの勝ちという内容であったにもかかわらずだ。そんな状態でリングに別れを告げながらも、フォアマンは今尚、輝き続けている。

 元WBAジュニアウエルター級1位&日本ウエルター級王者の亀田昭雄に山中について訊ねると、こう言った。

 「山中は真面目な男です。きっと引退後の人生も成功するでしょう。彼なら絶対に出来ます。幸せに生きていってほしい」

 Agreeだ。

ノンフィクションライター/ジェイ・ビー・シー(株)広報部所属

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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