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幻の女性宇宙飛行士訓練プログラム候補生、ベゾス氏と共に飛行へ。82歳で宇宙飛行の記録更新

秋山文野サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)
ウォリー・ファンクさん(左から2人目)Credits: NASA

2021年7月20日に弾道飛行型宇宙船New Shepard(ニュー・シェパード)の有人初飛行を予定している米Blue Origin(ブルー・オリジン)は、ジェフ・ベゾス氏らと共にウォリー・ファンクさんが搭乗すると発表した。ファンクさんは、1960年代に女性の宇宙飛行士候補として訓練を受けた13人の候補生の1人。訓練プログラムが突然打ち切られた後、実際の飛行はかなわなかった。ニュー・シェパード搭乗は現在82歳のファンクさんにとって最初の宇宙飛行になるとともに、宇宙へ行く最高齢の記録更新となる。

1960年代、アメリカ初の7人の男性宇宙飛行士「マーキュリー7」の訓練にあたった医師、ウィリアム・ランドルフ・ラブレースのもとで女性だけの宇宙飛行士訓練プログラムが開始された。「フェロー・レディ・アストロノート・トレイニーズ(FLAT)」と呼ばれたこのグループに、ウォリー・ファンクさんら13人の候補が選ばれた。パイロットとして2000時間以上の飛行経験を持ち、能力の高さは期待されたものの、訓練プログラムは突然打ち切られてしまった。

FLAT初の候補生となったジェラルディン・コブさんとマーキュリー宇宙船 Credits: NASA
FLAT初の候補生となったジェラルディン・コブさんとマーキュリー宇宙船 Credits: NASA

これは、ラブレースが海軍に申請した訓練施設の使用許可が拒否された際に、「NASAの正式な申請がない」ことが問題になったため。1962年には議会で公聴会が開催されたが、マーキュリー7の宇宙飛行士、ジョン・グレン氏、スコット・カーペンター氏が「NASAの宇宙飛行士には軍用機のテストパイロット経験が必要とされる」と不利な証言をしたことなどから、女性の宇宙飛行士訓練プログラムは「公式な計画ではない」とされFLATの訓練活動は終了してしまった。

女性の宇宙飛行士訓練が60年代に正式に行われなかった背景には、当時女性は受けることができなかった軍用機のテストパイロット訓練などの要件を見直し、門戸を開く努力をしなかったNASAの姿勢がある。LIFE誌には、女性を宇宙活動から締め出すことに対する問題提起の記事が掲載され、大きな反響を呼んだ。

公式にはNASAの女性宇宙飛行士訓練は、1978年にアメリカ初の女性宇宙飛行士サリー・ライドさんらが選抜された機会が初とされ、FLAT選抜の13人の女性に宇宙飛行のチャンスは訪れなかった。女性初のスペースシャトルパイロットで後にコマンダーとなったアイリーン・コリンズ宇宙飛行士は1995年の初飛行にファンクさんらFLAT訓練生を招待し、交流を持っている。このとき、FLATの女性たちは「マーキュリー13」と呼ばれるようになり、2018年にはドキュメンタリー映画『マーキュリー13: 宇宙開発を支えた女性たち』が公開された。

7月20日のニュー・シェパード有人初飛行は、ジェフ・ベゾス氏が設立した宇宙開発企業ブルー・オリジンの宇宙船での有人初飛行で、ベゾス氏と弟のマーク・ベゾス氏のほか、6月にオークションで席を落札した民間人が搭乗する。ウォリー・ファンクさんにとってはFLATの活動以来60年以上経ってからの初の宇宙飛行の機会となる。ブルー・オリジンは、ジェフ・ベゾス氏が搭乗計画をファンクさんに伝え、2人で喜びを分かち合う様子を動画で公開した。

現在、82歳のファンクさんがニュー・シェパードによる高度100キロメートルの宇宙飛行を実現すれば、最高齢の記録を更新することになる。これまでの記録は、1998年にジョン・グレン宇宙飛行士がスペースシャトルミッションSTS-95でディスカバリー号に搭乗した際の77歳。1962年には、女性宇宙飛行士の道を閉ざす側となってしまったグレン氏だが、記録の点ではファンクさんに道を譲ることになる。

サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

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