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遊びに向かった先の川で子どもが溺れた 水難事故調レポート

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
事故のあった河口にて壁面を這い上がれるのか確認している様子(筆者撮影)

 水難学会事故調査委員会(委員長 犬飼直之 長岡技術科学大学准教授)はこの8月に子どもが遭遇した川の事故に焦点を当てて、東海地方を特に選定して調査を行いました。そこから見えてきた危険性、河川人工構造物とその周辺に潜んでいるリスクについて速報でお知らせします。

直近の事故例

水中の岩に挟まり、川遊びの中学1年男子が死亡 滋賀県・愛知川
(前省略)署によると、男子生徒は朝から家族と川遊びに訪れていた。妹とせきの上流で遊んでいたが、せきから落ちた。水深約2メートル地点の岩に上半身が挟まった状態で、午後1時10分ごろ、消防署員が引き上げた。京都新聞 8/18(日) 16:02配信

 本件は発生したばかりの事故で、詳細はわかっていませんが、コンクリートで形作られた堰堤(えんてい)によって堰き止められた川の上流から下流に落ちたように思われます。堰のように水の流れに落差があると下流側は深く掘られています。

 川での子どもの水難事故。「目撃者は子どもだけ」という特殊状況が多く、事故の状況を詳細に聞き取るにはたいてい困難が伴います。従って、各事故現場の調査に当たっては、その水難事故につながる必然性に着目、次の項目を水難事故調の観点としました。

1.川に入った動機

2.没水する必然性

3.直ちに上陸できなかった必然性

急に深くなっている危険性

 東海地方のある都市内の住宅地と田畑が隣接する地域で昨年発生した事故について、現場の調査結果からみていきたいと思います。

(前省略)川で「一緒に泳いでいた友達の姿が見えなくなった」と119番があった。(後省略)産経新聞 2023/6/25 22:12

 亡くなったのは中学1年男子。友人と妹と計3人で川遊びをしていました。深みにはまった妹を助けようとしての悲劇でした。

 事故調査委員会が事故の発生した現場で確認した深みは急に深くなっており、深さ2メートル。多くの現場を見てきた調査員でも、目視しただけではこの深さには気づきません。図1をご覧ください。

図1 事故現場から川上流を見た様子。左から流れ込む支流の合流点となる。薄い赤色の範囲は腰高より深い水深の水域を示す。そのほかの水域は膝下水位~腰高水位となっている(筆者撮影)
図1 事故現場から川上流を見た様子。左から流れ込む支流の合流点となる。薄い赤色の範囲は腰高より深い水深の水域を示す。そのほかの水域は膝下水位~腰高水位となっている(筆者撮影)

 現場では本流の川と右岸側から流れてくる支流の川が合流しています。下流と上流には農業用水を取るための井堰があります。その間に水管橋があり、足元にコンクリートの床固工が川を横切るように設置されています。この床固工は小規模な堰となっていて、流れを穏やかにすることで水管橋の橋脚の下の川底が川の流れによってえぐられないようにするために設置されています。逆に言うと、こういった堰のすぐ下流の河床はたいてい深くえぐられてしまいます。この現象を洗掘と呼びます。

 図1では薄い赤色で示した部分が腰高水位より深くなっています。その中央部では深さが2メートルに達しています。こういった場所での事故は次の通り発生すると推測することができます。

 川のこの周辺では岸から歩ける範囲内ではほぼ膝下水位となります。【川に入った動機】そのため、歩いて川遊びを楽しんでいて、そのうち川を横切るように設置されているコンクリートの堰堤の上にのります。【没水する必然性】堰堤から下流に足を踏み入れた瞬間に「深い」と認識するのですが、【直ちに上陸できなかった必然性】堰堤に戻ろうとしても上流からの川の流れに逆らうことになり、戻れずにさらなる深みに流されて溺れることになります。当然助けようと向かった人もこの深みにはまってしまいます。

隠れため池の危険性

 水を堰き止めて水利に使う川を水難学会では「隠れため池」と呼んでいます。ため池と同様の危険性をはらんでいるため、注意喚起のために使用している用語です。

 例えば農業水利に活用している川では2020年6月に小学3年男児が隠れため池にて浮いているのが発見されました。

(前省略)発見場所から上流に約500メートルの川のそばでA君のものとみられる網が見つかり、津署は、虫か魚を捕る最中に誤って転落して流されたとみて調べている。(後省略、筆者一部改編)産経WEST 2020/6/20 22:29

 発見場所は井堰付近でした。井堰とは農業用水を取るために、川を堰き止めて川の水位をあげるための施設です。全国の農地を流れる河川で見ることができます。図2をご覧ください。上の写真は堰き止めている川の様子で、下の写真は本来の川の流れの様子です。堰き止めている時の川の深さは3メートル以上に達しています。まさにため池状態です。

図2 上は堰を閉めてため池状態になっている川の様子、下は堰が開放されている川の様子(水難学会撮影)
図2 上は堰を閉めてため池状態になっている川の様子、下は堰が開放されている川の様子(水難学会撮影)

 壁面はコンクリートで覆われています。壁面の傾斜は測定の結果、分度器の角度で約35度でした。この角度は、より多くの水を溜めることができるし、壁面が崩れないようにするのに最適な角度となっています。川をこのような構造にすることによって「ため池」の役割を持たせることになります。農業にとっては大変重要な構造ですが、人が落ちやすく這い上がることができない構造でもあります。

 別の隠れため池での事故例として防潮堰のすぐ上流の川にて、2009年5月と1990年4月にそれぞれ小学3年男児と3歳男児がほぼ同じ場所で溺れています。1990年の事故を報じる新聞の紙面を次に引用します。

(前省略)Bちゃんの自宅は川の堤防のすぐ近く。Cちゃんと2人で友だちの家に行ったがだれもおらず、2人で河原へ下りたらしい。Bちゃんが落ちてすぐ、Cちゃんが自宅の両親に知らせたが、間に合わなかった。川は農業用水に利用されているため深く、川岸がコンクリートで、大人でもはい上がるのが難しい。4年ほど前にも小学生が水死したことがあり、近所の大人は子どもが遊ばないよう注意していた。朝日新聞 1990/04/15 名古屋朝刊 筆者一部改編

 古い事故なので地名を頼りに調査すると図3の河原に当たりました。「川岸がコンクリートで、大人でもはい上がるのが難しい」との記載に一致するかのように、現場には測定の結果、分度器の角度で約35度のコンクリート壁面がありました。実際に事故調メンバーが入水し、水中から這い上がろうと試みましたが全く上がることはできませんでした。川の水深は1.3メートルほどあり、事故調メンバーが歩いて確認した範囲内では急な深みや極端な凸凹は水底には見られませんでした。

図3 水難事故の発生した現場と考えられる河原。対岸に写っている壁面と同じ構造の壁面がこちらの岸にも見られる(筆者撮影)
図3 水難事故の発生した現場と考えられる河原。対岸に写っている壁面と同じ構造の壁面がこちらの岸にも見られる(筆者撮影)

河口の滑らかな壁面の危険性

 河口では壁面から滑り落ちることがあります。海からの波の影響を低減させるために、カバー写真のように滑らかな斜面で壁面を形成します。さらに海に直結していることから、水深が深くとられています。図4は事故現場の様子を示します。

図4 河口の右岸壁面。右の白色状の筋と左の複数の白色状の筋が明確に確認された。左は救助隊の救助活動に伴う筋と考えられる(筆者撮影)
図4 河口の右岸壁面。右の白色状の筋と左の複数の白色状の筋が明確に確認された。左は救助隊の救助活動に伴う筋と考えられる(筆者撮影)

(前省略)中学校1年の男子生徒(12)が溺れ、市内の病院に搬送されたが、約15時間後に死亡が確認された。(中省略)生徒は同級生や妹ら5人と海に遊びに行った帰りで、この川に落とした物を拾おうとして誤って転落したとみられるという。(後省略) 夕刊三重電子版 YOMMOTO 2024/04/23  15:55

 河口壁面にてまず目についたのが、白っぽい筋です。この筋は靴を履いたままの足で滑り落ちるとつく筋です。右にほぼ1本の筋があり、左に複数の筋があります。複数の筋は意思をもって複数の人が滑った後のように見え、これは救助隊の入水跡のように見えました。

 右の筋の付近に事故調メンバーが入水し、深さを確認したところ、この場所だけ大人の背丈を超える深さでした。実はそれ以外の壁面の下には水中にエプロンがついていて、調査時における水深は膝から腰にかけての水深でした。場所によっては滑落してもすぐには沈水するような深さではありません。

 図4で撮影されている範囲以外の壁面にも実は滑落跡とみられる筋が何本か見られました。すべての箇所の水深を測定しましたが、多くのところで水深は大人の背が届く範囲内にありました。

 4月23日の記事をもとに考察すると次のようになります。この事故では【川に入った動機】川に落とした物を拾おうと壁面を滑落し【没水する必然性】背丈を越える深い水に入ってしまい【直ちに上陸できなかった必然性】測定の結果分度器の角度で35度の斜面で滑って這い上がることができなかったとみられます。

傾斜35度で水中から陸に這い上がることができるか

 今回の事故調にて河川のコンクリート壁面にて水中から人が這い上がることができるのかという観点で現地確認した結果をまとめて動画に示します。この実験によれば壁面を這い上がることか極めて困難であることばかりか、滑落する様子からもまさかの入水となる可能性が高いことがわかりました。

動画 傾斜35度で水中から陸に這い上がれるか(筆者撮影 1分47秒)

さいごに

 今回はたまたま子どもの河川の事故が続いた東海地方の県を選定して行った事故調のレポートを速報でお知らせしました。このような事故はこの地方に限らず全国で発生しています。

 その一方で河川の堰や壁面は防災としての機能や田畑への灌漑にはなくてはならない社会インフラです。公共の利益を実現しつつ、地域の安全をどのように守ればよいのか、模索するための参考になればと思います。
 水難学会事故調レポートは多くの専門家が多角的に、しかも科学的に検討した結果にもとづいています。状況証拠を矛盾なく説明することはできますが、最期のことは亡くなられた方にしかわかりませんので、レポート内容についてはあくまでも推定であることを申し添えます。

謝辞

 本調査研究は、日本財団2024年度事業「子どもの水難事故調査」(事業ID2024004521)と日本学術振興会科学研究費補助金 基盤研究(C)課題番号22K11632の助成により行われています。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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