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太っちょ元統一ヘビー級チャンピオンを目に思い出す、飢えた王者

林壮一ノンフィクション作家/ジェイ・ビー・シー(株)広報部所属
(写真:ロイター/アフロ)

 9月4日にルイス・オルティスと戦う元WBA/IBF/WBO統一ヘビー級チャンピオン、アンディ・ルイス・ジュニアの体を見ていると、どうしても違和感が拭えない。

 とはいえ、このふくよかなボディーで世界ヘビー級タイトルに就けてしまったのも事実なのだ。

 何故か私は、ルイスの映像を目にしながら元WBCライトヘビー級チャンピオンのマシュー・サード・ムハマドを思い出した。

 乳飲み子だった頃に母が病死し、彼と兄は母方の叔母に引き取られる。が、後の世界チャンプが5歳の時、その親戚に捨てられた。マシュー兄弟は、叔母の家で満足に食事を得た経験が無かったという。

 里親を名乗り出た新たな家庭で飢えることはなかったが、肌の色の違う家族と友好な関係を築けなかったマシューは、非行少年となっていく。ペンシルバニア州フィラデルフィアの13番ストリートで名を馳せるギャングとなった。

 何度も収監され、矯正施設でボクシングと出会う。アマチュアで20戦した後、プロに転向。1979年4月22日にWBCライトヘビー級タイトルを奪取し、8度防衛した。

 ピークを過ぎた後も食うためにリングに上がり、日本の格闘技団体の興行にも参戦している。ただ、黒星が増えてからも、ブヨブヨの体をファンに披露したことはなかった。

 2010年7月、マシューはフィラデルフィアのホームレスシェルターに入っている。鬼籍に入ったのは、それからおよそ4年後のことだった。

 バラク・オバマが第44代アメリカ大統領を目指していた選挙キャンペーン中、フィラデルフィア市内で偶然彼と会った。私がグレイハウンドのバスターミナル内で、貧困層にインタビューを重ねている時だった。

 当時、トレーナーとして僅かな給与を得ていたマシューは言った。

 「俺の体にはいつも怒りがあった。捨てられた人間だってことを忘れたことはない。腹いっぱい食えるようになってからも、あの疎外感は片時も離れない。飢えが俺をチャンピオンにしたんだ」

 アンディ・ルイス・ジュニアとは対極にいた男と言えまいか。

ノンフィクション作家/ジェイ・ビー・シー(株)広報部所属

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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