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選手だけで145人の慶大野球部。大所帯を支える学生コーチが目指す「もう1つの日本一」

上原伸一ノンフィクションライター
慶大・学生コーチの深松(左)と堀井監督(右)(写真提供 慶應義塾体育会野球部)

華やかな神宮よりも裏方を選んだ理由

秋の大学野球シーズンが始まった。4年生にとっては「最後の秋」、ラストシーズンである。

全日本大学野球連盟の調べによると、今年2024年現在の加盟校(硬式)は368。部員数は2万7253名とある。単純に割り算をすると、平均部員数は約74人だ。

高校野球(硬式)は、今年度の加盟校が3789で、部員数は12万7031人(日本高等学校野球連盟公表)。1校当たりの部員数は約33.5人である。

つまり、大学硬式の平均部員数は高校硬式の2倍以上であり、所帯が大きい学校が多いことがわかる。なかには150人、200人を超える部員を抱えているところもある。

大人数になると日々の練習を回すのも簡単ではないが、チーム運営をしていく上で、重要な役割を担っているのが、学生コーチだ。学生コーチとは文字通り、学生の指導者である。大学野球のチームには必ずと言っていいほど、この役職の部員がいる。どの大学にとっても欠かせない存在である。

深松は何をすれば一番チームに貢献できるか考え、学生コーチのチーフになった(筆者撮影)
深松は何をすれば一番チームに貢献できるか考え、学生コーチのチーフになった(筆者撮影)

今年、選手だけで145名の部員がいる慶応義塾大学(部員総数は198名)で、学生コーチのチーフコーチを務めているのが、深松結太(4年)だ。3、4年生の19名で形成する学生コーチの責任者であり、全部で12人いる今年の幹部部員の1人でもある。

選手から学生コーチに転じたのは、3年生のシーズンが終わり、最終学年を前にした昨年の12月。選手生活に見切りをつけたわけではない。慶大の堀井哲也監督は、深松のバッティングを買っていた。「4年生でリーグ戦のベンチに入れる可能性は十分にありました」(堀井監督)。大柄ではないが、パンチ力もあった。

中学、高校の球歴は華やかだ。硬式クラブチームの八王子リトルシニアに所属していた中学時代は、2年時、3年時と連続して春の全国大会に出場。3位、準優勝と好成績をおさめている。中学球界では名の知れた強打の三塁手だった。慶應義塾高校でも2年秋からレフトのレギュラーになり、四番を任された。

慶大では下級生の1、2年時は下積みを経験したものの、3年生ではBチームからAチームへの昇格を果たしていた。堀井監督は「戦力の1人」と考えていたので、深松から「学生コーチの先頭に立ちたい」という申し出があった時は、驚きもあったという。

なぜ、深松は華やかな神宮でのプレーよりも、裏方の仕事を選んだのか?

「最上級生になった時、自分がどうあるべきかを考えました。何をすればチームに一番貢献できるかと。ちょうどそのタイミングで、(チームの幹部である)学生コーチのチーフを決めなければいけない、という話があり、自分を活かせるのはそっちではないかと判断したんです」

今年の春季キャンプで話し合いをする深松チーフ(左)と堀井監督(右)(写真提供 慶應義塾体育会野球部)
今年の春季キャンプで話し合いをする深松チーフ(左)と堀井監督(右)(写真提供 慶應義塾体育会野球部)

誰に対しても同じ熱量で接する

深松は生粋のリーダーでもある。小学、中学と主将で、高校では副主将。大学でも2年時は学年の主将だった。もともと責任感が強く、チームのために、という思いは強い。

ただ、実際に学生コーチのチーフになると、立場の難しさを感じた。堀井監督という「大人」と選手の間に立たなければならなかったからだ。

「堀井監督からは、ダメなものはダメと、選手にはっきり伝えてほしい、と要望されてます。僕は真直ぐに言えるタイプですが、仲間に嫌われたくないというのもありまして。グラウンドではコーチですが、プライベートでは同じ部員なので…最初の頃は堀井監督からの指示を伝える時に、気持ち的に選手の側に立ってしまい、躊躇したこともありました。本気で言えるようになるまでは、少し時間がかかりましたね」

少し前まで選手だった自分の言葉がどうすれば伝わるかも考えた。「信頼されなければ、説得力を持たないので、ふだんの言動、行動に気をつけるようにもなりました」。

自分という人間を理解してもらうため、積極的にコミュニケーションも取っている。深松は主にメンバーが中心のAチームを見ているが、Bの下級生への声かけも欠かさない。「(選手が145名いるなか)話をしたことがない選手はいません」。

深松がコミュニケーションにおいて手本にしているのが堀井監督だ。

「監督は、幹部、レギュラー、Bチームの下級生、誰に対しても同じように接します。全く温度差がないんです。こういうところも人として尊敬されている1つの理由だと思います」

ある時、日頃から公平な声かけを心掛けている深松に嬉しいことがあった。慶大野球部は「美点凝視」という取り組みをしている。毎年、学年に関係なくグループに分かれ、欠点ではなく、長所を言い合う機会を作っているが、「ある1年生の選手が『結太さん(深松)は誰と接しても熱量が変わらない』と言ってくれたんです」。

145人も選手がいれば、深松にも多少、話しにくい選手はいるだろう。だが、それを一切表に出さないことを、その1年生はしっかり見ていたのだ。

学生コーチのチーフは指揮官の片腕でもある。堀井監督との連携も大事な仕事だ。オープン戦やリーグ戦では常に堀井監督の横に陣取る。

「練習メニューの確認をしたり、チームの課題解決に向けての話し合いをしたりなど、監督とはいろいろな話をします。〇〇はどうだ?と、選手の状態を聞かれることもあります。今の役職になってから、監督との会話はすごく増えましたね。練習がオフの日に電話で1時間話していたこともあります」


学生スタッフは中間管理職

深松がチーフになってから新たに導入したこともある。選手1人ひとりにより深く関わっていこうと、担当選手を決めたのだ。19名の学生コーチがそれぞれ7~8名の選手を担当。毎日の体調やケガの状況などを把握しながら、担当選手の精神的なサポートもしている。深松もチーフとして全体を見つつ、Aチームの外野手9名を担当しているという。

慶大には学生コーチ以外に、マネージャー、アナリスト、コンディショニングスタッフと3つの部門の学生スタッフがいる。堀井監督は「彼ら、彼女たちは会社に例えるなら、中間管理職ですね」と言うとこう続けた。

「選手以上に大人になることが求められますが、深松がそうであるように、みんな精神的に大人ですよ。慶大野球部を支えてくれてます」

深松(手前左)はリーグ戦でも堀井監督(手前中央)のすぐ横に陣取る(写真提供 慶應義塾体育会野球部)
深松(手前左)はリーグ戦でも堀井監督(手前中央)のすぐ横に陣取る(写真提供 慶應義塾体育会野球部)

チームとしての目標は日本一。深松もそれに向けてのサポートを続けているが、学生チームの日本一はもう1つあると考えている。

「リーグ戦のベンチに入れるのは全選手の2割もいません。試合ごとにメンバーは変わるものの、ほとんどの選手は試合の勝ち負けには直接、関係ないわけです。なかなかメンバーに入れないと、モチベーションが保ちにくいところもあるでしょう。一方で、メンバー外が多数派ということは、メンバー外の雰囲気がそのままチームの雰囲気になります。ですから、メンバー外の選手も含めた全選手が、このチームで良かったと思える組織にしたい。容易くはないですが、そういうチームになることが、もう1つの学生日本一をつかむことだと思ってます」

深松がそうであったように、慶大の選手は誰しも、神宮での、そして早慶戦での活躍を夢見て野球部の門を叩いた。だからこそ学生コーチは、可能性にかけて、日々努力を続ける選手に精一杯寄り添っていく。そして、たとえ夢が叶わなくても、大学で、慶大で野球をした意義を見出せる環境を作りたい。

深松は最後の秋も、熱く、深く、選手たちと関わっていくつもりだ。

今秋は深松にとってもラストシーズンとなる(筆者撮影)
今秋は深松にとってもラストシーズンとなる(筆者撮影)

ノンフィクションライター

Shinichi Uehara/1962年東京生まれ。外資系スポーツメーカーに8年間在籍後、PR代理店を経て、2001年からフリーランスのライターになる。これまで活動のメインとする野球では、アマチュア野球のカテゴリーを幅広く取材。現在はベースボール・マガジン社の「週刊ベースボール」、「大学野球」、「高校野球マガジン」などの専門誌の他、Webメディアでは朝日新聞「4years.」、「NumberWeb」、「スポーツナビ」、「現代ビジネス」などに寄稿している。

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