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欧州議会選挙に寄せて -Nファーガソンが描く、2021年のユーロ・欧州像が面白い

小林恭子ジャーナリスト
2021年の欧州はこうなる?(ファーガソンの2011年の予想)

欧州議会選挙の結果が出た。英国では、EU脱退を目指す「独立党」が第1党となった。全体として、EUへの懐疑派が大きな躍進を見せたようだ。(木村正人氏の論考「欧州議会選 懐疑派、極右、極左台頭で暗雲【デモクラシーのゆくえ:欧州編】をご参考に。)

結果を昨晩からテレビで見ていたら、2011年末にスコットランド出身の歴史学者N・ファーガソンが書いた「将来の欧州図」の論考を思い出した。彼の予想が現在となんだかシンクロする。

以前に拙ブログでこの論考を紹介したので、転載してみたい。以下、あくまで2011年末時点での予想である。

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スコットランド出身の歴史学者N・ファーガソンが、米ウオール・ストリート・ジャーナル紙に書いた記事「2021:新しい欧州(The New Europe)」〔11月19日付)が、なかなか面白い。先ほどまた見たら、ツイート数が1700を超えていた。

ファーガソンは現在ハーバード大学の教授で、何冊も著作がある。よく「気鋭の若手歴史学者」と紹介されている。私も何冊か、著作を持っているのだがーーとても勉強になったものもあれば、??と思うものの個人的にはあったけれどもーー私の印象では保守派ではないかと思う。右か左かというと右という感じ。(左右で分けるのはもう古いと何度かいろいろな人に言われているのだが)。そこをとりあえず踏まえて読んでみたのだが、2021年の欧州像が当たっているのかどうかは別としても、「ありそうな話」なので、一種の知的遊びとしても非常に面白い、ということになる。本当にそうなりそうな感じもしてくる。

ファーガソン氏によれば、

*ユーロはなくならない。生き残る。

*しかし、欧州連合・欧州はいまの形では残らない。

*英国はEUから抜け出て、アイルランドはかつて独立した国、英国と再統合するーーアイルランド人は、ベルギー(いまのEUの本部)よりも、英国のほうがいい、というわけである。英国では国民投票が行われ、僅差でEUからの脱退が決まる。支持を得たキャメロン首相は、今度の総選挙で自分が党首となる保守党の単独政権(2011年現在は、親欧州の自由民主党との連立政権)を成立させる。2021年時点で、キャメロン首相は4期目を務める。

*EUの本部はベルギー・ブリュッセルではなく、オーストリア・ウィーンに移動する(ウィキペディア:ウィーンは第一次世界大戦まではオーストリア=ハンガリー帝国の首都としてドイツを除く中東欧の大部分に君臨し、さらに19世紀後半まではドイツ連邦や神聖ローマ帝国を通じて形式上はドイツ民族全体の帝都でもあった)。

*独立心の強い北欧諸国は、アイスランドを入れて、自分たち自身のまとまり=北部同盟を作る。

*EUはドイツが中心となって、「ユナイテッド・ステーツ・オブ・ヨーロッパ」(欧州合衆国)となる。さらに東欧諸国が入り、2つの言語で割れていたベルギーは原語圏に応じて2つの国となるので、加盟国は29になるという。ウクライナも加盟を望む。英国や北欧諸国は、合衆国を「全ドイツ帝国」と影で呼んでいる。

  • 合衆国内では、ドイツがある北部と、ギリシャ、イタリア、ポルトガルがある南部には大きな差がある。南部諸国では失業率が20%近くになるが、心配することはない。連邦制だから、北部から資金が流れてくるのだ。

欧州から目を離し、中東や米国はどうなるのだろう?

ファーガソンによれば、

*「中東の春」は長く続かなかった。2012年、イスラエルがイランの核施設を攻撃し、イランはガザ地区やレバノンに攻撃を返す。イスラエルのイランへの攻撃を米国は防げなかった。イランは米国の戦艦をとりおさえ、乗組員全員が人質になる。この大きな失態で、オバマ米大統領の再選への夢は消えたのであるー。

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この将来像はあくまでも1つの仮説、あるいはお遊びであろうし、ファーガソン氏の政治傾向も考慮して判断しなければならないが、「英国とアイルランドがくっつく」・・・というのがなんとなくありそうで、連日のEU論争を少し長い目で見れそうな気がする。

ファーガソン流に考えれば、決して将来は暗くなく、それぞれの国は引力のようなものによって、落ち着くべきところに落ち着く。外に出たい国は出るし、中にとどまりたい国はとどまるのである。それぞれに違った状況があるのに、「何とかして、全体を守ろう・現状を維持しよう」とするから無理があるのかなと思えてくる。(筆者ブログ2011年12月11日付より転載)

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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