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『鬼滅の刃』の煉獄さんや炭治郎は逮捕されるの? 廃刀令後に日本刀を持ち歩くとどうなるのか

田上嘉一弁護士/陸上自衛隊二等陸佐(予備)
(写真:西村尚己/アフロ)

昨年大ヒットしたアニメ『鬼滅の刃 無限列車編』が、フジテレビ系列で10月10日から放送されています。先週放送された第1話は炎柱である煉獄杏寿郎(れんごく・きょうじゅろう)が無限列車へ向かうまでを描いた完全新作エピソードでしたが、今週からは原作どおり無限列車での戦いに入ってくことになります。

第2話から第7話にかけては、杏寿郎ら鬼殺隊の無限列車における活躍ぶりを、約70カットの新作映像を追加して放送するとのことですので、非常に楽しみなところです。

鬼殺隊の帯刀は違法? 廃刀令とは

主人公の竈門炭治郎(かまど・たんじろう)を始めとする鬼殺隊の隊員たちは鬼を退治するためにみな一様に刀を差しています。しかし、『鬼滅の刃』の舞台設定は大正時代。すでに侍の世は終わり、四民平等の世の中となっております。大正時代においては、すでに人前で刀を差して歩くことは禁止されていました。

維新後の明治2年(1869年)頃から廃刀の議論は行われておりましたが、いきなり帯刀を禁止することは難しいと判断した結果、明治4年8月9日(1871年9月23日)、明治政府はひとまず「武士であっても散髪しても良いし、刀を差さなくても良い」とする(平民の帯刀については同年12月27日(1871年2月16日)に改めて禁止令が出されている)「散髪脱刀令(明治4年8月9日太政官第399)」を発布します。

あくまで強制力のない規制ではありましたが、髷や帯刀といったそれまでの武士の正装について、正面から変えていくことを政府が公式に発することで、世の中に廃刀の流れを作り出そうとしたわけです。

そして、1875年(明治8年)12月の山縣有朋の建議を受け、1876年(明治9年)3月28日、新政府は太政官布告を発布。皇族、政府の役人、軍人、警察官以外の者の帯刀は禁止されました。

これに伴い、大礼服着用の場合や、皇族、政府の役人、軍人、警察官などが制服を着用する場合以外に刀を身に付けることは禁止されました。なお「廃刀令」「帯刀禁止令」というのは通称であり、正式には、「大礼服並軍人警察官吏等制服着用の外帯刀禁止の件(明治9年太政官布告第38号)」といいます。

国民皆兵による新しい軍隊の創設にあたっていた山縣は、徴兵令が敷かれ、警察も整備された今の日本にはもはや武士は必要ないということを強く主張してきました。武士の象徴たる刀の携帯を禁止することで、日本を新しい国家とすることを目指したわけです。

禁止されたのは帯刀であって、所持または所有そのものが禁止されたわけではありません。しかし、帯刀は武士の特権でありその身分と分かち難いものとなっていました。その廃止については、武士としては存在そのものの否定とも受け取られたようです。秩禄処分とともにこうした武士の特権の廃止が、その後の神風連の乱の乱や西南戦争といった士族反乱につながっていったとされています。

しかし、武士だけではなく庶民の多くも刀を差していたというのが実態であり、実際に当時の平民が旅や年始の挨拶、結婚や葬式の際に脇差を差すことは広く慣習化していました。実際に当時の新聞には平民の摘発事例が多く見受けられるそうです。

実際に庶民から刀が遠い存在となっていったのは、GHQによる刀狩りによるものでした。

〈参考記事〉

【富岡八幡宮殺傷事件】日本刀は誰でも所持することができるのか

廃刀令を前提としている『鬼滅の刃』の世界観

前記のように『鬼滅の刃』の時代設定は大正時代。大正時代は1912年からはじまりますから、廃刀令の布告から少なくとも35年以上は経過しており、帯刀が法に触れることは当たり前の世の中となっているため、作中では、こうした時代設定に対しても配慮がなされていることが随所に見受けられます。

無限列車に炭治郎ら3人組が乗り込もうとするとき、汽車を見たことがない嘴平伊之助(はしびら・いのすけ)が「猪突猛進!」と叫んで車体に頭突きをかましたことで、駅員がやってきます。その際に警官が「あっ、刀持ってるぞ・・・!!警官だ警官を呼べ!」となり、3人ともやばいやばい!といって逃げていきます。

こうした事情について吾妻善逸(あがつま・ぜんいつ)は「政府公認の組織じゃないからな俺たち鬼殺隊。堂々と刀持って歩けないんだよホントは」と炭治郎・伊之助に説明し、「とりあえず刀は背中に隠そう」という流れになります。

あくまで人前において刀を差してはならないということが物語の中でも大前提となっているのです。(※なお、16日深夜に放送された第2話をみたところ、このシーンはアニメからはカットされていました)。

さらには、無限列車内で鬼の気配に気づいた煉獄さんが、刀を抜こうとする直前に車掌に「火急のこと故、帯刀は不問にしていただきたい!」と告げています。マイペースで空気を読まない天然キャラの煉獄さんであってもその法規制についてはきちんと受け入れていることがよくわかります。

鬼を退治するという大義名分があるために鬼殺隊は一定のお目溢しを受けているのかもしれませんが、正当な理由もなくむやみに帯刀していれば煉獄さんや炭治郎も逮捕されてしまうことでしょう。善逸の解説がすべてを物語っているように、鬼殺隊の隊員はあくまで秘密裏に刀を持って鬼狩りを行っているというわけです。

現行の法規制について。日本刀を所持するのに免許は必要?

1886年(明治19年)に公文式(こうぶんしき。「くもんしき」ではありません)が出され、新しく法律・勅令・閣令・省令といった日本の法令体系が創設され、太政官布告・太政官布達・太政官達などといったそれまでの法体系は廃止されます。

この公文式の施行以前に公布された太政官布告・太政官達は、以後に成立した法令に反しない限り有効ですので、今もなお効力を有している太政官布告などが存在します。

もっとも廃刀令については、その後、銃砲等所持禁止令(昭和21年勅令第300号)の施行により実効性を喪失した上、、内閣及び総理府関係法令の整理に関する法律(昭和29年法律第203号)第4号により、1954年(昭和29年)7月1日をもって正式に廃止されていますので、現行の法規制ではありません。

現在は、銃や刀剣については、銃砲刀剣類所持等取締法(「銃刀法」)が規制しており、例えば日本刀などの「刀剣類」は銃刀法において以下のように定められています。

第2条(定義)

2 この法律において「刀剣類」とは、刃渡り15センチメートル以上の刀、やり及びなぎなた、刃渡り5.5センチメートル以上の剣、あいくち並びに45度以上に自動的に開刃する装置を有する飛出しナイフ(刃渡り5.5センチメートル以下の飛出しナイフで、開刃した刃体をさやと直線に固定させる装置を有せず、刃先が直線であってみねの先端部が丸みを帯び、かつ、みねの上における切先から直線で1センチメートルの点と切先とを結ぶ線が刃先の線に対して60度以上の角度で交わるものを除く。)をいう。

なお、現代においても、日本刀を所持することは原則禁止されていますが(銃刀法3条)、例外的に、都道府県の教育委員会に登録を行えば所持することができます(銃刀法3条6号、14条)。

このように、「刀剣類」については、「銃」と異なり武器ではなく、あくまで文化財・美術品として扱われるため、文化的・美術的価値のある日本刀については、一口ずつ登録し、銃砲刀剣類登録証が交付される必要はあるものの、所持するためには、免許や資格などは何もいらないわけです。

この点、鉄砲については所持にあたっても免許が必要となっているため法規制が異なります。

もっとも、ここで登録が認められるのは、美術品として価値が高いものに限られますので、伝統的な製作方法である、玉鋼、折り返し鍛錬、皮・心鉄構造といった江戸時代後期の製法に従って製作された刀、やり、ほこ、なぎなたなどに限られます。したがって上記の伝統的な製法以外の方法で作られた軍刀、例えば、三十二年式軍刀や九五式軍刀、海外で制作された刀剣は、登録の対象となりません。

また、登録のある刀剣類であっても認められるのは所持することのみです。特に意味も無く持ち歩いた場合や振り回した場合も違法となります。

第22条(刃体の長さが6センチメートルをこえる刃物の携帯の禁止)

何人も、業務その他正当な理由による場合を除いては、内閣府令で定めるところにより計った刃体の長さが6センチメートルをこえる刃物を携帯してはならない。ただし、内閣府令で定めるところにより計った刃体の長さが8センチメートル以下のはさみ若しくは折りたたみ式のナイフ又はこれらの刃物以外の刃物で、政令で定める種類又は形状のものについては、この限りでない。

したがって、煉獄さんや炭治郎ら鬼殺隊が現代の日本において帯刀していれば、銃刀法違反となり、2年以下の懲役または30万円以下の罰金を科されることになります。

大正という時代設定にはロマンがある

明治維新や太平洋戦争といった大きな出来事があった明治や昭和とくらべ、大正は短く比較的印象の薄い時代となっています。しかし『鬼滅の刃』はその狭間の時代ともいえる大正を舞台として選んだことで、これまでにないストーリー全体における浪漫を打ち出すことに成功しているといえるでしょう。当時の時代背景にも一定の配慮がなされている点にも細やかさを感じます。このあと無限列車編、遊郭編と続き、さらに物語はクライマックスである鬼との全面対決へと突き進む『鬼滅の刃』の人気はまだまだこれからも続くことでしょう。

弁護士/陸上自衛隊二等陸佐(予備)

弁護士。早稲田大学法学部卒、ロンドン大学クィーン・メアリー校修士課程修了。陸上自衛隊三等陸佐(予備自衛官)。日本安全保障戦略研究所研究員。防衛法学会、戦略法研究会所属。TOKYO MX「モーニングCROSS」、JFN 「Day by Day」などメディア出演多数。近著に『国民を守れない日本の法律』(扶桑社新書)。

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