人事でよくある課題の処方箋(オンライン面接・上司部下関係編)
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今回のゲストは2回目のご登場となる、株式会社ビジネスリサーチラボの代表取締役 伊達洋駆さんです。2022年2月に発売された『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』では、人や組織をめぐる44項目の課題を取り上げ、「組織行動論」の研究知見をもとに対策を解説しています。今回はその本の内容に触れながら、「オンライン面接で志望度を高めるには?」「マネジャーの部下育成力を高めるには?」という人事でよくある課題について伺いました。
<ポイント>
・オンライン面接・採用の問題点と対策
・面接を受ける人の印象管理は見抜けない
・上司のサポート力を高めるには?
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■ビジネスの実務に研究知見を活かす
倉重:今回は2回目の出演で、伊達洋駆さんにお越しいただいています。大変恐縮ですが、自己紹介をお願いしていいでしょうか。
伊達:ビジネスリサーチラボという会社の経営をしている、伊達と申します。もともと神戸大学大学院経営学研究科で研究者としてのキャリアを歩んでいたのですが、途中で会社を立ち上げて現在に至っています。アカデミアからビジネスに移行してきたというのは、めずらしいキャリアパスかもしれません。25~26歳のときに「もっと市場の中で経営学を活かせないだろうか」と考えて、当時は若かったので勢いで仲間と会社を立ち上げました。
倉重:今回伊達さんが出された『人と組織の行動科学』という本は、まさにビジネスの実務に研究知見を活かすというコンセプトですよね。
伊達:知識の中には「研究知見」という学術研究のデータがあります。ところが、研究が役に立つか役に立たないか以前に「そもそも知られていない」という問題がありました。重要な知識源としての研究知見を伝えるために本を執筆したのです。
ただ、いきなり概念から入ってしまうと「自分とは疎遠なもの」と捉えてしまいますし、教科書のようで疲れてしまいます。ですから「実務的によくある課題を解決するために、研究知見を紐解いていく」というスタイルで書きました。
倉重:オンライン採用の話から、マネジャーはどうあるべきか、フィードバックをどうしたらいいかなど、非常に具体的な話が多いですね。
伊達:よくある課題を集めるところがまず苦労したところです。私たちの会社が相談を受けた課題や、自社で起こる課題も参照しました。いろいろ調べて分かったのですが、HRの世界では、実は誰も課題を整理していません。そもそもどのような課題を実務的に抱えているのか、特に「人と組織を巡る課題は一体何なのだろうか」という点が整理されていませんでした。これを整理し、項目を作るのが非常に大変だったところです。
倉重:今は世の中も不安定ですし、日本型雇用も変わり始めています。そこを紐といていくときに、研究知見があれば一つの参考になるということですよね。
具体的に、各場面でどのような研究の話があって実際どう使えるのかを聞かせていただきたいと思います。今各社で課題になっているのは、コロナ禍でのオンライン採用です。
伊達:オンライン採用や面接の一番大きな課題は、候補者の自社に対する志望度を高めるということです。オンラインのほうが「惹きつけ」(志望度を高める効果)が弱いと研究で検証されています。
倉重:「この会社に行きたいな」と思わせる効果が弱いのですね。
伊達:入社動機を形成する力がどうしても弱まってしまいます。
他方で、相手の能力や適性などを見極めるのはオンラインのほうが得意です。さらに、オンライン面接の研究などで惹きつけに有効であると言われているのは「構造化」です。
倉重:と言いますと?
伊達:「構造化」とは、質問項目や、評価基準、評価方法を面接に先立って設計することをいいます。雑談ベースで面接をしていくのではなく、「どのようなことを聞こうか」と計画し、「質問に対してこのような回答が得られたら高く評価する」ということを設計するのです。それがオンラインでの志望度醸成につながるという面白い研究知見があります。
対面の面接が一問一答のような感じで進んでいくと、面接を受けている候補者は「自分が評価されている」ことを非常に強く意識します。その結果、「うまく話せなかった」という不完全燃焼のような気持ちになり、目の前の企業に対して魅力的だという感情が芽生えにくくなるのです。
一方、オンラインでのコミュニケーションでは、初対面の人と話をするときに会話がぶつかったりしますよね。
倉重:Zoomでよく会話がかぶります。
伊達:「あ、どうぞ」となることがありますよね。あれは非言語的手掛かりといって、視線やボディーランゲージなどが不足するので、自分が話をするタイミングが分かりにくいのです。会話がぶつかってしまうと、候補者にとっては「自分の能力が十分に発揮できなかった」という感覚に陥るのです。
オンラインでは質問が構造化されていたほうが、「能力を発揮できた」という感覚が高くなります。その結果、相手の企業に対してもポジティブな印象を形成しやすくなり、結果的に惹きつけにつながっていくという知見があります。
倉重:一方で、「自社の魅力が伝わりにくい」という課題もあるのではないでしょうか?
伊達:例えば人柄や風土など、何となく雰囲気で感じていた情報=非言語情報が伝わりにくくなるのは確かです。企業側も、自社の様子や工場などをライブ配信する等いろいろな努力をしていますよね。
■面接を受ける人の印象管理は見抜けない
倉重:面接と関連して、「印象管理は見抜けない」というお話も聞かせていただけますか?
伊達:まず印象管理という学術的な概念があります。「相手に対していい印象を与えようとする」ということです。採用面接では、自分をアピールする必要があるので、性格にかかわらずほとんどの人が印象管理を行っています。
倉重:面接官は候補者の印象管理をどれぐらい見抜くことができるのでしょうか?
伊達:これを研究した実験があります。面接官と候補者が面接し、その様子をビデオで撮っておきます。面接が終わった後に、候補者にビデオを見返してもらいながら、「どのタイミングで自分が印象管理をしたのか」を報告してもらうのです。
例えば、「このときに少し話を盛りました」「相手に話を合わせました」ということを一つひとつ報告してもらいます。その後に、面接官側にもビデオを見返してもらって、どのタイミングで印象管理をしたと思ったか報告してもらいます。双方のデータを突き合わせると、印象管理を見抜けたのは1~2割だとわかりました
倉重:全然見極められていないということですね。
伊達:印象管理は大きく分けると2つの種類があります。一つは、うそはつかずに事実の伝え方を変える印象管理です。もう一つの印象管理が、うそも含まれているような印象管理です。
ある意味誠実な印象管理と、不誠実な印象管理があるのです。この不誠実な印象管理のことを「フェイキング」と呼びます。この二つを比べると、フェイキングのほうが見抜けません。思い切ってうそをついたほうが分からないのです。
倉重:企業側はどうしたらいいのでしょうか?
伊達:面接をたくさんしている人でも見抜けないので、「どうやって印象管理を見抜くのか」という問い自体が無駄なのです。見抜けないとするならば、「どうやったら減らせるのか」という発想に立ったほうが合理的です。
印象管理を増やす要因を調べた研究からは、面接対策の講座を受けたり動画を見たりするほど、フェイキングや印象管理をたくさんするということが分かりました。
裏を返すと、企業側が「自分たちが何を見極めようとしているのか」という情報を出せば、印象管理が減ります。
倉重:情報がないと何を見極めているのかが分からないので、全方位に印象管理をしないといけなくなりますね。
伊達:企業が「面接でここを見ますよ」というメッセージを明確にするのが、一つの方向性です。ただ、この話をすると採用担当の方から「事前に伝えると準備されてしまうのではないか」と質問されます。準備をすることは仕事の一環として大事なことですから、別に悪いことではありません。
採用担当の方々は「意味のない準備」が気になっているのです。例えばうそのエピソードを作ったり、盛ってしまったりすることは意味がない準備だと思うわけです。
では意味のある準備とは一体何かというと、私は大きく2つあると考えています。
一つは企業理解につながる準備です。例えば候補者に対して「次回は2月に出た決算の情報を見て、うちの会社の強みや弱みについてどう感じたか話してもらいたいと思います」と伝えます。
倉重:課題を出しておくのですね。
伊達:準備する人は財務諸表の読み方を学ぶでしょうし、その企業の売り上げやビジネスモデルを理解することにもつながります。これが1つ目の準備です。
2つ目に、自己理解につながる準備も有効です。例えば、「これまでの人生を振り返って、モチベーションのグラフを書いてきてください。どういうときにモチベーションが高まったのかを次回の面接では聞きます」と言われると、自己理解が深まりますよね。企業理解や自己理解が深まるような準備であれば何ら問題はなく、むしろプラスになります。そのような準備を促す情報提供を行い、変な印象管理を減らしていくのが一つの方向性だろうと思います。
倉重:自社のことを知ってもらう準備はすごく有効な感じがします。志望度が高い人ほどきちんと準備していきますから、その見極めにもなりますね。ありがとうございます。
■上司サポートを促すには?
倉重:世の中には悩める管理職が非常に多いのではないかと思います。部下のサポートをしないマネジャーへの対応はどうしたらいいのでしょうか。
伊達:上司が部下をサポートする行動のことを「上司サポート」といいます。興味深いのは、上司サポートを評価するのはあくまで部下なのです。上司自身が「自分は部下をサポートしている」と思ったとしても、部下からすると「全然サポートされていない」ということはよくある話です。
研究の中では部下に対して「あなたの上司はこのようなサポートをしてくれていますか」と尋ねていく形で測定しています。
問題は、この上司サポートをいかに促していくかということです。上司もやはり人間なので、よくサポートする部下もいれば、あまりサポートしない部下もいるといったばらつきが生まれてきてしまいます。
倉重:相性もあるでしょうからね。
伊達:そのばらつきが生まれる要因は何なのだろうかという研究がされています。その要因の一つが「共通点」です。部下と上司の間で共通点があると、その部下に対してはサポートを行います。地元が一緒だったり、同じ年齢の子どもがいたり、同じ地域に住んでいたりする等の共通点ですね。上司側からすると、「部下は同じ集団の一員なのだ」と思ってサポートをしやすくなることが分かっています。
部下側からすると、共通点を見いだして上司に知ってもらうことで、サポートをしてくれるようになるのです。
上司側からすると、接点があまりないなと思う部下に対しても、自分との共通点を探っていくという努力が必要になります。
倉重:その共通点探しを会社として促進する取り組みはあるのですか?
伊達:これはなかなか十分に行われていいません。なので、ばらつきが生まれているのだと思います。かつての「飲みニケーション」は共通点を探っていく機能を果たしていたのかもしれません。ただ、もう飲みニケーションをがんがんするという時代でもなくなってきているので、別の方法で共通点を探れる機会をつくっていく必要がありますよね。
倉重:うちの事務所の弁護士はみんな年齢がばらばらですけれども、全員『モンスターハンター』という共通の趣味があって、一緒に狩りに行く仲間です。また、事務所に大量に漫画を置いているのですが、これも学術的な効果があるということですね。
伊達:同じ漫画が好きだったりすると共感しますよね。共通点は高尚なものではなく、何でもいいのです。
倉重:すでに悪化している上司と部下の関係性を良くする方法はありますか?
伊達:上司と部下の関係性は永遠の課題です。自分で上司や部下を選べるわけではないので、当然仲の良い上司と部下もいれば、そうではない上司と部下も出てきます。
この上司と部下の関係の質のことを、学術的にはLMX(Leader-Member eXchange)と呼びます。
LMXの概念が出てきた理由がなかなか興味深いのです。「いい上司」がいたとしても、全員の部下に対して等しく接することができるわけではありません。完全に平等というのは人間として難しいので、やはりばらつきが出てきてしまうわけです。「一対一の関係の質にきちんと注目したほうがいいのではないか」と言われるようになって、このLMXという概念が出てきました。
倉重:これも部下が評価するということなのですね。
伊達:360度評価のような感じで、「上司を信頼しているか」「上司の判断したことを擁護するか」等を聞いていきます。そうすると上司と部下の関係が見えてくるのです。
上司と部下の関係をいいものにしていくためには、両者にできることがあります。上司側からできることは、部下に対して何かしら働き掛けをするということです。広い意味ではリーダーシップを取っていくということですが、スタイルはあまり問いません。とにかく働き掛けることが重要になります。
倉重:それはオラオラ系で引っ張るリーダーシップでも、サーバントリーダーシップでもいいのですか。
伊達:まずは関わっていくことが大事になってきます。もう一つが「部下の成功を期待する」というマインドを持っておくことです。
倉重:それは先ほどのサポート力にもつながる話ですね。
伊達:部下側についてはいくつかの要因が挙げられています。一つは部下側の能力が高いと上司と部下の関係は基本的によくなります。
倉重:仕事のできる部下だと、上司に可愛がられますよね。
伊達:身も蓋もないところがありますが。他にできることはポジティブな感情を示すということです。例えば、部下が上司に対して不満を言わない。あるいは楽観的な姿勢でいる、嫌な態度を出さない、できるだけ熱意を持って仕事に取り組むなど、ポジティブな感情を示していくことが重要です。なおかつ他責にならないことです。
部下が他責のスタンスを持ってしまうと上司と部下の関係を改善していくのは難しくなります。お互いにポジティブな状態で日々働き掛け合うことによって、LMXが少しずつ高まっていきます。
倉重:私も解雇事件や降格事件など紛争になったものを扱っていて、「他責の方が多いのではないか」と思うことがあります。他責思考はどうやって変えていったらいいのでしょうか。
伊達:これはなかなか難しいですよね。起こった物事に対してその原因をどこに帰属させるかという問題なのですが、割とパーソナリティーに近いところもあるのです。他責の度合いが高い人は、そのことに対してよほど意識する必要があります。きちんとフィードバックをもらって、「自分に他責の傾向がある」ということを意識し、普段から気をつける必要があるのです。
倉重:「フィードバックをマメにしなさい」ということは、コロナになってから言われた上司も多いと思います。しかし、結局説教大会になってしまうなど、ネガティブなフィードバックになることも多いのではないでしょうか。より良いフィードバックをうまくするにはどのようなことを意識したらいいですか。
伊達:まず、フィードバックをする側とされる側が目的を共有している必要があります。「評価するためではなく、成長を目的にしている」ということに対して、お互いに合意できていることが大事な出発点になります。
倉重:ここを見失っている例は相当多いのではないでしょうか。
伊達:おっしゃるとおり、評価するということが中心になり過ぎているように感じます。「成長を目的とする」ということを徹底していただくといいのではないかと思います。
倉重:その人の人格ではなく、あくまで行動にフォーカスするということですね。
伊達:「あなたは駄目だよね」と言われると自信がなくなるのです。この自信というのは学術的には自己効力感と呼びます。自己効力感が低下すると行動が変容しません。やはり人は自信のあることに対して行動するのです。例えば、朝早く起きるための一番のコツは「自分は朝早く起きられる」と思うことなのです。
倉重:「私は朝が苦手だ」と思っていると起きられないということですね。
伊達:勉強などもそうですね。「算数や数学が苦手だ」と思っていると結局やらなくて、ますます苦手になっていくスパイラルにはまってしまいます。行動を促すためには、「自信をいかに高めていくのか」という観点が大事なのです。
逆に「こういうことはやめておいたほうがいいですよ」と言われると、かなり問題が焦点化されます。「ここだけであれば直せるかもしれない」という自信が芽生えて行動しやすくなります。行動に対してフィードバックしていくというのは非常に大事な側面です。
例えば取引先との商談の様子を観察して、後から「このような言い方をしたほうが、クライアントのニーズをきちんと引き出せますよ」と伝えれば、「なるほど、そうすればいいんだな」と思いますよね。
倉重:時にはいいことばかりではなくて、悪いところも指摘しなければいけませんよね。
伊達:ネガティブフィードバックはなかなか悩ましい部分があります。
関係性が悪い相手からネガティブなフィードバックをされても、相手に対する印象が悪くなるだけで、右から左に流れていってしまいます。まずは関係構築が大事です。また、フィードバックを受ける側が「学習目標志向性」が高く、成長志向である必要があります。
「高く評価されたい」というモチベーションで働いている人にとっては、ネガティブフィードバックをされると自分が低く評価されたと感じてしまい、あまり刺さりません。「学びたい」「成長したい」と思っている人に対して、関係が構築できた後にネガティブなフィードバックをすると、スポンジのようにどんどん吸収してくれます。
倉重:そのような話は、テキストではしないほうがいいのでしょうか?
伊達:やはりテキストは、先ほどの非言語的手掛かりが少ないので、ものすごく詰められたような冷たい感じに受け取ることもあります。
倉重:「こういう点を改善してください」という文章だけだと、やはり怖いですね。
伊達:「怒っているのかな」と思いますよね。電話やウェブ会議で非言語的手掛かりを入れると、より伝わりやすくなります。
倉重:本音で話し合える関係性をつくるということですね。
(つづく)
対談協力:伊達 洋駆(だて ようく)
株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。近著に『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)や『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)など。