がんの「名医」たちの情けないほどの倫理観のなさ ―追記あり―
昨晩、偶然つけたTV番組だけど、見ているうちにあまりにも不愉快になったので、見るのを止めました。11日から新しく始まった「直撃!コロシアム!!ズバッと!TV」です。司会の辛坊治郎氏と山里亮太氏が、パネラーゲスト集団にさまざまな質問を投げかけ、本音を聞き出すという企画で、第1回目は、「がんの名医50人」に「直撃質問」するという内容でした。
残念ながら、録画するのを忘れたために記憶にたよって書いていますが、放送内容の要約は、次のサイトに詳しく書かれています。
直撃コロシアム 医師への袖の下(お礼)の話。ベストな渡し方も紹介
がん治療名医の予防法とは?直撃コロシアムズバッとTVで紹介!
「袖の下をもらったことがあるか?」という質問に、46人もの「名医」がもらったと回答していました。中には、看護師や職員、他の患者の目があるので、お礼の手紙を渡すふりをして、封筒の中に現金を入れてほしい、その方が受け取りやすいからと、堂々と答えていた「名医」、こっそりと現金の入った封筒をカルテの間に挟んでくれという「名医」、白衣のポケットに突っ込んでくれという「名医」、研修医のときに15万もらって、上司に相談したら「もらっとけ」と言われた「名医」、聞いているうちにだんだん腹が立ってきたとともに、情けなく思ってきました。もらったことがないと回答した人が4人いたということが、かすかな救いです。
かりに公務員たる医師[注]がこのような現金をもらっていたとしたら、これは立派な収賄罪です(渡した患者は贈賄罪)。公務員でなくとも、もらった袖の下を税務申告するはずはないでしょうから、テレビの電波をつかって日本中に「私は脱税しています」と自白しているようなものです。いずれにせよ、医師の倫理としてどうでしょうか。
いくらお金をもらっても診療に手心を加えるようなことはできないから、それはあくまでも「お礼」であって「賄賂」ではないという意見もあります。しかし、収賄罪(刑法187条1項)は、
公務員が、その職務に関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、5年以下の懲役に処する。この場合において、請託を受けたときは、7年以下の懲役に処する。
と規定しています。
「職務に関して」という意味は、「職務の対価(見返り)として」ということであり、職務の遂行じたいに不正がなくとも、あるいは厳格な手続きがあって、そもそも手心を加えることが不可能な場合であっても、収賄罪は成立するのです。
この点は、誤解されることがあるのですが、そもそも血税から給与をもらっている公務員が、職務に関して給与以外に不正な報酬を受取ると、公務員全体に対する信頼性が損なわれるというのが贈収賄を処罰する趣旨なのです。
たとえば、家の火事を消してくれた消防士に、家の人が「お礼」として現金を渡していたとか、犯人を捜査している警察官に被害者が「お礼」の現金を渡していたら、大問題になりますね。同じことが医療関係者ならばなぜ大問題にならないのか、不思議です。
もしも、「大学教授50人に直撃質問」で、大半の教授が日常的に学生や保護者から「お礼」の現金をもらっています、なんてことがあればそれこそ大問題です。
実は、私は4年前にある病気で入院し、手術を受けたことがあります。そのときに執刀していただいた先生は、術後、勤務時間以外にも頻繁に病室に来られ、申し訳なく思うくらいお世話になりました。看護師さん、病院職員の方々にもたいへんお世話になりました。毎朝病室を掃除してくれていたおばさんにも、自然と「ありがとうございます」と感謝の言葉がでてきました。その先生には、今でも定期的に診察していただいていますが、病院に行って、その先生と話をするだけで安心感に満たされます。このように個々の患者の信頼のうえに医療という制度が成り立っているのだと思います。
今では、「お礼」(袖の下)の習慣はほとんどないと聞いています。ほとんどの医師、医療関係者、医療機関は、厳格な態度を取られていると思います。渡すエゴと受け取る欲、技術はすごいかもしれませんが、スタジオに来ていた46人に「名医」という言葉が使われたことが残念です。(了)
[注]「公務員」の中には、いわゆる「みなし公務員」も含まれます。これは、本来の「公務員」ではありませんが、公共性の高い事業を行う団体・法人等の職員などが、特別な規定によって法令により公務に従事する者とみなされる場合です。みなし公務員も一般の公務員と同等に刑法が適用され、贈収賄が問題となります(最高裁昭和47年5月25日判決)。例えば、国立大学法人の職員は「みなし公務員」であり、国立大学附属病院に所属する医師等も、みなし公務員となります。また、独立行政法人労働者健康福祉機構、国家公務員共済組合連合会等の職員もみなし公務員であり、これらの団体が開設する医療機関(労災病院、共済病院等)の職員も、みなし公務員となる場合があります。
【補足】
日本医師会は、平成20年に『医師の職業倫理指針[改訂版]』を発行しています。
これはもちろん倫理指針ですから、制裁をともなう強制ではなく、これを遵守するかどうかは、個々の医師の自律的な判断にかかっています。しかし、これは日本の医師が守るべき最低限の行動基準として日本医師会がまとめたものですから、すべての医師がこの基準を尊重して、プロフェッショナルとしての自覚をもつことが社会的にも強く望まれます。
その中に、「医療行為に対する報酬や謝礼」について言及された部分がありますので、引用します。
便宜をはかってもらいたいという自己中心的な患者のエゴから現金を渡し、それを医師が受け取るのはもってのほかですが、お世話になった医師に対して、「お礼」の気持ちを何らかの形にして伝えたいという気持ちや、精一杯尽くしてくれた医師の労を何とかねぎらいたいといった気持ちもよく理解できます。しかし、この「倫理指針」は、いくら純粋にお礼の気持ちを表すものであっても、そのような慣行は医療制度を支える国民の信頼を損ねる可能性があるので、医師が正当な報酬以外の「謝礼」を受け取ることは厳に慎むべきであるとしているのです。そして、これはおよそ医師である者すべてに妥当すべきものですが、その中でも特に公務員たる医師の場合は、さらに不正な謝礼を受け取った場合には刑罰という制裁が科されるということになっているのです。
私の記事にコメントを寄せていただいた方にも、実際に医師に謝礼を渡したことがあるという方もおられました。また、私も授業の中で受講生に尋ねてみたところ、最近、自分の家族の手術に際して、不安にかられワラをもすがる気持ちで多額の現金を渡したという受講生がいましたし、他の医師からはっきりと言われて執刀医に多額の現金を渡したという者もいました。今でもこのような悪しき習慣は続いているのだと推測されます。病院の大小にかかわらず、医師個々人が自覚を深め、医療従事者に対する教育をさらに充実するとともに、患者やその家族に対してもこの点を十分に説明することが求められます。(2016年4月13日)
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【追記】(2016年9月1日)
ドイツでは刑法の改正によって、公務員であるか否かにかかわらず、医師等の医療職者の贈収賄を処罰する規定が新たに設けられましたので、ご紹介します。