なぜ捜査当局は極秘の捜査情報をマスコミにリークするのか (3)
政府は、検察によるリークの問題が国会で取り上げられるたびに、検察が捜査情報や捜査方針を外部に漏らすことなどないといった答弁を繰り返してきた。しかし、こうした答弁が事実に反するものであることは、現にそこから様々な捜査情報のリークを受けているマスコミが一番よく分かっていることだ。
【記者との接触】
(現場の捜査官の場合)
特捜部の検事ら現場の捜査官は、折りに触れ、出勤時や帰宅時、官舎近くなどで待つ記者から、捜査中の事件に関して取材を受けることがある。しかし、現場の捜査官が記者に捜査情報を漏らして記事にさせ、その記事を見た事件関係者の逃亡や証拠隠滅を誘発させるといった愚かなことをすることはない。
それこそ、逮捕勾留中の被疑者の取調べを担当する捜査官が、取調べ室の被疑者の言動を記者にリークし、記事にさせるようなことなどあり得ない。被疑者から「検事に何かを話せばマスコミに筒抜けになる」などと猜疑心を持たれ、信頼関係も崩れ、以後の取調べが困難となるからだ。
記者も現場の捜査官にはストレートに聞かず、「遅くまでお疲れ様です。今日は激励のごあいさつに参りました。○○の件、いよいよ××を事情聴取するようですね。大変でしょうが、がんばってください。応援しています」といった言い方をする。
検察幹部から内々で得た捜査着手に関する情報や関係者の供述、証拠関係などを現場の捜査官にも当て、その表情の変化などを見て、情報の正確さや記事にすべきタイミングなどを見極めるためだ。
(幹部の場合)
他方、特捜部長や副部長、次席検事といった記者対応の窓口役となっている幹部は、毎夕刻、「出入り禁止」の社を除き、記者クラブの記者による個別取材に応じている。
出勤時や帰宅時には連日のように「夜討ち朝駆け」を受けるし、懇意の記者と私物の携帯電話でやり取りをする者もいる。高検や最高検といった上級庁の幹部らも同様だ。
彼らは現場から上がってくる報告で様々な捜査情報に接するので、そこから拙稿「なぜ捜査当局は極秘の捜査情報をマスコミにリークするのか (2)」で挙げたような理由に基づくリークが生まれる。
【出入り禁止】
検察は、記者クラブに所属するマスコミ各社に対し、取材や報道に関する一定のルールを示しており、これに違反した社には「出入り禁止」の措置をとるとしている。
そこでは現場の捜査官に対する取材は許されておらず、事件関係者への直接取材など捜査妨害となるような取材や、検察との信頼関係を破壊するような取材・報道もルール違反だとされている。
現場の検事らも、記者から「夜討ち朝駆け」を受けた場合には、記者の名刺を受け取った上で、記者とのやり取りを記載した報告書を作成し、その名刺を添えて速やかに幹部に報告しなければならず、これを怠っていたことが発覚すれば、特捜部追放といった措置を受けることとなっている。
記者の氏名や社名が不明の場合には、記者の顔写真が貼られ、その氏名などが記載された冊子を確認することで、どの社の誰だったのかを特定するといったことまでしている。
どのような場合に「検察との信頼関係を破壊するような取材・報道」に当たると判断するのか、また、ルール違反を犯した社を「出入り禁止」とするのか、するとしてどの範囲で行うのか(特捜部までか、地検までか、高検までか、検察庁全体かなど)、その期間をどの程度のものとするのかなどは、全て幹部の胸三寸だ。メディアコントロールは全て幹部が行うという明確なシステムが確立しているのだ。
【情報漏れの例】
(上げると漏れる)
ある事件で、逮捕予定の被疑者を任意同行するため、早朝、現場の捜査官が被疑者方に赴いたことがあった。しかし、既に「もぬけの殻」となっており、手付かずの朝食が残されたまま、食卓の上には「本日逮捕へ」との大見出しが踊っている朝刊が広げられていた。被疑者は記事を見て逮捕を知り、大急ぎで逃げたのだ。
その後、被疑者の立ち寄り先を探し、何とかその身柄を確保できたが、もしこの被疑者がその報道で精神的に追い詰められ、自殺に至っていれば、事件はおろか、被疑者の人生までもが潰されていた。
現場だけで極秘に内偵捜査を進めている時には決してその情報が記者に漏れることなどないのに、幹部らに報告を上げた途端、その内容がマスコミに漏れてしまう。被疑者の供述内容など、着手後の捜査で判明した事実関係や証拠についても同様だ。
(記者への配慮)
検察とマスコミは「持ちつ持たれつ」の関係にあるが、幹部ごとに懇意にしている社や記者が異なる。ある事件で、着手の際に幹部らに上げた報告書の内容が、着手直後、あるマスコミに流れ、詳細に報道されたことがあった。その報告書を記者に見せるか、コピーを渡さなければ、絶対に書けない内容だった。
もともとその事件は、別のマスコミがある幹部に持ち込んだ情報を端緒として内偵捜査を進めたものであり、本来は真っ先にその社に情報を流すことで、見返りを与える必要があった。
当然ながらその社も快く思わないから、その社との関係を考慮し、代わりに何か目玉となるような別の捜査情報を流してやるべきではないかとの話にもなったほどだった。
【捜査当局のリークを裏付ける取材メモ】
(大阪府枚方市発注工事を巡る談合事件)
大阪地検特捜部に逮捕起訴された元市長が、ゼネコン業者から複数回の接待を受けていたとの日経新聞の報道は虚偽であると主張し、同社を訴えた。日経側は、この民事訴訟の過程で、記事の裏付けとして、当時の検察幹部2名に対する取材メモや、記者間で交わされた幹部の肩書き入りのメールなどを証拠として提出した。
2012年11月、日経側が元市長に対して解決金400万円を支払うなどとの内容で和解に至ったが、図らずも「夜討ち朝駆け」による検察幹部と記者との非公式の接触やその際の幹部によるリークが現に存在しているとの事実を証明した形となった。
(警察も同様)
2012年7月、読売新聞の記者は、福岡県警幹部から同県警の警部補による汚職事件に関する捜査情報を得たが、その取材メモを社内向けにメール送信する際、誤って他社の記者らに送信し、取材源や取材内容を公にした。
2013年8月には、共同通信社の記者が、愛知県内の強盗殺人事件に関して県警幹部からオフレコで捜査情報を得た後、幹部の個人名が特定できる取材メモを社内向けにメール送信する際、誤って他社の記者らに送信し、取材源や取材内容を公にしている。
このように警察でも幹部と記者との非公式の接触やリークは現に存在するのであって、これらの事案はあくまで「氷山の一角」にすぎない。(了)