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マリノス激震。サッカークラブが転落する予兆とは?

小宮良之スポーツライター・小説家
マリノスと決別した中村俊輔(写真:アフロスポーツ)

「正当な評価をしてもらえるか?」

その是非が、プロサッカー選手にとっては重きをなす。自分のやり遂げた仕事を正しく査定してもらえるか。その証となるは一つは、ギャランティーだろう。ただ、仕事内容や貢献を評価され、特徴を把握してもらえたら、クラブの方針次第で、お金以上の価値を感じる。「認められている」「見られている」という充足感。それは、どんな社会にも当てはまるのかもしれない。

その一方、「正しい目でジャッジされていない」と感じてしまうと、選手は意欲を失う。

横浜F・マリノスで起こっている騒動は、まさにこの典型だろう。1シーズン、フル稼働した中澤佑二に対して年俸半減を提示(その後、交渉で減額幅は少なくなった)。DFの主力として働いた小林祐三、ファビオ、榎本哲也には見合った契約条件を提示できず、移籍させてしまった。

「信頼を感じない」と中村俊輔は言い残し、ジュビロ磐田へ移籍を決断。同クラブで9年間の月日を過ごした兵藤慎剛も、コンサドーレ札幌に新天地を求めることになった。契約にサインをした選手の中にも、査定に不満を覚えるケースは少なくない。

「なにか違う」

その違和感がまとわりつく。それは負のスパイラルを生じさせる引き金になるのだ。

メンバーの大幅変更は危険なサイン

サッカークラブが凋落するとき、そのサインはどこにあるのか?

Jリーグで降格するクラブ、下部リーグに低迷するクラブには、一つの顕著な特徴がある。

<シーズンごと大量に選手を入れ替える>

メンバーをがらりと入れ替えてしまう点だろう。例外はあるが、選手を入れ替えたら問題が解決する、ということはない。在籍する選手をどう評価し、編成するか。その眼力と手腕が問われる。

事実、鹿島アントラーズ、ガンバ大阪、浦和レッズなど強豪クラブは毎シーズン、新陳代謝として4,5人を入れ替えているだけ。彼らはベースを維持しているからこそ、戦いに幅があって、大崩れしない。またコンサドーレ札幌、清水エスパルスも昨季は現有戦力を中心に戦い、J2からJ1へ自動昇格している。

選手を大量に入れ替えることは、着ていた衣服を脱ぎ捨て、新しいジャンルの服に着替えるようなもの。顔つきや立ち姿が定着するには、時間がかかる。見立てが最悪の場合、上半身はスーツで、下半身はヒップホップのまま。それはもはや喜劇だろう。

選手の大量入れ替えは連係の欠落を意味し、転落の予兆の一つかもしれない。

チーム作りの端緒は、選手を見極め、理解することとにあるだろう。

「彼に見込まれただけで、選手の株が上がる」

欧州でそう噂される目利きが、セビージャのGMであるモンチだ。

モンチは慧眼で知られ、彼が獲得した選手の多くは飛躍し、クラブに大きな富をもたらしてきた。ヨーロッパリーグ三連覇の快進撃は、モンチの目と交渉力と編成力が出発点になっている。

モンチのような信頼できるリーダーがいると、他のスカウティングスタッフは自らの仕事に専念できる。組織は旋回。まるで緑の葉が光合成して栄養を幹に取り込むように、余すところなく情報を持ち込める。その信頼感は選手にも伝わり、全体が好転するのだ。

「負けるのは選手のせい。気合いが足りない」

そんな厳しい意見もあるが、集団同士が戦うサッカーという競技において、グループとしてのマネジメントは勝負を大きく左右するのだ。

ファーガソンの慧眼

昨シーズン、J2に降格した名古屋グランパスは、GMも監督も小倉隆史氏が務めていた。これは珍事に等しかった。小倉氏はGMだけでなく、監督も未経験。彼のなにを評価して重職を任せたのか?その疑問は、ウィルスのように選手を蝕んでいった。そしてチームの不調が続くと、免疫力が低下した肉体を攻撃するように不信感が駆け巡り、気付いたら末期だった。

欧州では、サッカー監督は専門性が高い職業である。分かりやすく言えば、選手としての経験だけでこなせる仕事ではない。

ジネディーヌ・ジダンのような伝説的選手であっても、下のカテゴリーで指導を経験。そこで結果を出すことで、トップリーグでの采配を振るっている。ジョゼップ・グアルディオラ、ルイス・エンリケ、ウナイ・エメリ、ユルゲン・クロップ、カルロ・アンチェロッティ、クラウディオ・ラニエリ、マッシミリアーノ・アッレグリら欧州の最前線で采配を振るう指揮官たちも、下部リーグが出発点だった。

専門的なだけに、欧州では選手経験のない監督も勢力を広げつつある。ジョゼ・モウリーニョ、レオナルド・ジャルディム、レオニド・スルツキー、ファンマ・リージョ、ラファ・ベニテスらはプロ選手経験がない、もしくはあっても3部、4部で20代前半で指導者の道に入っている。彼らは指導者として各カテゴリーに関わり、監督業を究めてきたのだ。

Jリーグがより発展していくには、選手時代の名前にこだわらず、優秀な監督を抜擢していくべきだろう。多くの選手を鍛え、目覚めさせ、有力クラブに送り込んだファジアーノ岡山の長澤徹監督、レノファ山口の上野展裕監督。二人は選手としては無名に近いが、監督として実績を残している。

やはり、人を選ぶ目が求められるということか。

かつてマンチェスター・ユナイテッド時代、監督兼GMとして全権を握り、あらゆるタイトルを取ったアレックス・ファーガソンについての逸話がある。

「ファーガソンは、人物を見極める目が飛び抜けて優れていた」

そう語っていたのはマンチェスター・ユナイテッドで活躍した元ノルウェー代表FW、オーレ・スールシャールである。

「ファーガソンは技術の高さだけで選手をチームに入れない。どれだけ向上心があるか。それをまず第一に見極めた。どれほどフットボールを愛し、全身全霊を傾けられるか。気持ちが強い選手を集めることで、敗れざる集団を作り上げた。

それに、彼はとても正直だった。僕は移籍を考えていたとき、はっきりと言われた。『もしチームにとどまるなら、必ずプレーする時間はある。先発ではないかもしれないが、チームにとって勝負の鍵を握る選手となる』ってね。僕はその飾り気のない言葉に、"本当に必要とされている"と感動したんだ」

ユナイテッドに残留したスールシャールは、切り札としてチームのタイトル獲得に大きく貢献している。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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