トヨタが燃料電池車特許を「無償提供」することの意味
「トヨタ、”ミライ”特許を競合他社に無償提供」というニュースが話題になっています。燃料電池車の普及を促進するために「世界で保有するFCV関連の特許約5680件を全て無償提供する」そうです。ただし、2020年までの期限付で、無償提供の対象となるためには相応の審査と契約が必要なようです(勝手に使ってよいというわけではありません)。
ところで、多くのメディアがこのニュースを特許を「無償提供」あるいは「無償開放」として報道してます。これだと無料で特許権を譲渡するようなイメージですが、正確には「無償ライセンス」ですね。
燃料電池車は市場での競争うんぬんを言う以前に、市場カテゴリーとしてまだ黎明期ですので、特許による独占による利益よりも、できるだけ多くのプレイヤーが参加することによる利益の方が大きいというビジネス戦略に基づいた意思決定です。拙訳『オープン・ビジネスモデル』における重要ポイントである知財戦略はビジネス戦略に従属しなければいけないというまさにそのものの事例です。
似たような動きとしては、昨年テスラモーターズによるEV関連特許の不行使宣言もありました(弊所ブログ記事「テスラ・モーターズは特許権を放棄したのか?」参照)。今回のトヨタの動きもこれに対抗したものとも言えるでしょう。
こういうニュースが出ると条件反射的に「イノベーションを促進するために特許制度なんかなくすべき」というような発言をする人が出てきますが、これらの動きは特許制度を否定するものではまったくありません。他者の使用を禁止するのも、有償でライセンスするのも、(条件付で)無償ライセンスするのも権利者の勝手というのが特許権の本質ですが、トヨタもテスラも特許権を放棄したわけではありませんし、今後特許を取得しないと言っているわけでもありません。あくまでも自社のビジネス戦略に最も合致するように、特許制度の活用法の選択肢かからひとつ選んだというだけの話です。