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トム・クルーズのブチ切れ発言でクルー5人が辞職。彼の行動は正しいのか

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ソーシャル・ディスタンスを守らないクルーに暴言を浴びせたトム・クルーズ(写真:REX/アフロ)

 トム・クルーズのブチ切れ事件が、さらなる展開を見せた。「ミッション:インポッシブル7」のロンドンの撮影現場で、ソーシャル・ディスタンスを守らずにコンピュータのモニターを見ていたクルーに対しクルーズが暴言を浴びせたことは世界中に報道されたが、「The Sun」によるとその直後にもまた似たようなことがあり、5人のクルーが自ら現場を去ったというのだ。その2回目の音声は公開されておらず、具体的な会話がどんなものだったのかはわからない。しかし、これらのクルーに辞めてやると思わせるに十分な内容だったことは、容易に推測される。

「The Sun」が音声をリークした1回目の暴言で、クルーズは、「俺たちはお手本なんだぞ!俺らがやっていることをハリウッドが信じるから、撮影が戻ったんだ!」と、自分たちが率先してコロナ対策をきちんとやってみせたからこそ、それまで撮影再開を躊躇していたほかの作品も動き出したのだと、責任の大きさを主張している。また「俺は毎晩、俺らがどうやっているか知りたがっているスタジオや保険会社やプロデューサーと電話をしているんだ!その人たちが自分たちの映画を作れるように。俺らはたくさんの雇用を生み出しているんだよ!」「この業界がシャットダウンしたら、家を失う人がいる。食べ物を買えない人、大学の学費を払えない人が出る。俺はそれを考えているんだ!業界の未来を!」とも言った。クルーズは途中、Fワードを連発し、何度も「またやったらクビだからな」「わかったか」と繰り返している。それに対してクルーがおとなしく「イエス、サー」と返事をするのも聞こえる。しかし、最後の方で、クルーズは、「俺は君たちのことを大切に思っているんだよ」とも言った。

 この音声はかなりショッキングだったが、ソーシャルメディアを見るかぎり、多くの人は彼の行動を正しいと見たようだ。ツイッターにも、「久しぶりにまたトム・クルーズのファンになった」「政治家たちが最初からこう言っていたら、世界はこんなめちゃくちゃにならなかったのに」「彼は職場のほかの人たちを守っているんだ。それにCOVID対策を守らないのは違法。トムは良い人だ。その調子で頑張って」などのコメントが多数投稿されている。「L.A. TIMES」のコラムニスト、メアリー・マクナマラは、言われる側は辛い思いをしただろうし、もっと優しい言い方はあったはずだとしながらも、パンデミック対策のリーダーやほかのセレブが優しくメッセージを伝えても効果がなかったことを指摘し、「社会的距離を取らなかったことで、人の命や、生活や、経済や、我々の知る世の中が危険にさらされるのかもしれないのだということを、トム・クルーズの叫びのように、本当に怖い形で思い知らされるのは良いことではないか」と書いた。

 一方で、「伝えたいことを伝えるのには、もっと良いやり方がある。この人は優秀なリーダーではない」「自分の部下にこんなふうに叫ぶなんて、完全なナルシストだ。私たちは(彼の映画に)お金を払うべきではないし、注意を払うべきでもない」「トム・クルーズはいつから映画界の暴君になったのか。生活のために働いている人たちにクビにしてやると言い、ナルシストな性格を爆発させるなんて、情けない」との批判の声もある。

 ジョージ・クルーニーも、出演したラジオ番組で、コロナ対策プロトコルを守ることは非常に大事でクルーズが言っていることは正しいとしながらも、「自分だったら、ああいう派手なやり方、名指しするやり方はしない。あんなふうに特定の人を名指ししても良いことはないように思う。でも彼は間違ってはいない。自分だったら個人に向かってはやらないと思うだけ。とは言っても状況はわからないよね。もしかしたら前にも10回とか15回とか、同じようなことがあったのかもしれない」と語った。

「The Sun」の報道によると、実際、現場にはコロナ対策問題をめぐってずいぶん前からピリピリした雰囲気があり、あの罵声事件は、それがついに爆発したものだったという。今年2月、「ミッション:インポッシブル7」は、ヴェネツィアでの撮影準備中にイタリアでコロナが感染拡大してしまい、製作を中断している。その間も、クルーズは、撮影をできるだけ早く再開させるべく、コロナ対策プロトコルの作成に積極的に関わった。それでも、ようやく撮影が始まると、イタリアでのロケ中にスタッフの何人かが感染し、数日間、撮影が中断されている。この時、クルーズは、クリストファー・マッカリー監督とずいぶん話し合いをもったようだ。クルーズはまた、撮影中、キャストとクルーが安全に滞在できるよう、自腹で70万ドル(およそ7,000万円)を出して、クルーズ船をリースしたとも言われる。自分がそこまでしてきただけに、ちょっとしたルールを守れない人を見て、許せないと感じてしまったのだろう。

 しかし、5人のクルーが行動で示したように、感情的なあのやり方は、やはり理想的ではなかったようである。この人たちが辞めてしまったことで、現場の雰囲気はさらに悪くなってしまうかもしれない。エンタメ業界の組合Bectuの代表スペンサー・マクドナルドは、「The Sun」に対し、「今年はフリーランスで働くこの業界の人たちにとって、非常に苦しい年だった。それだけに、大金持ちのハリウッドスターから虐待を受け、クビにしてやると言われるなんて、クルーにしたらうんざりなのだ」と語っている。感染が拡大する中でも仕事を続けていく上で、この一連の出来事は、この業界にかぎらず、誰にとっても考えさせられる部分が大きいのではないだろうか。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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