志望動機依存症が企業を殺す~37.2%が正社員不足となる理由
◆帝国データバンク調査で37.2%が正社員不足
先週5月27日(木曜)に、ヤフトピに帝国データバンクの調査記事が掲載されました。
同社が26日に発表した「人手不足に対する企業の動向調査(2021 年 4 月)」を元にしています。同調査によると、コロナ禍にあっても、正社員不足と回答した企業は37.2%にも上るとのこと。
これがどれくらいの数字か、これは同調査のプレスリリースを見ていくと分かります。
コロナ禍前の2019年4月には、50.3%が正社員不足と回答。一方、この正社員不足と回答した割合がもっとも低かったのは2009年4月。リーマンショック後であり、このときは12.9%でした。
新卒採用の市場が学生有利となった2013年4月には25.7%。翌年2014年からは30%台となり、2017年・2018年は40%台でした。そして、コロナ禍の2020年には31.0%と落ち込みます。
今年2021年4月の37.2%という数値は、コロナ禍以前ほどでないにしても、2010年代半ばの水準まで回復。採用難に苦しむ企業が多いことを示しています。
帝国データバンクの同調査プレスリリースは、最後にこうまとめています。
新型コロナという非常事態によって人手不足は大きく低下したが、抜本的な解決策がなければすぐに人手不足感は高まってしまうだろう。今こそ次の高まりに備えた対策、対応を検討していく必要がある。
※帝国データバンク「人手不足に対する企業の動向調査(2021 年 4 月)」プレスリリースより抜粋
◆採用難の理由は志望動機依存症にあり
企業の規模や知名度とは別に優良な企業は日本に多数あります。ところが、そうした優良企業に社員が集まるか、と言えば、残念ながらそうとは限りません。
それどころか、帝国データバンク調査が示すように、正社員が集まらない企業が相当数存在します。
その結果、採用に苦戦する企業は、中小企業の団体で採用を研究し、あるいは、就職情報会社に高額な費用をかけて就職情報サイトや転職情報サイトに出稿します。
そうした工夫や努力の全てが無駄、というわけではありません。
中には、それでうまく行っている企業や地域もあるでしょう。
が、多くの企業経営者や採用担当者は、それが少数であることに気づいています。
ところが、なぜ、うまく行かないか、これを分かっている企業経営者・採用担当者は少数しかいません(いたら、すでに採用がうまく行っています)。
そして、「大企業が人材をかっさらうから悪い」、「今どきの学生は大企業志向が強い」、あるいは、「政府が中小企業の雇用対策に無策だからだ」、などなど、他者のせいにする話もよく聞きます。
私は大学・教育、ならびに採用・雇用を主テーマとして、19年間、この採用難にも向き合っています。この経験から、なぜ、中小企業・無名企業が採用難に苦しむのか、その原因を突き止めています。
それは他でもありません、企業側が求職者側に対して、馬鹿の一つ覚えのごとく、志望動機を聞くからです。
要するに、本記事タイトルにある通り、志望動機依存症だから採用難となるのです。
◆「志望動機なんか、ねえよ!自分が入るとき、あったのかよ!」
2009年のアサヒフードアンドヘルスケア・ミンティアのCMが就活生や採用担当者の間で話題となりました。
※企業の面接風景
面接担当者「志望動機は?」
学生「御社の社風に惹かれまして…」
面接担当者「わかったようなことを言いますね」(あきれ顔)
※「ここでミンティアを食べると」とタレントが呼び掛ける
学生「志望動機なんかねえよ!自分が入るとき、あったのかよ!」(キレ気味)
面接担当者「確かになんとなく入ったのだっけ」
学生「すっきりしたー!」
面接担当者「俺もすっきりした!」
手を取り合う二人
学生&面接担当者&タレント「すっきりミント!ミンティア!」
※CMから著者が文字おこし
2009年、就活生の間で大きな話題となったCM、文字おこしを読まれていかがでしょうか。
そう、志望動機と言われても、話す側からすれば、なかなか言語化しにくいのです。
しかも、学生は企業のことを詳しく知っているわけではありません。
さらに知名度のない、中小企業だと、次のような展開があり得ます。
中小企業の合同説明会でブースを回った就活生、いくつか、気になる企業の話を聞くことができた。説明会や選考の日程も分かり、何社かは書類選考(履歴書提出)から始まるとのこと。
自宅に帰り、履歴書をまとめる段階で、ふと気づき、悩むことになる。
「志望動機、なんて書こう?」
この学生は、志望動機をどうまとめるべきか?
※著者取材より
この志望動機に悩む就活生の例は、実は、私が就活生から質問を受けた事例でもあります。それも毎年、同種の質問を受けます。特に、中小企業の合同説明会で講演した後には、多いですね。
就活生からすれば、ブースで話を聞いて、良さそう、と思っただけ。つまり、「ブースで話を聞いて興味を持った」以上の志望動機がありません。
それを、書類選考で志望動機を書け、というのは無理があります。
同じく、面接でも、ミンティアCMのように(あるいは、もっと高圧的に)「志望動機は?」と聞くのです。うまく答えられるわけがありません。
それを、就活初期段階の書類選考や面接で志望動機を聞いても、意味がありません。それどころか、「志望動機をうまくまとめられないから、選考参加はやめよう」と志望を断念する就活生も少なくありません。私もそうした話を就活生から何度となく聞いたことがあります。
しかも、企業経営者や採用担当者にこの話をすると、採用難の企業ほど、こういいます。
「志望動機をちゃんと話せないなんて、よほどダメな学生なのだろう」
「そんな、志望動機をちゃんと言えない学生など、こちらがお断りだ」
中には、こんな話も。
「そういうダメ学生を落とす、という点では志望動機を聞く価値がありますね。いただいたお話には合いませんが」
志望動機への否定論を批判してそれで採用がうまく行くならそれもいいでしょう。が、採用に莫大なコストと時間をかけて、志望動機にこだわりながら、それで採用難のまま。これを志望動機依存症と呼ばずして、なんと呼べばいいのか、私にはわかりません。
◆かつてはどの企業も志望動機を重視していたが
2000年代までは、面接にしろ、履歴書・エントリーシートにしろ、その中心は志望動機でした。当時の就活マニュアル本は、志望動機を最重視している本ばかりです。
それでも、2000年代後半から、「志望動機にこだわりすぎても、意味がなくない?」と採用担当者が気づくようになりました。
2009年のミンティアCMもその一環と言えるでしょう。
2012年1月25日掲載の日本経済新聞・電子版「お悩み解決!就活探偵団」連載では志望動機をテーマとしています。
この記事では、女性用下着がメインのメーカーに対して、
「男性目線で女性用の下着を作りたい」(一歩間違えばセクハラ?記事では「男性的な感性は不要」)
「紳士向けブランドの営業がやりたい」(そのメーカーでは紳士向けブランドのシェアはごくわずか。記事では「特に強い印象を与えられるわけでもない」)
など、学生の志望動機を出してはバッサリと切り捨てています。
記事の中で、グンゼの採用担当者が、学生の志望動機について、こうコメントしています。
グンゼの人財開発室の姫田拓也さんは、そもそも学生が面接官に強い印象を与える志望理由を言うのは難しいと見る。「(社会経験のない学生が)もともと当社を深く知っているとも思えない。どの学生も似たような志望理由を言うのは、ある程度仕方がない」という。これは各社共通のようだ。
※2012年1月25日掲載、日本経済新聞・電子版「お悩み解決!就活探偵団」記事より
◆志望動機重視から自己PR・ガクチカ重視へ転換
この記事が出たのが2012年。この前後から、志望動機重視から転換する企業が増えていきました。
現在では、大企業の大半と採用がうまく行っている中小企業・無名企業の多くは、採用選考の初期段階では、志望動機を外すか、軽視するようになっています。
その具体例がこちら。
・エントリーシートの項目で志望動機を外している(機械)
・エントリーシートはオープンES(リクナビ)を利用。自由設定の項目で志望動機を入れることもできるが、あえて入れない(機械)
・エントリーシートは、志望動機が200字に対して、自己PR・ガクチカ(「学生時代に力を入れたこと」の略)は各400字で差を付けている(食品)
・エントリーシートに志望動機の欄は入れているが、実は読んでいない。ちゃんと読むのは自己PRとガクチカ(商社)
・面接は、雑談面接。志望動機は一切聞かない(商社)
・面接は複数回、実施。なるべく学生の人間性を見るようにしている(IT)
・面接の途中に、社員との懇談会を入れている(商社)
※筆者取材に基づく
他にもありますが、こうした企業の共通項としては、「志望動機を高めていくのは学生側ではなく、企業側の仕事」という点です。
ある商社の採用担当者はこう話してくれました。
うちは、BtoBで一般消費者や学生の知名度がほぼありません。そのため、学生はうちのことを知らなくて当たり前です。
それを最初から、志望動機を面接で聞く、あるいはエントリーシートに書け、と言ってもうまく書けるわけがありません。
それなら、採用の過程で学生の志望度を上げていく、それが採用担当者の仕事ではないでしょうか。
この志望度を上げていく作業が、面接やエントリーシート提出、あるいは会社説明会、選考中途の社員懇談会・質問会などにある、と話します。
実際、大企業だと面接を複数回実施しますし、選考前、あるいは選考中や内定後も、学生の志望度を上げる(内定後は定着)工夫をあれこれと実施しています。
大企業だけでなく、中小企業でも、採用がうまく行っている企業は、学生の志望度をどう上げるのか、という方向性に変えています。
◆志望動機依存症が続く理由・1~採用・就活情報が古いまま
一方、中小企業の多くは志望動機を就活の初期段階から重視する姿勢を変えようとはしません。
では、採用難に苦しむ企業がなぜ志望動機依存症のままなのか、これは主に5点あります。
1点目は、新卒採用の変化などをちゃんと勉強していないからです。
2000年代に最重視されていたはずの志望動機が2010年代以降、重視しない企業が増えていったことは、ちょっと調べればいくらでも出てきます。
日本経済新聞、日経産業新聞、読売新聞などに掲載されている就活関連記事などを読んでいれば、就活の最新情報はいくらでも出てきます。
手前味噌ながら、私の記事や本も同じです。
あるいは、採用がうまく行っている企業の話を聞くのもいいでしょう。
直接、志望動機には触れていなくても、つなぎ合わせていくと、「学生が志望度を上げてから志望する」から「企業が学生の志望度を上げていく」に変化していることに気づくはずです。
◆志望動機依存症が続く理由・2~高卒採用と大卒採用(の一部)の影響
2点目は、高卒採用と大卒採用(の一部)の影響です。これは1点目と関連しますが、就活情報が古いには企業側だけではありません。大学の一部は、古い情報、古いマニュアルを使い続けています。
大学以上に古いのが高校です。これは高卒就職を指導する教員がどうしても片手間になってしまうからです。ごく少数の就職指導担当教員は、企業開拓から就職指導まで熱心です。が、そうした教員を含めても、志望動機を最重視する傾向がいまだに続いています。
しかも高校生は、大学生ほど、社会経験などがありませんし、教員の話を素直に受け入れる傾向があります。
鶏が先か、卵が先か、みたいな話で、高卒採用を指導する教員、指導された高校生は志望動機を重視、企業側も重視。これを大卒採用や社会人転職にも当てはめようとします。
◆志望動機依存症が続く理由・3~欲しい人物像・スキルが不明瞭
志望動機に固執する企業ほど、欲しい人物像やスキルが不明瞭です。
「どんな方でも歓迎です」と話す割に、実は、専門知識・スキルが必要、というケースもあります。
私が以前に参加した中小企業の合同説明会のことです。建設会社2社が参加しており、A社は職人との折衝ができるコミュニケーション能力を最重視していました。B社は法律と建築の知識両方が必要とのこと。ところが2社とも「どんな学生でもいいから来て欲しい」と話したのです。最重視している人物像やスキルは私がうるさく聞いてようやく出てきたものです。そして、案の定と言いますか、志望動機をありがたがっていました。
この中小企業合同説明会に、体育会系でコミュニケーション能力の高い学生Cさんと、法学部出身で建築雑誌などをよく読むがやや内向的な学生・Dさんが来訪したとしましょう。
A社はCさん、B社はDさんがそれぞれ向いています。
ところが、逆だったらどうでしょうか。それぞれ合わずにすぐ辞めるでしょうし、その前に選考で落とす可能性すらあります。
このように、欲しい人物像やスキルを明らかにしないのも、志望動機依存症の企業の特徴です。
◆志望動機依存症が続く理由・4~採用に時間をかけたくない
中小企業だと、採用に時間もコストもかけたくないのが本音です。
企業は新卒採用をする前だと、身内だけでどうにか仕事を回すことが可能でした。ビジネスが回りだし、新卒採用が必要になってきても、それですぐ、利益が出るわけではありません。長い目で見れば、新卒採用で人材を獲得することにより、ビジネスがさらに拡大し、利益も規模も大きくなっていく好循環に入ります。
が、多くの中小企業はそこまで悠長に考えられません。
それどころか、すぐ利益を出すわけでもない新卒採用に、時間と金をつぎ込んでもムダではないか、とすら考えてしまいます。
その結果、履歴書提出のほかに面接1回か2回ですぐ採用を決める中小企業が珍しくありません。その面接も、「志望動機は?」「自己PRは?」「学生時代に頑張ったことは何ですか?」など、型通りにしか聞きません。これでは、採用がうまく行かないのも当然でしょう。
◆志望動機依存症が続く理由・5~アットホームの再生産
よく「中小企業は社長の個性が全て」と言われます。私も同感です。
これはビジネスにおいては、悪くなく、その個性によって、うまく行くこともあります。
ところが、新卒採用においてはどうでしょうか。学生の能力や個性がどうこう以前に、社長と合う合わないが最優先課題となります。
この社長と合う合わないを確かめる手段が志望動機なのです。
しかも、この志望動機をちゃんと話せる学生は、結局のところ、能力・個性よりも、社長と合うか合わないかを明らかにしているだけにすぎません。
それで入社した社員は社長と合う、という点ではいいでしょう。それでビジネスがさらに大きくなる部分もゼロ、とは言いません。が、悪く言えば社長のお気に入りが増えていくだけ。企業のキャッチコピーで「アットホームな職場です」があります。
これは、良さそうに聞こえますが、逆に、そのアットホームさに合わない学生は入社してもしんどいだけです。
迎え入れる社長や社員も同じでしょう。
たとえば、「アットホームな職場だし、釣り好きが多い。自分も釣りが好きだから、月に1回は釣り大会をする」という企業があったとします。釣りでなくても、野球でもバーベキューでも何でも構いません。
これに合う人であれば、入社しても幸せでしょう。が、そうでない人だと、釣り(あるいは野球)よりも別のことをしたい、そもそも休みは職場の人と会いたくない、となります。そうなると、「アットホーム」を乱すヤツ、として、人間関係が冷え切ります。退職するのも自然なことでしょう。かくて、「アットホーム」が再生産されていくわけです。
◆志望動機は使うとしても最終面接で
それでは、採用難に苦しむ企業が新卒採用をうまく進めるにはどうすればいいでしょうか。
就活の最新動向を常に把握すること、採用に時間・金・人をきちんと投入すること、学生の志望度を企業側が上げていくこと、この3点が必要です。
そのうえで、志望動機は、書類選考・初期面接では聞かないようにしてみてください。志望動機を聞くとしても、学生の志望度を上げた後の最終選考のみ。
これは採用がうまく行っている企業でも同じです。
言語化しにくい、できたとしてもマニュアルでほぼ内容が決まっている志望動機を、選考の初期から無理に聞く、あるいは書かせるのは意味がありません。
この無意味な志望動機にこだわっている限り、正社員不足の状況は大きくは変わらないのではないでしょうか。