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薪で銭湯復活!が引き起こした不都合なまちづくり

田中淳夫森林ジャーナリスト
薪を燃やすと煙と臭いの発生は避けられない。(写真:イメージマート)

 レトロな町並みの中に銭湯ののれんがかかる。御所宝湯である。

 奈良県の御所市の一角。付近は閑散としているのに、この銭湯だけは活気づいている。昼間から次々と若い人が吸い込まれていく。

 私も入ってみた。黒光りしていそうな古い木づくりのロッカーが並ぶ脱衣場。壁には山のペンキ絵とタイル張りの浴槽の洗い場。そして、奥にはサウナ室が設えてある。フィンランド式サウナで(熱い水蒸気を発生させる)ロウリュもできる本格派で、外気浴スペースもある。最近のレトロ銭湯ブームサウナブームを上手く取り入れているようだ。

 御所市は、江戸時代より続く町並みを観光資源として売り出し中だが、その一環として15年前に廃業していた宝湯を改装し、昨年10月に復活させた。そこで地元の木材を燃料とする薪ボイラーを導入して「地域内エコシステム」を構築するという計画だ。御所市の山林から出る未利用間伐材を薪にするのだ(現時点では、薪が地元で生産されておらず、約30キロ離れた天川村から購入している)。

 その集客力から、まちづくりの意図は、そこそこ成功しているように感じた。

 ところが、この薪ボイラーが地元に軋轢を招いてしまった。

 薪に火を入れたところ、煙や臭いを発生させ、近隣住民を苦しめているのだ。窓を開ければ煙が家中に侵入し、洗濯物にも臭いが移る。灰や煤が降る日もあったという。それが朝から晩まで1日中続くというのだ。

 思えば宝湯があるのは、御所駅から徒歩3分の街中。周りには民家が密集する。風向きにもよるが、ざっと50メートル離れても臭うというから、数十軒が対象になるだろう。住民は抗議したが、計画を推進してきた市も、運営会社となる株式会社御所まちづくりも、明確な対応を示していない。会社代表は住民との話し合いの場にも出てこないという。

宝湯の煙突。わずか5メートルくらいの高さしかない。(地域住民提供)
宝湯の煙突。わずか5メートルくらいの高さしかない。(地域住民提供)

 この手のトラブルは、薪ボイラーだけでなく薪ストーブでもよくある話である。使う側は、燃える炎に風情がある、薪はカーボンニュートラル、また地元で調達できるなら薪の方が燃料費として安い……と言った利点を口にするが、求めてもいないのに臭いを嗅がされる身としては、迷惑このうえない。

 私自身は、木の燃える臭いは嫌いではないが、それはたまに、短時間だからだろう。非日常的なイベントとしての焚き火や、自身が炎を楽しむ場合と違って、望んでもいないのに毎日臭わされたら我慢できるかどうか。

 しかも煙は、有害なタール分などを含むPM2.5と呼ばれる微粒子をまき散らすので、長期的には健康リスクが発生する。これを軽んじてはいけない。

 実際、住宅街で薪ストーブを使用することに対する苦情は非常に多く、各地で近隣トラブルを引き起こし、せっかく設置した家庭も使用を諦めざるを得なくなるケースも多い。今回は薪ボイラーであり、まちづくりと絡んでいる(補助金も出ている)だけにより厄介だ。

 そもそも薪ボイラーは、燃焼そのものの熱を利用するのではなく温水をつくる装置だ。そして火付けの時以外は煙が出ないことを売り物にしているものが多い。燃焼室が密閉されており、ガスを二次、三次燃焼もさせて、完全燃焼させるから臭いもしないと説明されている。

 実際に、宝湯オープン前にも地域住民には同じような説明がなされたそうだが、試運転の日から煙がモクモク立っていたそうである。

 現実に煙が立ち、臭うのはなぜか。

 もしかしたらボイラーの扱いに不備があったのかもしれない。そのため完全燃焼しないまま排気してしまう可能性もある。初期には煙突だけでなくボイラー室の隙間からも煙が出ていたという。

 薪の質も影響する。針葉樹の薪は一般に煙を発生しやすい(宝湯はスギ材を使っていた)し、十分に乾燥させているかどうかも重要だ。通常薪は1年以上乾燥させないと、水分が多くて煙が出やすくなる。薪ストーブでは含水率は20%以下にするべきと言われている。(スギ材の場合、天然乾燥では含水率30%を切らない場合も多い。)

 もう一つ考えられるのは、暖房用だけでなく、湯の供給もしているため大量の薪を必要とする点だ。一般に薪ボイラーは最初に薪を燃焼室に詰めて火をつけたら、半日は持つと言われる。だが風呂用の場合は、2時間おきに薪を追加しなければならないと聞いた。

 もしかして幾度も燃焼室を開けて新たな薪を入れるたび炉の温度が下がり、煙と臭いを外に出してしまっているのかもしれない。

 ただ、どんなストーブやボイラーも、完全に無煙・無臭ではないのである。薪を燃やす時点で、ある程度発生するのは避けられない。だから住宅密集地で使う場合は、慎重になるべきだ。その点をユーザー側(あえて言えば加害者側)が認識しておかないと問題は解決しないどころか、こじれてしまうだろう。

 宝湯の問題では、煙突を高くする案が出ている。たしかに現在の地上5メートルほど(屋根からほんの少し出ているだけ)ではなく、もっと高くすれば煙を拡散させるから多少は収まるかもしれない。ただ原案では2メートルの嵩上げなので、7メートルと二階建住宅の屋根程度だ。これで効果があるのかどうか疑わしい。

 なお公衆浴場法では、高さ18メートル以上の独立煙突を立てることと規定している。以前の宝湯にあった煙突は改築時に取り壊されたが、その程度の高さはあったそうである。今回はなぜ5メートルで認可されたのかわからない。

 宝湯の復活オープンについては、関西のマスコミがこぞって取り上げ、地域循環型の新たなまちづくり手法として紹介した。しかし、事業側にも報道側にも見落としがあったのではないか。計画段階から地元への情報公開と意見交換をしっかり行うべきだった。

 いずれにしても、近隣住民が苦しんでいるのを置き去りにして「まちづくり」もないだろう。

 このところ電気、ガス、石油燃料の高騰や脱炭素の動きの中で木質燃料を見直す動きがあるが、実は多くの問題を含んでいる。

 バイオマス発電は、莫大な燃料消費ではげ山を増やしているし、樹木の成長には何十年もかかり、カーボンニュートラルというのは誤りだという指摘もされている。薪の生産も、趣味や副業で行うのでなければきつい仕事だし、伐採から加工(薪割り)、乾燥、輸送、そして人件費……とかかるコストを考えると価格も安くはない。また化石燃料を大量に消費する。

 木質燃料は、期待されているほど環境に優しくないのである。

 解決の糸口はどこにあるだろうか。このままだと感情的な対立が深まるだけだろう。まずは行政も事業者も、逃げずに住民の声に向き合うことであろう。

 それが、全国で頻発している薪ストーブや薪ボイラーに対する苦情が発生した場合、共通する対応であらねばなるまい。

 ちなみにさいたま市は、生活環境の保全に関する条例で「ばい煙や悪臭の発生により、人の健康や生活環境の支障となるような物を燃焼させる」ことを制限している。ここに抵触する薪ストーブや薪ボイラーの利用は規制されるそうだ。行政は、そうした必要性も考えておくべきだろう。

 なお宝湯は、今年に入ってから薪を焚かずに併設しているガスで湯を沸かしているという。おかげで臭いがなくなったと住民はホッとしているのだが、浴場の裏には運んできたばかりの薪が積んであった。また薪を再開するのだろうか。

 補助金を利用して導入した薪ボイラーだけに、まったく使わないわけにはいかないのかもしれない。

 それなら、たとえば「月に1日だけ薪の湯の日」を設けるなどして、ほかの日はガスでもよいのではないか。そして近隣住民には無料入浴券などを配って、その日だけ堪えてもらう……そのような柔軟な対応をしないと、どんどんこじれて「住民に嫌われるまちづくり」になってしまいかねない。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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