謝罪マスターを失った吉本興業からの学びと副業推進の留意点
謝罪会見の中で、吉本興業からのパワハラや契約書未締結について告発した、雨上がり決死隊の宮迫博之氏とロンドンブーツ1号2号の田村亮氏。
マスコミは、宮迫氏と田村氏が保身のために虚偽の発言をしていたという批判から一転し、同事務所の岡本昭彦社長による圧力を非難する論調に転じた。今朝の速報では、事態を深刻と見たダウンタウンの松本人志氏の仲裁で、両者が和解に向けた再交渉に乗り出すことになったと報じられている。
宮迫氏や田村氏の反社会的勢力への闇営業やそれに関する虚偽の報告、岡本社長のパワハラに関する是非については、様々な議論があるだろう。
筆者の運営するフリーランス協会でも、まさにフリーランス・芸能関係者への ハラスメント実態アンケートを実施中なので個人的に思うところはあるにせよ、その話は他稿に譲るとして、この記事では、副業推進の留意点とクライシスマネジメントについて考察したい。
契約書のない、「雇用類似」の業務委託取引
今回話題になった闇営業は、事務所が与り知らぬところで行われている、いわば副業だ。
厳密に言えば、芸人らは事務所と雇用関係を結んでいるわけではない。個人事業主なので、本業も副業もあったものではないのだが、今回の岡本社長のパワハラ発言からも窺い知れるとおり、また、先日の元SMAPメンバーとジャニーズの話題から競業避止義務について論じたように、芸能界の実態としては、所属事務所とタレントはエクスクルーシブ(排他的)な主従関係を持っており、雇用関係に近い関係性と言える。
本来、請負や自営等で働くフリーランスは、「独立した事業者」であるとして、労働基準法の保護の対象外となっている。タレントも同様だ。その前提には、フリーランスと発注主の関係は、あくまで対等なパートナーシップであるという考え方がある。しかし、近年フリーランスが増加する中で、場所や時間の拘束性、指揮命令の在り方などから、完全に独立事業者とは言い切れない働き方をする人の保護について、粛々と議論が進められているのをご存知だろうか。
厚生労働省は、自営と雇用の中間的な立場の人々を「雇用類似の者」と位置付け、2017年の「雇用類似の働き方に関する検討会」(報告書はこちら)、2018年の「労働政策審議会労働政策基本部会」(報告書はこちら)、現在も継続開催中の「雇用類似の働き方に係る論点整理等に関する検討会」(中間整理はこちら)において、法的保護の必要性について検討を続けている。私も何度か有識者として呼ばれてフリーランスの実態や課題をお伝えしたり、フリーランス協会でヒアリング協力を行ったりしている。
少し脱線するが、今回、吉本興業が芸人と契約書を交わしていないことにも注目が集まった。これは、吉本興業に限らず、我々フリーランスの立場からすると「あるある問題」で、厚労省の検討会の重要論点の一つになっている。検討会の過程で行われたJILPTの調査によれば、契約書はおろか、書面(メールを含む)でも契約内容を取引先から明示されていないと回答したフリーランスが45.1%に上った。契約内容の決定についても、同調査によると、「双方協議の上、決定」との回答が47.4%で最も多いものの、次いで「取引先が一方的に決定」(24.0%)、「やり取りはなかった」(14.1%)の順に回答が多い。
公正取引委員会の経済調査室も、人材と競争政策に関する検討会の「人材に関する独占禁止法適用についての考え方」というパンフレットで、「役務提供者への発注を全て口頭で行うこと」を「競争政策上望ましくない行為」と定義付けており、こうした契約書未締結問題は今後、改善を迫られていくものと考えられる。
と、話が逸れたが、本記事の主題は、芸人の闇営業が、会社員の副業と似ていると考えた場合に、副業を実践する個人、そして雇用主の企業はどう対応すべきか、である。
フリーランスギルドに潜むリスク
会見を見る限り、宮迫氏が反社会的勢力と関わった経緯は、嘘か本当かは別として、十分に「あり得る話」で同情に値すると感じる。そして、それは会社員でも同様だ。
最近、フリーランスや副業をしたい人のコミュニティが増えている。それはギルドと呼ばれたり、オンラインサロンの形態を取っているものもある。こうしたコミュニティは、FacebookグループなどのSNSでつながる緩いものから、マッチングサービスとしてシステム化されているものまで様々だが、基本的には、元締めのような人がいて、仕事を依頼したい人が案件情報を流し、仕事をしたい人が名乗りを挙げ、取引をする。
誰かが受けきれない仕事を他の誰かに流してワークシェアができたり、自分一人では完遂できない案件をチームを組むことで実現したり、病気や怪我などのトラブルで誰かに代打を依頼したり、といったメリットがあるので、フリーランスのチーム化やコミュニティ化そのものは、私も良い傾向だと考えている。
しかし、こうしたコミュニティの台頭で、素性のよく分からない人と仕事をすることへの抵抗感が薄れてきているように感じ、危機感を持っているのも事実だ。SNSでしか繋がっていない相手と取引をする中で、急に連絡が取れなくなって、未払いや契約不履行の問題が生じている話を最近耳にするようになった。もちろん契約書など交わしていない。Facebookなら実名だから大丈夫だと言う人がいるが、人間っぽい名前にさえしていれば偽名にするのは簡単だし、アカウントをブロックすれば一瞬で音信不通にできてしまう。
そして、今回私がゾッとしたのは、こうしたゆるいつながりのフリーランス/副業コミュニティにおいて、相手が反社会的勢力かどうかを確認するのは非常に難しいということだ。最近流行りのタピオカ屋が、実はヤクザの資金源になっているという嘘か本当か分からない報道がなされているが、反社会的勢力だからと言って、いかにも分かりやすく悪どい事業をしているわけではない。SNSで繋がった人から、Webマーケティングやロゴのデザインを手伝って欲しいと言われ、副業で引き受けたら、実は相手が反社会的勢力だったということは十分に考えられるリスクである。
副業するなら取引先の本人確認を
もちろん全てのフリーランス/副業コミュニティやギルドが危ないと言っているわけではない。様々な交流や取引が生まれる良質な場は沢山ある。
しかし、仕事のやり取りをするならば、必ず相手の素性や経歴を確認すること。そしてSNS以外にも連絡手段を確保することを、この機会に徹底推奨したい。
たとえば、フリーランス協会では、「フリーランスDB」というフリーランス/副業従事者を閲覧・検索できるサービスを先月公開した。フリーランス協会がジョブマッチングを行うわけではないが、イエローページのように自分のプロフィールを掲載し、フリーランスの仲間を検索したり、つながって相互評価したりできる。フリーランスに仕事を依頼したい人も無料で利用でき、職種やエリアで検索し、本人が連絡先を公開していれば直接コンタクトを取れる。
フリーランスDBに載っているのはフリーランス協会の一般会員(のうちDBへの掲載を希望した人のみ)だが、一般会員はすべて本人確認をさせて頂いている。入会申請の際に身分証明書をアップロードしてもらい、入力された個人情報と目視で全件、照合確認をしている。それなりに手間がかかるが、なりすましを防ぎ、反社会的勢力であることが発覚した場合にも対応できるよう、設立当初からこだわってきたポイントだ。
フリーランスコミュニティやギルドを主宰する人たちに全メンバーの身元をチェックしろとまでは言えないが、オンラインコミュニティを通じて副業を受ける一人ひとりは、それくらいの意識を持って自己防衛することが必要だ。
かつてはクライシスマネジメントの見本とされた吉本興業
副業させる企業の立場に話を移せば、今回の騒動は、「自社の社員が、副業でうっかり反社会的勢力と関わるリスクに対して、企業はどう対応すべきか」という思考実験を行うのによいケースである。
実は元々、吉本興業はクライシスマネジメントに長けた企業として、広報業界では知られていた。35年にわたって吉本興業の謝罪会見を取り仕切り、“謝罪マスター”と呼ばれた竹中功氏は、『よい謝罪』という書籍を出版したほどだ。しかし、竹中氏は2015年7月に退社してしまった。
竹中氏なき後の吉本興業がクライシスマネジメントに疎くなったのか、はたまた危機対応意識の強い吉本興業だからこそ慎重に検討しすぎた結果、対応が後手に回ってしまったのか、真実は知る由もない。事件後に、吉本興業ホールディングスの大崎洋会長が応じた日経新聞のインタビューを読む限り、吉本興業も決して手をこまねいていたわけではないだろう。
広報を主な生業としてきた筆者から見れば、宮迫氏、田村氏の謝罪会見は「手作り」と言うものの、クライシスマネジメントのプロフェッショナルの支援があるとみて間違いないと感じる。理路整然と整理された釈明はもちろん、間合い、衣装、メイク、ライティングなど細部に至るまで完璧な演出だ。そして何より、反社会的勢力との付き合いや嘘から、事務所のパワハラへと、巧みな「論点のすり替え」に成功し、100%ではないものの多くの視聴者の同情を集めた。
もはや独立した謝罪マスター竹中氏が手伝ったのかなと邪推してしまうレベルの謝罪会見により、吉本興業の立場は一気に危うくなった。その最たる要因は、「静観」という(広報的には最も避けるべき)誤った判断や、岡本社長のパワハラにあるため、控えめに言って自業自得である。
だが、そこを差し引いて考えると、副業を解禁する上で企業が留意すべきリスクマネジメント、クライシスマネジメントの観点から、一般的な教訓も見えてくる。
リスクマネジメントとしての副業解禁とルールメイキング
第一に、副業はなるべく禁止せず、自己申告前提で容認するのが良い。自社は副業を禁止しているから安心だと思ったら大間違いである。副業を禁止された社員はアンダーグラウンドで「伏業」を始める。申請だけで良いのか、承認まで必要とするのかは、その企業の考え方によるが、少なくとも社員がどこで何の副業をしているかに、全く無頓着というのは、万が一こういった事態が発覚した場合に、事実関係確認に時間がかかりすぎる。それであれば、推奨とまではいかずとも副業自体は認め、危ない副業に手を染めないように、しっかり啓発、教育する方が得策ではないか。
私は本来、雇用主の企業は、社員の業務委託による副業を把握する「権利」も「義務」もないという考え方ではあるが、厚労省の定めた「副業・兼業の促進に関するガイドライン」でも、過重労働を防ぐために「自己申告により就業時間を把握すること等を通じて、就業時間が長時間にならないよう配慮することが望ましい」とされている。
第二に、一つ目のポイントと矛盾するようだが、誰がどんな副業をしているかを認識しておく一方で、その中身は本人の責任に委ねているというスタンスを取ることだ。その意味では、承認制よりも申請制の方が望ましい。副業の中身についてあれこれ介入して、社員をコントロールしようとするのは間違いだ。そもそも、自己申告がベースである限り、完全に把握などできようもないのに、日本の企業はパターナリズムが過ぎるように思う。
利益相反や機密保持、それから反社会的勢力との関わりなど、会社として絶対容認できない事項についてのみ明確にNG項目を定め、それを守った上で、一人の大人として自己責任で副業を認める。そうすれば、万が一社員がNG項目に反した場合でも、会社はしっかりルールを定めていたことを対外的にも説明できるし、本人に適切な処分を行うことができる。(タレントの場合は、売り物であるイメージに関わるので単に自己責任として切り捨てるのではなく精一杯守ってあげて欲しかったが)
フリーランス協会のパラレルキャリア推進プロジェクトでは、ロート製薬、サイボウズ、ソフトバンク、新生銀行、タニタ、メルカリ、エンファクトリーなど、副業を認める企業の人事制度についての調査を進めている。副業の運用制度をまとめたレポートは、9月頭までに公開できる見込みだ。
副業を解禁すべきかどうか迷っている企業も、今回の騒動で副業に後ろ向きになるのではなく、リスクヘッジとなる人事制度を整備して、ぜひ働き方の多様化を推進していただきたい。
末筆ながら、吉本興業が宮迫氏、田村氏と無事に和解し、怒りを噴出させた芸人たちにも笑顔が戻ることを願う。