「日陰者」のイベントだった総火演
今年も盛況 富士総合火力演習
自衛隊が実弾を用いた演習を一般公開する富士総合火力演習(総火演)が、今年も行われます。
既に行われている演習は予行で、27日が本番として一般向けの公開演習として行われます。抽選で手に入る観覧チケットは近年プラチナチケット化しており、ネットオークションで高値で取引される問題も起きているほど人気が加熱しています。
今でこそ、総火演は自衛隊のメインイベントであり、国民向けのショーイベントという感が強くなっていますが、始まった当初は自衛隊の教育機関の学生が観覧する教育目的の演習でした。現在も本番以前に行われる演習は予行で、演目はほぼ同じですが、観覧者は自衛隊の教育機関の学生や、隊員の家族といった、自衛隊関係者に対する公開となっています。
知られざるイベントだった総火演
富士総合火力演習はもともと、陸上自衛隊の研究・教育機関である富士学校が、1961年から学生教育の一環として始めたもので、現代戦の戦闘様相を実弾射撃により実視させ、教育に資することが目的とされていました。これが1966年から、国民に対する公開も行われるようになったのです。
今の盛況ぶりからは信じられませんが、少し昔の総火演は、ここまで注目されるイベントではありませんでした。筆者が初めて総火演を観覧した90年代中盤は、一般公開日に御殿場駅から出る臨時バスの始発(満員にもなっていなかった)で会場に向かっても、余裕でシート席の最前列に座ることが出来ました。それが今では、開場前の段階でゲートに行列が出来ており、夜明け前に現地に着かない限り、最前列の確保は難しい状況になっています。
さらに言えば、それよりずっと以前は、もっと知る人ぞ知るイベントだったそうです。今でこそ主要紙は毎年記事を書いていますが、始まった当初はかなり少ないものでした。その中で、1975年の総火演を毎日新聞はこう伝えています。
記事タイトル、内容を含めて扇情的な書き方ですが、記事では一般公開はされているものの、特に宣伝を行っていないという書き方をしています。また、観覧者は「シンパ」であり、「身内」と表現されており、とても好意的な記事ではありません。さすがにこういう書き方をされるような状況なら、表立った公開を避けるのも致し方無いのかもしれません。
現代の感覚からすれば、批判対象がなんであれ、新聞がこんな調子で記事を書いたら炎上しかねないし、ましてや国民である観覧者を「シンパ」と書くのはどう考えても問題ですが、当時の感覚ではOKだったようで、わりとぞっとする話です。
しかし、この頃は一般にも演習が開放されるようになったとはいえ、まだ一般公募による募集ではなく、総火演を見るには自衛隊になんらかのツテが無いと難しかったのが実情のようです。一般公募による公開が始まるのは1987年のことで、1966年に一般に開かれてから実に20年以上が経過しています。つまり、国民に広く開かれる総火演になったのは、この30年の話のようです。
加熱するチケット争奪戦
今年の総火演一般公募は、応募総数150,361通、当選倍率は約29倍と公表されています。2016年の約28倍より若干上がっており、プラチナチケット化は以前続いているようです。1987年の最初の公募については、当時の朝日新聞の記事によれば、公募3200人に対して約23000人が応募したようで、当選倍率は約7倍となります。今とは公募数が違うので、倍率だけの比較は難しいのですが、純粋に応募総数を見ると現在と6倍以上の開きがあります。それだけ、認知度が高いイベントになったとも言えるでしょう。
また、一般公募が行われる前より、日本駐在の各国武官に対しても演習は公開されていました。2016年の総火演でも、各国武官用のスペースが設けられていましたが、ロシアの座席が群を抜いて多く、何故かと訝しんでいたら、ロシアの武官が家族と思われる女性と子供達を連れて観覧していました。総火演では最新装備が公開される事もあるため、各国武官への情報開示の場にもなっていますが、そんな場に家族連れで武官が現れるのは、なごやかな光景でした。
このように、総火演は自衛隊部内の教育目的として始まったものですが、国内外に向けた自衛隊の情報発信の場にもなるなど変化を遂げています。かつては防衛庁長官が列席するイベントではありませんでしたが、近年は最終日に防衛大臣も列席するようになっている。
総火演は「日陰者」のイベントから脱し、いまや自衛隊でも人気のあるものになりましたが、常態化した高倍率などの問題も抱えるようになっています。また、会場はインフラ貧弱な演習場内にあるため、渋滞や帰路の混雑といった交通の不便さのような、改善の難しい様々な問題を抱えつつの開催が行われるでしょう。日陰者には日陰者の、人気者には人気者の悩みがあると言うことかもしれません。