ザハ氏はなぜこんなに強気なのか?
「JSCがザハ氏に口止め依頼…新国立競技場問題」という記事を読みました(引用元と思われる英デイリーテレグラフの記事も読みました)。
だそうです。
今までも書いてきた(過去記事1、過去記事2)ように、著作権に基づく権利行使は難しいのでないかと思えますが、なぜ、ザハ側はこれほど強気なのでしょうか?いくつか理由を考えてみました。
理由1:JSCの条件後出しに怒っている
翻訳記事では、JSCは、違約金支払の条件として「著作権の譲渡」を求めたと書いてありますが、テレグラフの元記事を読むと「JSCに対して著作権を行使しない」という非係争条項ぽいです。いずれにせよ、当初の契約にない条項を後出し的に追加したのでは怒るのも無理はないでしょう。また、これは元記事であるデイリーメールにしか書いてない話なのですが、ザハ氏側は「そもそもこういう条件を持ち出したこと自体が我々の著作権を流用する意思があることを示しているのではないか」とも言っているようです。
理由2:ザハ氏は過去に建築物のコピー問題で痛い目に遭っていた
この話はこの記事を書くために調べていて初めて知りましたが(あまり日本のメディアでは報道されていないのではないでしょうか)、ザハ氏の設計により北京に建築されたビルとそっくりのビルを中国の事業者が勝手に重慶市に建ててしまったという事件があったようです(参照記事(英文)、リンク先記事の写真を見ると結構そっくりであることがわかります)。ということで、自分の作品のコピーには神経質になっているのだと思います(中国での模倣は今回の国立競技場とは悪質性のレベルが全然違いますが)。
理由3:英国の著作権法は建築物に対する保護が厚そうである
英国著作権法を深く勉強したわけではないですが、いわゆる英米法の制度で、判例重視であるのは確かです。建築物の著作権に関する重要な判例として、1941年にロンドンのHeal'sという家具屋の建物を元々の設計者の許諾なく勝手に増築したことで、設計者が店舗を訴えて勝訴した事例があるようです(参照記事(英文、要無料登録))。また、この記事では、欧州において建築家の著作権に関する裁判での主張が認められる傾向が強まっていることも書かれています。
ザハ氏の事務所はロンドンですので、その顧問弁護士もまず英国的(および、欧州的)な発想で考える可能性が高いでしょう。ただ、国立競技場の件で争うとするならば、裁判は日本の著作権法に基づきます(追記:ないとは思いますが契約書に英国法を準拠法とすると書いてあれば別です)ので、英国なら勝てる事件でも日本では勝てないことは十分にあり得ます。とは言え、佐野エンブレムの時のベルギーの裁判とも似ていますが、JSC側にはとにかく事業を先に進めないとオリンピックに間に合わなくなってしまうという切羽詰まった事情があります。最終的に勝てる裁判であったとしても、もめごとになって計画を遅らされる時点で「負け」とも言えます。
ところで、エンブレムの件、今回の件、そして、予算大幅オーバーの件といい、どうも東京オリンピックは当事者意識も仕切り能力もない人々によって運営されているという印象を持たざるを得ません。今の段階で「本当にオリンピックやりたいですか?」という世論調査をやり直してみたらどういう結果が出るか個人的には大変興味があります。
追記: ザハ案と今回採用案の設計上の類似性について分析したブログをtwitter経由で見つけたのでここにリンク貼っておきます。設計としての共通性は大きいように見えます。信義に欠ける行為であり、ザハ側が怒るのも、もっともとも言えます。ただし(少なくとも日本の場合)著作権侵害と言えるかは微妙かと思います。著作権ではなく不正競争防止法(営業秘密)の話になるかもしれません。