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帰宅途中で殺害されたサラさん 「女性が安心して歩ける環境が欲しい」と英国で抗議デモ続く

小林恭子ジャーナリスト
女性への攻撃に抗議する女性たち。15日、ロンドン・ウェストミンスター(写真:ロイター/アフロ)

 今月上旬、ロンドンに住むある女性が帰宅途中で行方不明となり、数日後、遺体となって発見された。現役警察官が誘拐・殺人容疑で起訴された。

 この事件は英国に住む女性に大きな衝撃を与えた。「他人事とは思えない」という声が圧倒的だ。

 現在、英国のほとんどの地域は新型コロナウイルスの感染阻止のために、不要不急の外出や他者と集うことが禁止されている。

 それにもかかわらず、各地で女性の追悼イベントや抗議デモが開かれており、集会の禁止を徹底させるため現場にいた警察官らと一部のデモ参加者との間で衝突が起きる事態にまで発展している。

サラさん事件とは

 3月3日、午後9時半ごろ、マーケティング会社で働く女性サラ・エバラードさん(33歳)はロンドン南部クラパムの友人宅を出て、徒歩で緑地公園「クラパム・コモン」を通って、近隣ブリクストンの自宅に向かっていた。

 サラさんは自宅にたどり着かないまま、行方不明となった。

 10日、警察は南東部ケント州の森林で遺体を発見。12日、この遺体はサラさんであることが確認された。

 前後して、9日、ロンドン警視庁のウェイン・カズンズ警官(48歳)が誘拐と殺人の疑いで逮捕され、12日、訴追された。

「安心して夜道を歩けない」ことへの怒り

 サラさんが行方不明になったことが報道されると、「午後9時半頃」、「友人宅から自宅に戻る途中」、「公園を通っていた」点など、特に常軌を逸したとは思われない状況下で、30歳を過ぎた成人女性が何者かに誘拐されたことへの衝撃が大きくなった。

 「いつでも、だれにでもこのような犯罪が起こり得る」のである。そして、「女性が一人で公道を安心して歩けないのは問題だ」という認識が出てきた。

 筆者は3日以降、BBCのニュース番組の中でクラパム・コモンを歩く人々へのインタビューを見た。「夜は外を歩かないようにしている」という女性が多い。

 ある男性は「女性だからと言って、安心して公園を歩けないのはおかしい」と述べていた。

 サラさんの事件発覚から数日間、「女性は安心して道を歩けない」、「男性から嫌がらせに常時さらされている」ことを公表する女性たちが続々と出てきた。

 BBCラジオの「ファイブライブ」に出演したヘレナ・ワディアさんはこう語る。「初めて性的なコメントを投げかけられたのは12歳の時だった」。それからは自己抑制の日々が続いてきたという。

 そんな掛け声がかからないようにするには「どんな洋服を着るか、お酒を飲むときはどうするのかを考える。お金がなくてもタクシーを使ったり…ジョギングする時はヘッドフォンを付けなかったり(注:付けていると周囲への注意が怠るため)。街灯がたくさんついているところを選んでジョギングする、とかね。ものすごく、疲れます」。

 ヘレナさんはツイッターで、セクハラを避けるために歩く道を変えたり、走るルールを変えたりしたことがあるかとフォロワーに問いかけた。「ある」という答えの他に、彼女のツイートそのものに、「支持する」という意味の「ライク」が12万回付けられた。

 3月8日は国際女性デーだった。野党労働党のジェス・フィリップス議員は国会の場でこの1年間で男性によって殺害された118人の女性の名前を読み上げた。「来年、この名前のリストに入る人が出ないよう、祈り、行動しよう」と呼びかけた。

追悼ストと警察

 3月13日、市民団体「通りを取り戻そう(Reclaim These Streets)」が中心となって、サラさんの追悼イベントが企画された。

 しかし、コロナのロックダウンが続く中、集会は禁止されている。地元警察と話し合いをしたが、最終的に許可が下りず、「13日午後9時半、自宅のドアの前に出て、追悼する」形で行われることになった。

 ところが、実際には、同日、サラさんが姿を消したクラパム・コモンに女性たちが集まり、野外ステージに花を置くようになった。ケンブリッジ公爵夫人キャサリン妃も、この日午後、ひっそりと姿を現し、野外ステージで足を止めた。

 夜になって、クラパム・コモンに集まった女性たちの数が大きく増えていた。一部の女性は警察に手錠をかけられたり、追悼場所から排除されたりした。

 この時の様子が当日はソーシャルメディアで拡散され、翌日、新聞で大きく報道された。

警察とイベント参加者のもみ合いの動画(BBCニュースより)

 ロックダウン下での集会は違法であるにしても、女性たちを手荒に扱ったように見える警察への批判が大きくなった。

 集会での警備の不手際、そしてサラさんの誘拐・殺害の容疑者が現役警察官であったこともあって、クレシダ・ディック警視総監に対する辞任コールも浮上している。

 「UNウィメンUK」の調査によると、18歳から24歳の女性の97%が性的ハラスメントにあったことがあるという。全年齢層の女性80%が公的場所で性的ハラスメントにあったことがある。

 サラさん事件を知って、「『自分だったかもしれない』と思わない女性はいない」とコラムニストのエレノア・スティフェルさんは書いている(デイリー・テレグラフ紙、3月12日付)。

 15日、ロンドン・ウェストミンスターでも追悼イベントが行われ、数人が健康保護条例違反などの疑いで逮捕されている。また、各地でサラさんを追悼するため、一定の場所に献花する行為が今も続いている。

***

 筆者の体験を少々記しておきたい。

 渡英前、筆者は友人たちに「地下鉄のエレベーターに男性と2人きりで乗ってはいけない」と厳しく注意された。「大袈裟だな」と思ったけれど、状況を見て「2人だけ」にはならないようにしている。

 男性全員を「敵」と思っているわけではない。男性側、女性である自分側にとっても、互いを守る(加害者・被害者にならない)努力は必要と思い、そうしている。

 電車やバスの車両の中で、自分と他者の2人だけになるという状況はほとんどあり得ないが、もしそうなった場合、お互いの目を見て安全を確認しあったり、携帯電話で家族と話したりなど、防御線を引く。

 夜間の外出だが、こちらは夜暗くなる時間が早い。例えばスポーツクラブなどの帰りで午後5時を回ると、冬はすでにかなり暗い。そこで、帰り道はバスが通る、街灯がたくさんついている道を選んでいる。

 家族からは「午後8時以降に駅から自宅に戻る時、タクシーを使いなさい」と言われている。時折タクシーを使っているが、バスが午後11時半ごろまで動いているので、最近はバスを使うことが多い。

 夜間、タクシーもバスも使わず、歩いたことがあるが、明るい道ではあったものの、少年少女のグループがふざけながら道を歩いていて、アイスクリームを上着に付けられたことがある。

 最近は、コロナ禍でイライラしている人も多いので、様々な形の攻撃を受けないように自衛することが大切だ。

 ただ、サラさんの場合は、「夜遅くない時間」に、「街灯がついている場所」を「ほかの多くの人同様に」、「防寒用の衣類を身に着けた格好で」被害に遭った、しかも、相手は(もし容疑者が実行犯だとしたら)警察官であった。どれほど自衛しても、これではたまらない。相当にひどい。

 「外を歩く」という、誰もがする行為の結果、犯罪の被害者となったサラさん。普段は性犯罪あるいはセクハラを避けるために気をはって外を歩いていた女性たちが、「これって、おかしい」と改めて気づいて、声を上げだした。不公平以外の何物でもない、と。

 コロナ発生で外出禁止令が出てから、英国ではドメスティック・バイオレンスの報告例が多数出ている。働いている女性は自宅勤務となり、子供の勉強の面倒を見たり、食事を作ったりなど育児や家事の大部分をしょい込むことになった。

 たまりにたまった不公平感が今回のサラさんの事件で一気に爆発した面もありそうだ。

 事件をきっかけに、セクハラ・性犯罪を告発する「#MeToo」運動の新たな波が広がっている。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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