放送法「行政文書」問題が浮き彫りにする日本の封じ込め体質――内部告発は悪か
- 日本は諸外国と比べても内部告発者に冷淡な制度しかなく、これは問題の隠蔽をエスカレートさせる体質につながってきた。
- 放送法の解釈変更をめぐる内部文書の公表を受け、内部告発者を特定するべきという意見は与野党にある。
- それは内部告発によってしか明らかにされない疑惑や問題を抑え込もうとする圧力になりかねない。
放送法の解釈変更をめぐる総務省の内部文書が公開された問題は、はからずも日本が「内部告発者に冷たい国」であることを、改めて浮き彫りにしたといえる。
「内部告発者が問題」なのか
総務省は3月7日、安倍政権時代の放送法をめぐる官邸とのやり取りに関する内部文書を公表した。
その内容は立憲民主党の小西洋之議員がすでに公表していたものと同じく、2014年から2015年にかけて安倍元首相や当時の高市早苗総務相、礒崎陽輔首相補佐官らが政権批判の目立つTBS「サンデーモーニング」など個別の番組を念頭に、TV放送の「政治的公平」に関する法解釈を強引に変更して規制を強めようとしたと示唆するものだった。
高市氏はこれを「捏造」と強調しているが、総務省が行政文書と認めたことで、疑惑はかなり濃くなった。
詳しい経緯は他に譲るとして、この問題で注目すべき点の一つは、与党以外からも「行政文書作成の経緯や明るみに出た経過、その趣旨や目的についての精査が必要」という主張があがった点だ。
なかでも国民民主党の玉木雄一郎代表は「ああいう形で行政文書が安易に外に流出すること自体は、国家のセキュリティ管理の問題としてはもちろん問題」と主張し、賛否はともかく多くの人の関心を集めた。
結論的にいえば、こうした論調は一歩間違えれば「内部告発者が問題」となりかねず、それは国際的にみても特異な日本の封じ込め体質を助長するものといえる。
内部告発しか選択肢がない方が問題
大前提として、内部情報を何でも表ざたにすることは認められないだろう。官公庁でも民間企業でも、あるいは我々のような個人事業主でも、守秘義務が守られるという信頼がお互いになければ契約すらできない。
しかし、その一方で、多くの人にかかわる深刻な問題が内部情報によって初めて「問題」として認知されたことも、数え切れないほどある。
最近の例では、ロシアやカタールで行われたFIFAワールド杯の選定で大規模な買収があった疑惑も、関係者のリークで初めて表面化した。Facebookから大量の顧客情報が流出し、それが2016年アメリカ大統領選挙に影響を及ぼしたことも、内部告発をきっかけに明らかになった。
東京五輪をめぐる多くのスキャンダル、民間企業で相次いだ検査データ改ざん問題、自衛隊の南スーダン日報の隠蔽など、日本でも同様の問題は多い。
今回の問題に関していえば、内部情報が流出したことよりむしろ、重大な疑惑が内部告発によってしか表面化しなかったことの方が、健全なガバナンスという意味でよほど大きな問題といえる。
政治的意図が問題なのか
さらに玉木代表は「ある場合には政治的意図を持って、こういうリークが行われて、我々が大きく振り回されてしまう」とも述べている。この「政治的意図」とは、来月の統一地方選挙が念頭にあるのかもしれない。
いずれにせよ、「公益のためというより、特定の者のためにリークが行われたなら問題」という趣旨は一見もっともらしいが、仮に政治的意図があったとしても、それが問題とはいえない。
今回の内部告発は日本の報道の自由に関わる問題だ。日本は報道の自由で先進国中最低レベルと評価されている。各国の報道の自由を比較する「報道の自由ランキング」で日本は180カ国中71位と、アフリカのモーリシャス(64位)やケニア(69位)より低い。
この状況の暗部を告発するリークが「公益に反する」と考えるなら話は別だが、玉木代表も今回の内部告発の内容そのものの重要性は否定していない。とすると、仮に内部告発者が何らかの政治的意図を持っていたとしても、それと公益は両立すると認めざるを得ないはずだ。
ところで、政治家は特定の政治的信条や意見に従って行動するものだ。そもそも何を公益と捉えるかは立場によって異なり、そのなかで政治家は「自分たちが公益と考えるものの拡大」と「自分たちの政党の議席の増加」の両立を目指す。
今回の内部情報のソースは総務省関係者といわれている。だとすれば政治家ではないかもしれない。
しかし、政治家に認められている「公益と政治的意図の両立」が政治家以外には許されないというのなら、それはそれでおかしな話であり、政治的意図をことさら問題視することにどれだけの意味があるのか不明になる。
内部告発者を守らない日本
ただでさえ日本は国際的にみて内部告発者を守らない国だ。
日本の公益通報者保護法は、公的機関や民間企業の内部で行われている不正を、内部の努力で改善されない場合に告発することが権利として認められている。
ただし、内部告発者を実質的に保護する仕組みはない。
この法律では内部告発を理由とした解雇、派遣労働者契約の解除、その他の減給、降格といった不利な扱いは無効と定めているが、役所や企業の「犯人捜し」や報復人事を規制する罰則規定はない。
例えば、欧米の多くの国では内部告発者の減
給・降格などが「報復人事でなかった」ことを、雇う側である役所・企業が証明しなければならない。逆に、日本では「報復人事だった」ことを雇われる側が自ら証明しなければならない。
韓国や中国でも、内部告発者に不利な人事を行った側に罰金・懲役などの刑罰が科される。
これらと比べて、日本では不正を告発した者が閑職に追いやられたり、離職を迫られたりすることが珍しくない。それは内部告発のコストとリスクを高め、ひいては問題があってもひたすら内部で隠蔽し続けようとする悪循環を生みやすい。
つまり、内部告発にブレーキをかけようとすることは、それ以外で明るみにならない問題を闇に葬りやすくする。
今回の疑惑に関していえば、この段階で内部告発そのものを疑問視することは、国際的にみても特異な、この国の封じ込め体質を助長するものといえる。玉木代表の言い方を多少もじっていえば、「ある場合には政治的意図を持って、‘情報が封じ込められて’、我々が大きく振り回されてしまう」のだ。ここでいう「我々」とは、もちろん国民のことである。