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【韓国W杯予選】平壌遠征から韓国選手団が帰国。異例の無観客試合に「まるで戦争」「韓国でやり返す」

試合前の金日成競技場。在北スウェーデン大使Bergstroem氏SNSより

10月15日に平壌で行われたカタールW杯アジア2次予選H組第4節の北朝鮮―韓国戦。

史上初めて平壌で行われた男子フル代表による公式戦の南北戦は、「ホーム国自らの意思での無観客試合」「韓国側への試合報道はマレーシア経由のテキスト速報のみ」という異例の事態になった。

17日0時45分着の便で、韓国代表の選手たちが帰国。現地で何が起きたのか。そこで当事者は何を思ったのか。より詳しい状況が出てきた。「無観客試合の理由」の考察と合わせてレポートを。

13日、出国前の韓国代表の様子。インタビューに応じるFWキム・シヌク。キム・ヒソン氏撮影。
13日、出国前の韓国代表の様子。インタビューに応じるFWキム・シヌク。キム・ヒソン氏撮影。

ソン・フンミン「ピッチのなかで罵声を浴びせられ…」

平壌での出来事を、時系列で、当事者の言葉と合わせて追っていこう。

◆10月14日(試合前日) 17時30分頃平壌着(北京発)。高麗ホテル入り。

選手は金日成競技場とホテルの往来のみで時間を過ごした。ホテル敷地内のメインゲートまでのみ”外出が許された。試合会場での韓国国旗掲揚、国歌斉唱が懸案の一つだったが、前日の予行練習は、スタジアム内のPCで行われたという。

「ホテルでも北側の目があったので、我々も注意深く過ごすよりほかなかった。試合1日前の移動だったため、休みを取ることに集中した。睡眠を多くとった。個人的にはしっかり休めてよかったと思う」(ソン・フンミン/チームキャプテン)

いっぽう、前日の時点で韓国メディアは「大韓サッカー協会を通じて入ってくる情報が遅い」と口にしていたが……現地からソウルに送られるメールが「検閲を受けていた」ことが分かった。

◆10月15日 午前9時30分から10時30分まで高麗ホテルで朝食。

◆午後1時 先発隊(スタッフと思われる)9人が金日成競技場に到着。

◆1時20分 選手ミーティング。その後高麗ホテルで昼食。

◆3時30分 スタジアムに出発。

「(ホテルから30分かけて移動し、16時に)金日成競技場に入って、『あのゲートが開いたら、5万人が入場してくるんだろうな』と思っていた。しかし、開かなかった。私も、選手も、ベント監督もかなり驚いた。今回の試合はまるで戦争のようだった」(チェ・ヨンイル大韓サッカー協会副会長/今回の選手団長)

この試合の”唯一のレポーター”在平壌スウェーデン大使Joachim Bergstroem氏のTwitterより/以下、Twitter引用は同。

◆17時頃 「観客が一人も入っていない」点が韓国でも報じられ始める。

「相手が韓国を”強いチーム”と認識していると感じた。北朝鮮が負けた場合の被害がかなり大きいだろうから。しかし選手としてはほとんど気を払わなかった。試合に集中しようと努力した」(ソン・フンミン)

◆17時30分 キックオフ。試合は0-0のスコアレスドローで終わった。

引き続きソン・フンミンの印象。

「勝ち点3を持ち帰れずに残念。韓国自体の出来に残念なところがある。100%の実力を発揮するのが難しい環境だった。いっぽうで負傷せずに帰ってきたことだけでも大きな収穫。ある程度のフィジカルコンタクトは理解できるが、北朝鮮の選手たちは他のチームよりもかなり敏感で、荒かった」

「北朝鮮と戦ったのは1試合だけなので相手の戦力がどうだったかと話すのは難しい。言い訳になるかもしれないが、負傷の心配が本当に大きかった。サッカーに集中するのではなく、ケガをしないよう最大限に注意するほどだった」(同)

「ピッチのなかでかなりキツい言葉も投げかけられた。(内容は)思い出したくないくらいだ」(同)

また、当日スタジアムにいた平壌在住スウェーデン大使館のTwitter投稿により、試合中に両国選手が揉み合い、ソン・フンミンがこれを制そうとしている場面があったことが確認されている。キム・ジンス(全北/元アルビレックス新潟)はこう答えた。

「フィジカルコンタクトの状況で北側がこれを深刻に受け止め、ファン・インボム(バンクーバー/カナダ)が一撃を食らった。相手に殴る意思はなかったようだが、そういった形になった。北の選手はずっとこちらに罵声をあびせていた。来年のソウルでの試合では、こちらもやり返して、強く出る」

当のファン・インボムは平壌遠征をこう締めくくった。

「ベンチからも激しい罵声、ののしりがこちらに浴びせられる状況だった。サッカーは結果で語らなければ。韓国でのホームゲーム(2020年6月)ではどういう姿を見せられるか、韓国の力がどれだけ上なのかを見せたい」

韓国スポーツメディアのなかには「韓国選手の間に北に対する新たな感情が芽生えた」と報じるものもあった。

韓国側の「怒り」。「北側のPRにもなったはずだが……韓国と話す気もないという証か」 

大きな話題となった「無観客試合の理由」については、17日朝の時点では情報が出てきていない。

一部の韓国メディアは「韓国側のサポーター、メディアの入国を認めなかったため、対等な条件を作る意味もあったのでは」と推測する。確かに今年9月にAFCを仲介して交わした約束事には「韓国を他国と同じ待遇で受け入れる」との項目があったが。

いっぽうで、16日付けの「SPOTV」イ・ソンピル記者の原稿に、韓国側の目線がじつに的確かつ冷静に綴られていた。複雑な感情を押し殺すような一文だ。以下に引用する。

試合とは関係なしに大きな関心を集めたのが、5万観衆が集まると予想された試合が“無観客”という味気のないものになった理由だ。北朝鮮自らホームの利点を放棄しつつ試合を行った点は常識的に理解ができない部分だ。

(中略)

試合前日のマッチコミッショナリーミーティングでも現地では4万人の来場予想、という話が出たという。去る9月のレバノンとの試合(5日)でも同様の観衆が訪れ、2-0で勝利した。応援で相手にプレッシャーを与えるのに十分な数だ。もちろん韓国代表選手の大多数は4~5万人の前で試合をした経験が豊富なため、問題とならない可能性もあったがそれでも他とは一味違った雰囲気だとしたら状況は変わりえた。

ところが北朝鮮は観客の観戦を放棄した。驚くべきことだ。通常、無観客試合とは観客が騒ぎを起こしたり、ネガティブなことが起きた場合にFIFAやAFCなどの期間が直接懲罰を与え、行われるものだ。その点から考えても今回の無観客試合はクエスチョンマークが残るものだ。

(中略)

北朝鮮は正常な国家へと向かっているのならば、今回の試合を通じて十分にそのPRが可能だった。2017年4月の女子アジアカップでは、韓国側のENGカメラ搬入を承認し、短い時間だが試合撮影も可能だった。今と比べても国際情勢が少し悪い時期にもそうだったのだ。

しかし今回は自ら封鎖を選択した。韓国取材陣はもちろん、平壌駐在の有数の通信社の取材も許可せず、在日本朝鮮人総連合会(朝総連※)の機関紙「朝鮮新報」の入国も許可しなかった。

※訳は原文ママ

メディアの源泉遮断は現在の国際情勢とも無関係ではない。北朝鮮は「通米封南」政策の基本を維持している。スポーツの話はスポーツで終わらなければならないが、無観客試合を通じ韓国とは対話することすら嫌だということを象徴的に見せつけた。匿名で取材に応じたある北朝鮮専門家は「客席を完全に空にしたことは、韓国に向かって意思疎通する意思なし、と表明したとみなせる。最近の北朝鮮の韓国に対する態度もまたそうであるという点を見ればより明らかだ。北では政府が統制すれば、無観客試合の実施など容易いこと」と答えた。

サッカーの観点からこの問題にアプローチするのなら、観客に敗北する場面を見せたくなかったと見られる。韓国は人工芝など環境への適応が簡単ではなかったが、選手の実力は明らかに北より上にある。北はここまでW杯予選で2勝を挙げているが、最低限ホームでの韓国戦に引き分けてこそ、ここからの予選グループの順位争いに持ち込める状況だった。そういった背景もあり、開放された姿を見せるよりもむしろ隠遁を選んだのだった。

出典:韓国「SPOTV NEWS」

もちろん、韓国内には”怒る”という論調はある。16日午前、韓国統一部イ・サンミンスポークスマンと記者団による定例ブリーフィングが行われた。そこで記者団とのこんなやりとりがあった。

――今回の件(メディアの入国拒否、中継許可なしの件)は北側に抗議あるいは遺憾を表するべき事案ではないのか。

「南北間の合意による両国間の交流事業ではない(AFC主管のゲームであるということ)ため、大韓サッカー協会の判断により規定に違反する問題がなかったか検討する余地がある。あるとすれば必要な処置を取りうると見ている」

また、北が無観客試合を行った理由については「サッカー協会が聞いていると承知している」「試合関連の背景にどういった意図があったのかもう少し振り返って調べてみる」と答えている。

ソウルでのリターンマッチは2020年6月4日に行われる。その時、韓国側はどう出るか。この年の4月に、文在寅政権に大きな影響を与えると言われる韓国国会選挙を終えた状態で試合が行われるが――。

 試合映像は北朝鮮側から韓国スタッフにDVDで渡され、それをKBSがチェック後17日に韓国で放映されるという。それに先立ち、前出のスウェーデン大使がTwitterで自ら撮った映像をアップ。大使本人も「自由なスポーツ報道を」と訴える

吉崎エイジーニョ ニュースコラム&ノンフィクション。専門は「朝鮮半島地域研究」。よって時事問題からK-POP、スポーツまで幅広く書きます。大阪外大(現阪大外国語学部)地域文化学科朝鮮語専攻卒。20代より日韓両国の媒体で「日韓サッカーニュースコラム」を執筆。「どのジャンルよりも正面衝突する日韓関係」を見てきました。サッカー専門のつもりが人生ままならず。ペンネームはそのままでやっています。本名英治。「Yahoo! 個人」月間MVAを2度受賞。北九州市小倉北区出身。仕事ご依頼はXのDMまでお願いいたします。

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