嘉門タツオ61歳。新型コロナで確信した自らの使命
「ヤンキーの兄ちゃんのうた」「鼻から牛乳」などオリジナリティーあふれる曲を生み出してきたシンガーソングライター・嘉門タツオさん(61)。12月30日に大阪・オリックス劇場で開催予定だった恒例コンサート「巣ごもりもいいけどねライブもね♬2020年コロナに負けるな 嘉門タツオ◇吉例◇顔面蒼白歌合戦!!」の延期を17日に発表するなど、新型コロナ禍の影響を強く受ける一年となりました。その中で確信した自らの使命とは。
恒例コンサートの延期を決定
「顔面蒼白歌合戦」というタイトルをつけて毎年やってきたイベントなんですけど、考えた末に、今の世の中を見て延期とさせていただきました。
遊び心をプラスしたフェイスガードをお配りして一年を笑って振り返ってもらおうとも思っていたんですけど、こればかりは本当に致し方ないです。
最後まで新型コロナ禍と向き合った年にもなりましたし、歌う場がものすごく制限された年でもありました。ただ、歌いたいと思うこと。そして、歌わねばと思うことがたくさんあった年でもありました。
新型コロナという大変なことをどう歌に落とし込むのか。どう料理するのか。これは今に始まったことではないんですけど、“昨日あったことを今日歌う”という時事性というか、そういうスタンスをずっと持ち続けてきました。
なので、トランプとバイデンの大統領選もその都度歌ってましたし、栃木県が「都道府県・魅力度ランキング」で最下位になったのを受けて逆にエールとして歌うのも、まさに僕の仕事やと思っていました。
「それを言うてほしかったんや」
さかのぼると、1995年、阪神淡路大震災の時もいろいろと考えました。
こんな時に何を歌ったらいいのか。ただ、このことを歌わないわけにもいかない。
その中で考えに考えて、おそるおそる「怒りのグルーヴ〜震災篇〜」というのを作りました。
「高い食器は全部割れたのに、残ったんはビールのおまけのグラスだけ」
「火災現場のリポーター『見事に焼けてます』。“見事”ってなんやねん」
「村山総理がくるのはスイスの犬より遅かった。首相官邸はスイスより遠いんかい」
そんな歌詞を作り歌うと「それを言うてほしかったんや」「ホンマに、その通りや」という声が多々寄せられました。
心にたまったものや、叫びたいをことを言ってほしいという思いは確実にある。それを確信しました。
本当につらい。でも、現実に起こっている。そして、それを乗り越えようとしている。そんな人の元気が、少しでも出るものができたら。その時に強く思ったんです。
言わずもがな、ものすごくセンシティブだし、デリケートな部分でもあります。ただ、これが受け入れられた理由。それは、曲になっているからなんです。音楽があるからなんです。申し訳ないけど、テレビのコメンテーターさんが言葉で建前を言っても、聞く側はなかなかスッキリはしない。
自分で言うのもナニですけど、そういった領域を歌って皆さんに「その通りや」と思ってもらうには、正直スキルも要ります。声の出し方、ギターの緩急、歌う時の表情。僕はそういうことを長年やってきました。いかに分かりやすく、伝わりやすく、届けるかを。
だからこそ、今回の新型コロナ禍においても、歌わねばと思ったんです。
「料理のレパートリーがなくなってきてクックパッドに頼る」
「消毒しすぎて手がカサカサになる」
あと「アベノマスクは小さい」ということをアベノマスクをつけながら歌う。
中には「何にも分からんヤツがエエ加減なことを歌うな」と言う人もいます。ただ、これは僕の考えを押し付けるとかではなく、問題提起やと思っているんです。良い悪いじゃなく、歌うことによって、表に出す。出さないと、何も始まらない。
オレの仕事
去年還暦を迎えまして「歌を作っておくべき領域のものには歌を作ろう」という思いがより強くなった気がします。
例えば、ウチの母親は入院したり、施設に入ったりしてるんですけど、僕の年齢的にも、環境的にも、周りにそういう人が増えてくる。
そんな中、医療・介護に携わる方が少しでもホッとしたり、逆に介護をしてもらう側の人が少しでも明るくなるような歌を作る。そんな思いがどんどん湧いてきています。
それと同時に、これは桑田佳祐さんや松任谷由実さんの仕事とは違うなと思うんです。加山雄三さんも80歳を超えてらっしゃいますけど、加山さんが「膝が痛いんだよね」と歌を歌うことは誰も求めていない。それよりも、永遠の若大将を発信することを多くの方は求めてらっしゃる。
母親に寄り添う中で“要支援”と“要介護”の違いも初めて知りました。僕が60歳くらいになって知ったことを分かりやすく、笑いも入れながら歌で伝える。これは他の誰でもない、オレの仕事やと思ったんです。使命やと。
何というのか、これはね、今までずーっと継続してきたゆえの使命やと思います。「昨日、今日思いついたからやろう」ではアカン。アカンというか、できない。それだけの積み重ねをしてきた今の自分やからこそ、やるべきことなんやと思っています。
ま、それだけ積み重ねをするということは、当然、歳をとってますからね。母親のことを言うてますけど、弱りゆく自分というのも痛感しています。
友だちでも血糖値が高いからインシュリンを打ちながら暮らしてるヤツも多いし、そら、この歳になったら、みんな何なりとありますわ(笑)。
ただ、だからこそ、歌うことがある。そして、それこそが自分がやることだと思っているんです。
(撮影・中西正男)
■嘉門タツオ(かもん・たつお)
1959年3月25日生まれ。大阪府出身。本名・鳥飼達夫。さくら咲く所属。大阪万博に魅了された小学生時代を経験。中学生になり「MBSヤングタウン」と出会い、ラジオの世界に目覚める。75年、高校在学中に当時レギュラーを務めていた落語家の笑福亭鶴光に弟子入りし「ヤングタウン」のレギュラー出演を果たすも、80年に破門され放浪の旅に出る。その後「サザンオールスターズ」の桑田佳祐から嘉門達夫の名をもらい再デビュー。83年「ヤンキーの兄ちゃんのうた」でレコードデビューし、YTV全日本有線放送大賞新人賞、TBS日本有線大賞新人賞を受賞。現在は「嘉門タツオ」と名を改め、ライブ活動やテレビ出演、FMヨコハマ「Come On!カモン!カモン!」でラジオパーソナリティーも務める。また、小説やコラムの執筆、YouTubeチャンネル開設、イチナナ進出など活動の場を広げている。新宿の客引き防止キャンペーンで誕生した「ぼったくりイヤイヤ音頭」を12月9日に7インチレコードとしてリリース。来年1月28日には東京・shibuya7thFLOORで観客50人限定ライブ「嘉門タツオ コロナ禍だからこそ控えめにマンスリーライブ」を開催予定。