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安住の地京都を離れ単身富山に乗り込んでいった浜口炎HCのゼロからの挑戦とその覚悟

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
京都戦で選手たちに指示を与える富山の浜口炎新HC(中央・筆者撮影)

【富山の浜口新HCが古巣相手に連勝】

 新型コロナウイルスの影響を受け、厳戒態勢の中で2020-21シーズンが開幕したBリーグ。全国10会場で20試合が実施され、入場制限がある中ほぼすべての会場で1000人以上の集客を記録するなど、無難なスタートを切った。

 そんな中、昨シーズン(新型コロナウイルスのためシーズン途中で中断)は17勝24敗でシーズンを終えた富山グラウジーズは、敵地で京都ハンナリーズと対戦。コロナ対策で2人の外国籍選手の合流が遅れ、ジュリアン・マブンガ選手のみという劣勢の中で、97-89、97-75と京都を圧倒し連勝に成功している。

 今シーズンから富山の指揮をとるのは、昨シーズンまで京都のHCを務めていた浜口炎HCだ。敵チームの指揮官になっても京都ブースターから温かい拍手で迎えられる中、古巣チーム相手に連勝することで、これまでの恩に報いたかたちになった。

京都戦に連勝しチームとハイタッチを交わす浜口HC(中央・筆者撮影)
京都戦に連勝しチームとハイタッチを交わす浜口HC(中央・筆者撮影)

【新体制発足を機に京都退団を決意】

 浜口HCにとって、京都はある意味安住の地だった。2011-12シーズンからbjリーグ京都のHCを任されると、以来Bリーグ移行後も9年間指揮をとり、公式戦の通算成績(bjリーグとBリーグの合算)は、295勝188敗を誇っている。

 またシーズン負け越しはBリーグ1年目(26勝34敗)と昨シーズン(20勝21敗)のみ。Bリーグ移行後はbjリーグから参入したチームが苦しむ中、チャンピオンシップ進出1回、天皇杯ベスト4進出2回と、潤沢な予算と分厚い選手層を誇る元NBLチームと渡り合ってきた。

 2年前のことになるが、Bリーグ2連覇を達成しているアルバルク東京のルカ・パヴィチェヴィッチHCが、「京都は強豪チームではないが、常に強豪チームを打ち負かす可能性を秘めている」と形容したことがあった。低予算ながら戦えるチームを作り上げてきた浜口HCへの賛辞ともいえるものだった。

 そんな“京都の顔”ともいうべき存在だった浜口HCがこの夏、一大決心を下した。チームが板倉令奈氏をGMに迎え入れ新指導体制に移行したのを機に、一念発起で新たな挑戦を目指し京都退団を決意したのだ。

 しかも京都を離れる決心をした当時は、新たな所属先が決まっていたわけではなく、浪人も覚悟した上でのゼロからのスタートだった。そんな状況下で富山からオファーを受け、京都時代のスタッフとも別れ単身富山に乗り込んでいったのだ。

 京都との2試合を戦い終えた後、浜口HCは微笑みながら「50歳にして新しい挑戦をしています」と現在の心境を説明している。

【チーム合流後すぐに浜口流指導を発揮】

 富山入りして浜口HCが真っ先に行ったことが、チームキャプテンの阿部友和選手、宇都直輝選手の2人とのミーティングを行い、今後の方針についての意見交換だった。元々浜口HCは選手たちとの対話を重要視しており、富山でも浜口流で選手たちと意思疎通を図ろうとしたわけだ。

 ミーティングで浜口HCと接した宇都選手は、以下のようにその印象を話してくれた。

 「表裏がなく本当に選手のことを考えてくれる監督だと感じました。

 自分は外国人コーチがほとんどでしたが、日本人ということで深くコミュニケーションをとることができてます。もちろん監督ごとに違いはあります。あまり比較というのはしたくないですが、炎さんは特別コミュニケーションを大切にしていますね。あとはチームルールの中に日本人らしさがあるのもいいのかなと思います」

 2014年にNBL時代のアルバルク東京に入団し、Bリーグ1年目から富山に在籍してきた宇都選手だが、これまで在籍7シーズンで日本人HCは1人しかいなかった。そんな彼にとっても、浜口HCは非常にコミュニケーションがとりやすい指導者だと感じたようだ。

京都戦2試合で計37得点の活躍をみせた宇都直輝選手(筆者撮影)
京都戦2試合で計37得点の活躍をみせた宇都直輝選手(筆者撮影)

【富山の特長をベースに更なる進化を】

 実際の指導に当たっても、浜口HCはチーム内のコミュニケーションにこだわった。

 新型コロナウイルスの影響で練習も制限される中で、あみだくじで3人の小グループを組ませ、テーマを決めてディスカッションさせたり、テニス、バドミントン、バレーなどでお互いを競わせ、楽しみながらチームの和を高める環境を整えた。

 そんな浜口HCが富山で目指すバスケットは、これまで富山が培ってきたスタイルに浜口流のスパイスを加えたものだ。

 「基本的なシステムだったり、フィロソフィー(哲学)は変わりないんですけど、富山の選手はアスリートが多くて、ボールをプッシュして走る能力があるので、昨日今日(京都との2試合)はその良さが出たと思います。

 またシュートに自信がある選手が多いので、とにかくボールを運んでワイドオープンになったら積極的に打つというのが、元々彼らが持っていたスタイルなので、そこは継続しながらやっていきます。

 ただジョシュ(スミス選手)が加わったらインサイドに入れる時間は多くなると思いますし、もう1人のソロモンはピック&ロールの選手なので、富山はボールハンドリングも上手い選手がたくさんいるので、ピック&ロールが今までより多くなるんじゃないかなと思います」

【選手もプレーの楽しさを実感】

 浜口HCの言葉通り、京都の2試合ではチーム全員でリングに向かう積極性を貫き通した。特にファスト・ブレーク・ポイントは2試合を通じて37-6と、スピードと走力で京都を圧倒している。

 また京都戦を富山ベンチ付近で観察して印象的だったのが、選手たちが実に楽しそうにプレーしている姿だった。中でも宇都選手は、少年のようにバスケットを楽しんでいるように見えた。彼はどう感じていたのだろうか。

 「(浜口HCが)個性を生かそうとしてくれるので楽しさはあると思います。練習だけでなく日頃から本当によくコミュニケーションをとるので、一体感も出てきたのかな(笑)。自分自身のモチベーションはいつも高いですが、期待してもらえるので、さらに気合いが入りますね。燃えてます、炎だけに(笑)」

 宇都選手の言葉を聞いていると、今シーズンの富山に少なからず期待してしまいたくなるのは自分だけではないはずだ。さらに宇都選手だけでなく浜口HCも、チームにある程度の手応えを感じている。

 「非常にいいタレントを備えた選手がいますので、ぜひチャンピオンシップを目指して頑張りたいと思います」

 浜口HC率いる新生富山は、今シーズンのBリーグを盛り上げてくれる存在になりそうだ。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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