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皮膚がんを防ぐ新戦略〜スウェーデンの研究より〜

大塚篤司近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授
(写真:ロイター/アフロ)

日光角化症という皮膚の前がん病変をご存知でしょうか。長年の紫外線曝露により、顔や手の甲などに小さな赤みやカサつきのある斑点ができる疾患です。放置すると皮膚がんに進行するリスクがあるため、早期発見・早期治療が大切とされています。

日光角化症は皮膚がんに進行する前に手術をしたり、光線力学療法(PDT)が用いらることがあります。PDTとは、光感受性物質を塗布後に赤色光を照射することで病変部を選択的に破壊する治療法です。しかし、この従来の赤色光PDT(C-PDT)では、照射中に強い痛みを伴うことが課題でした。

C-PDTの痛みは患者のQOLを大きく低下させ、治療の継続を困難にする要因となっていました。より患者に優しい治療法の開発が望まれていたのです。

疑似日光PDTとは?

そこで注目されているのが、疑似日光PDT(SDL-PDT)です。SDL-PDTは特殊な光源装置を用いて日光浴をしているかのような光を浴びる新しい治療法で、スウェーデンのサールグレンスカ大学病院皮膚科で行われた研究によると、C-PDTと比べて痛みが軽減されることがわかりました。

この研究では、顔や手に日光角化症の症状がある60~81歳の患者10名に対し、左右でC-PDTとSDL-PDTを分けて実施。治療4週間後に行ったインタビューで、ほとんどの患者がSDL-PDTの方が痛みが少なく、副作用も軽かったと回答しました。C-PDTでは「鉄棒を熱して額に押し付けられているよう」「拷問のよう」と表現するほどの強い痛みがあったそうです。

以上のことから、SDL-PDTは患者の苦痛を大幅に軽減できる治療法だと言えます。痛みが少ないということは、治療へのモチベーションも維持しやすく、高い治療効果が期待できるでしょう。

副作用も軽微、QOLの改善に期待

また、C-PDTでは治療後1週間ほど痛みが続き、赤み、腫れ、皮むけなどの副作用により社会生活にも影響があったのに対し、SDL-PDTではそれらの症状は軽微で済んだとのこと。SDL-PDTならば、施術中に読書やコーヒーを楽しむことさえできるそうです。

ただし、SDL-PDTの長期的な有効性についてはまだ未知数であり、C-PDTほどの効果が得られるかは不明です。とはいえ、9名の患者がSDL-PDTを好み、たとえSDL-PDTの効果がC-PDTに劣ったとしても、2回のSDL-PDTを受ける方が1回のC-PDTより良いと回答した患者が半数にのぼりました。

SDL-PDTは、単に痛みが少ないだけでなく、患者の治療選択の自由度を高める可能性を秘めていると思います。効果と負担のバランスを考慮し、患者自身が主体的に治療法を選べるようになれば、日光角化症の治療はより個別化が進むかもしれません。

日本での普及に期待

日本でも日光角化症の罹患率は高く、患者数は増加傾向にあります。SDL-PDTはまだ国内では広く普及していませんが、今後、患者のQOL向上と治療効果のバランスを考慮した選択肢の一つとなることが期待されます。痛みの少ない治療法の登場は、早期発見・早期治療を促し、ひいては皮膚がんの予防にも寄与するかもしれません。

顔や手背に何ヶ月も治らない赤みがある場合は、皮膚科専門医への相談をおすすめします。日光角化症は早期発見で確実に治療できます。

参考文献:

Sjöholm A, Claeson M, Paoli J, Heckemann B. Exploring patient pain experiences during and after conventional red light and simulated daylight photodynamic therapy for actinic keratosis: a qualitative interview study. Acta Derm Venereol. Published online April 10, 2024. doi:10.2340/actadv.v104.19459

日本皮膚科学会「日光角化症および光線力学療法ガイドライン」(2017年)

https://www.dermatol.or.jp/uploads/uploads/files/guideline/aks_pdtgl.pdf

日本皮膚悪性腫瘍学会「皮膚悪性腫瘍ガイドライン」(2019年改訂版)

https://www.skincancer.jp/guideline/

近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授

千葉県出身、1976年生まれ。2003年、信州大学医学部卒業。皮膚科専門医、がん治療認定医、アレルギー専門医。チューリッヒ大学病院皮膚科客員研究員、京都大学医学部特定准教授を経て2021年4月より現職。専門はアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患と皮膚悪性腫瘍(主にがん免疫療法)。コラムニストとして日本経済新聞などに寄稿。著書に『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版社)、『最新医学で一番正しい アトピーの治し方』(ダイヤモンド社)、『本当に良い医者と病院の見抜き方、教えます。』(大和出版)がある。熱狂的なB'zファン。

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