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Jリーグ今月開幕!千載一遇の昇格チャンスをものにするクラブはどこか

左伴繁雄(株)スポーツBizマネジメント 代表取締役
(J1復帰後清水エスパルスロビー : 筆者撮影)

■ビッグチャンス/昨季上位カテゴリーからの降格クラブがなかったJ2、J3

 Jリーグの新シーズンが今月よりスタートする。入場者数制限や様々な感染防止対策を講じつつ、無事に開幕を迎えられることにまずは安堵している。関係者のご尽力に敬意を表したい。

 さて、コロナ禍の今季の大きな特徴として挙げられるのは「リーグ戦昇降格の複雑困難度」だ。それは昨シーズン「各カテゴリーで降格制度を適用しなかったこと」の影響と言っていいだろう。

 昇格で昨季より2クラブが純増し、全20チームとなったJ1は、今シーズンは例年の倍となる4クラブが降格する。一方、上部カテゴリーからの降格クラブがなく、上位2クラブが昇格したJ2、J3は、実質昨シーズンの3位、4位相当のクラブが昇格出来るという見方が可能になる。

 勿論、今シーズンに向けたチームに対する投資規模や、サッカーの熟成度合の違いもあるので、一概にそう決めつけるのは早計ではある。しかし、例年と比べればJ2、J3カテゴリーは、昇格確度の上がる大きな一年となることは間違いない。

 もっともJ2の場合は、J1同様に例年の倍にあたる4クラブが降格となるため、下位になりそうなクラブは、相当な覚悟をもって臨まねばならない。

 更に2022シーズンは、J2、J3とも上部カテゴリーから4クラブも降格してくる影響で、昇格は例年以上に困難を極めるだろう。そのため、何としても2021シーズンでの昇格をものにしておきたいところだ。

(清水エスパルス終盤戦キャッチコピー : 筆者撮影)
(清水エスパルス終盤戦キャッチコピー : 筆者撮影)

■昇格に必要な条件とは

 それでは昇格のビッグチャンスとなるJ2、J3の各クラブは、何にこだわってシーズンに臨まなければならないのだろうか。

 私は、2001年の横浜マリノスへの赴任以来、湘南ベルマーレ、清水エスパルスで足掛け20年のプロサッカー事業経営に携わってきた人間だ。その間、J1年間チャンピオンを2度、カップ戦優勝、J2優勝、J1昇格を4度経験した。その一方で、J2降格も3度経験した。

 こうした私の経験の中から、昇格や優勝をした時に共通した要因を抽出してみたい。以下は、私の経験上導き出された要因であり、昇格に向けた打ち出の小槌となるかどうかまでは保証の限りではないので、あくまでも参考に過ぎないということを、予めご承知置きいただければと思う。

 また、一般的に言われる、優秀な選手、当該リーグを熟知し、戦術眼にも長けた監督やコーチングスタッフ、スカウティング精度や分析、現場モチベートに秀でた強化スタッフといった要因系因子は、ここでは扱わない。私の仕事柄、もう少し経営サイドに寄った因子を対象としたい。

写真:築田純/アフロスポーツ

■昇格あるいは降格回避に必要な三つの優位性

 先ず大括りに昇格、あるいは降格回避に必要な『三つの優位性』について言及しておきたい。

①財力の優位性

 Jリーグも30年近くの歴史を持つようになり、選手や監督、コーチングスタッフの報酬のいわゆる「相場感」というものが、各カテゴリー毎に固まってきている。それは、強化にかける人件費の大小と、チーム力の強弱の相関性が明瞭になってきていることを意味する。「サッカーの優劣はお金だけで決まるものではない。されど金は要る」という構図である。

 ならばチームにかける人件費は多いに越したことはない。そうした点で、現在はリーグが各クラブの決算内容をかなり些細にわたり開示しているので、自分達のクラブ強化費の現在地をよく把握しておくことは、フロントなら当然の作業である。そして、昇格のためにはやはり強化費を増額させておくことが必要だ。このコロナ禍の折での増額は難しいかもしれないが、逆に増額を果たせたクラブはその時点で、一定のアドバンテージを手に入れることが出来る。

 私の経験上、一つの目安として、リーグから支給される分配金のカテゴリー別差額を親会社かスポンサーからの支援増で獲得する交渉をお勧めしたい。例えばJ1分配金は3.5億円、J2は1.5億円、J3は0.3億円だが、J1昇格を狙うクラブなら、J1とJ2分配金の差額2億円を親会社、或いはスポンサーから「一年限り、昇格原資として何とかお願いします」と懇願してみるという交渉だ。

 もし支援を得ることが出来れば、総売上の4割程度を占める強化費を、最低0.8億円程度上積みすることが出来る。昇格してしまえば、分配金は増額されるので、文字通り一年限りの支援増である。出す側も負担増が続くわけでもないことから、幾分かは気も楽にして後押し出来るだろう。但し言うまでもないことだが、もしそれで昇格を果たせなければ、自身のクビをはねる覚悟を当然見せなければならない。

②ファイティングスピリットの優位性

 リーグ戦での昇格というのは、一年間という長丁場の戦いの結果、得られるものである。90分間フルパワーを出せるフィジカル、相手を萎えさせる気迫、最後まで諦めない闘争心、チームとして意思統一されたサッカー、そうしたファイティングスピリットを、一年間ベンチメンバー、ベンチ外メンバーを含め全員が維持し続けることは、中々難しい作業だ。シーズンの途中で、中だるみすることもあるだろう、何人かは離脱してしまうかもしれない。しかし、これらは昇格に繋げる戦いの生命線である。

 この点についても、私の経験上のことではあるが、ベンチメンバーやベンチ外メンバーの質の高さがとても大事だということを学んできた。試合に絡めないメンバー達の普段の練習や私生活に取り組む姿勢がレギュラークラスと同等かそれ以上のものであれば、チームは締まるものだ。また、練習の一環として行う紅白戦も、ノンレギュラー組が強いチームは、本番さながらの戦いが出来るので、リーグ戦でも強いチームが出来る。特に、ノンレギュラー組に誰もがリスペクトし、黒子も厭わず買って出るベテランがいるチームは、選手が一つにまとまる良い刺激となる。

 然るに、試合に絡めないからといって軽々にベテラン選手を放出すべきではないと、私は考えている。現にそうしたベテラン達が一気に放出された翌年のシーズンが、それだけが原因ではないにしろ、散々だった苦い経験もしている。組織マネジメント上としても、何かの参考にして欲しいものだ。

(清水エスパルス後半戦ポスターの一部 : 筆者撮影)
(清水エスパルス後半戦ポスターの一部 : 筆者撮影)

③リバウンドメンタリティの優位性

 そうは言っても、長丁場のリーグ戦だ。負けが込んだり、怪我人が多数出たりでベストメンバーが組めなくなったり、監督のマネジメントに違和感を持ったりしてチームのムードが悪くなったりすることもあるだろう。

 そうした「昇格阻害要因」が発生しているとでも言うべき状況に陥った場合、往々にして、練習で声が出なくなる者、他責を言い出す者、居心地の良い仲間同士のグループを作ってしまう者たちが出てきてしまうだろう。こうした状況は、昇格が遠ざかる病巣となってしまう。

 こうした時に、常に責任の矢印を自分に向け、チームファーストで物事を考え、発言ができる選手、所謂リバウンドメンタリティに秀でた選手がいれば、リカバリー出来る可能性はグーンと高まるものだ。そうした選手は、チームがバラバラになりかけても、昇格のために成すべきことをやり切ろうとする。そういう選手の行動や発言で、チームが持ち堪えた現場を何度か目の当たりにして、リバウンドメンタリティの重要性を再認識させられたことは一度や二度ではなかった。

 このリバウンドメンタリティに秀でた選手は、特に昇格のかかったラスト5試合くらいから、その輝きを一層放ち始める。みんながテンパってしまい、いつも通りの仕事が出来なくなりかけた時でも、その選手の腹の座った落ち着きと、周りを的確に見る眼力で、大崩れせずに何とか昇格をものにした経験は、今でも私の宝物となっている。

■昇格は目標ではなく手段

(J1復帰後清水エスパルスロビー : 筆者撮影)
(J1復帰後清水エスパルスロビー : 筆者撮影)

 さて、上述のように他クラブより頭一つ抜けた財力と、ファイティングスピリットがあり、リバウンドメンタリティに長けた選手の存在も功を奏し、見事昇格したとしよう。昇格を決めた瞬間は本当に嬉しいものだ。まさに一年間の苦労が報われる瞬間なのだから。チームのみならず、サポーターやスポンサーといったチームを支える方々にとっても喜びはひとしおだろう。

 ただ、その喜び、そして達成感に水を差すつもりは毛頭ないが、忘れてはならないことがある。それは、「昇格は目的ではなく手段」だと言うことだ。昇格の目的は、「昇格して、クラブが在する地域の方々がどれだけ喜び、クラブを誇りに思い、この街で生きていて本当に良かった」と感じていただくことに尽きる。

 現場は一年間苦労を重ねてきての昇格だ。全てを忘れて喜びを爆発させて然るべきだろう。一方でフロントは、昇格後の様々な反応を冷静に見極めるべきだ。一例を挙げれば、メディアを通じて、街の方々がどれほど喜んでいるのか、SNSでの反応はどうなのか、お祝いのお花や祝電がどれだけ届いているのか、昇格報告会でどれだけの方々が集まり、喜びのボルテージがいかほどのものだったのか…そうした喜びの大きさを、よくよく冷静に見極めることが、昇格にまつわる最後且つ最も大事な仕事であるということを、決して忘れてはならない。

 そうした意味で、私個人の経験の中では、2015年J2降格の辛酸を舐めた清水エスパルスが、翌年のシーズン最終戦となったアウェイ徳島の地で昇格(社内の人間は、元居たカテゴリーに戻っただけなので、昇格ではなく「復帰」と思うべきだが)を決めたことを、終世忘れることはないだろう。

 徳島戦の前の試合で、「スタジアムの中だけでいいから、徳島県を静岡県に変えてくれ」などと無理をお願いした身として、遠路5千人近い方々が応援に駆けつけてくれたこと、そして勝って喜びを爆発させた瞬間を見届けることが出来たことは、私の大事な宝物となった。

 昇格は目的ではなく、「街が豊かになっていただくための手段」だということを肝に銘じながら、今シーズンを温かな目で見守っていきたい。

(J1復帰後清水エスパルスロビー : 筆者撮影)
(J1復帰後清水エスパルスロビー : 筆者撮影)

(株)スポーツBizマネジメント 代表取締役

慶應義塾大学卒業後、日産自動車を経て、Jリーグ横浜マリノス社長、湘南ベルマーレ専務、清水エスパルス社長、Bリーグベルテックス静岡エグゼクティブスーパーバイザー、二輪スポーツ法人エススポーツエグゼクティブアドバイザーと、スポーツビジネス経営歴は今年で20年。2021年よりJリーグカターレ富山に移籍。代表取締役社長就任予定。J1年間優勝2回/ステージ優勝3回/J2優勝1回/J1昇格4回/J2降格3回/ナビスコカップ優勝を経験。プロ経営者として、スポーツがもたらす喜怒哀楽を人生の豊かさに転化させる事が生業。数値化/可視化/相対化/標準化/デジタル化で、権限/責任を明確にした実践的経営コンサルを志向。

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