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「プロスポーツ経営者の移籍」と「移籍に伴う愛するものとの別れ」について

左伴繁雄(株)スポーツBizマネジメント 代表取締役
(エスパルス社長退任送別会にて: 筆者撮影)

 2001年、プロサッカークラブの横浜マリノスをスタートに、私は今年でプロスポーツ経営者として20周年の節目を迎えた。経験したクラブもサッカーで3クラブ(横浜マリノス・湘南ベルマーレ・清水エスパルス)、バスケットボールで1クラブ(ベルテックス静岡)と、それなりには経験を積んできたと思う。そうしたことから、今年は特に同業者やこれからこの世界を目指す人たちに向けて、少しでも参考になればとの思いから、これまでの足跡の中から「これは」と思うことを取り出しては、意識的に発信していこうと思っている。

 今回は、プロスポーツ界として今が一番旬な「移籍」について触れてみたい。特にプロとして請われてクラブを移籍する人生のチャレンジの際に、必ず痛みとして伴う「愛するものとの別れ」について少し深掘りできればと思う。

■移籍はプロ経営者の証(あかし)

 前述の通り、私はこれまでプロ経営者として3度の移籍をしている。移籍をするたびに、新しい環境や目指すべき目標の違いに適応しながら、その移籍先におけるベストソリューションを模索してきたつもりだ。

 私の思うプロスポーツ事業の本質とは、所在するクラブの地域に住する人々に、クラブのもたらす喜怒哀楽をもって、豊かな時間を享受していただくことに尽きる。「ここに住んでいて本当に良かった」としみじみ思っていただくことの一助になれば本望だ。そのための試合であり、地域の子供たちの育成であり、さまざまな催事であると、これまでのクラブ経営を通じ、確信するに至った。

写真:YUTAKA/アフロスポーツ

 そのための事業計画や月次管理などはクラブごとに少しずつ異なってはいるが、それぞれの事業を数値化、可視化、標準化、同業他社や他スポーツカテゴリーとの相対化を行っていけば、あらかたのソリューションは見えてくる。そして、それを丹念に計画に落とし込み、PDCAのサイクルを地道に回していけば、それなりの成果に繋がっていくことも、経験上実感できた。(この項では、こうした経営プロセスを仔細にわたって説明するものではないので、この点についてはこの程度に留め置くこととしたい)

 多少なりとも地域の方々が豊かな時を持つことに貢献できた時の喜びは格別だ。「試合に勝った」「勝てなくてもよく戦った」「立派な子供に育ててくれた」「クラブと一緒に楽しい時を過ごすことができた」等々、地域の方々の喜ぶ顔は、この稼業を続けていく上で、何よりの励みになる。

 但し、その喜びの輪は、日本全体というエリアからみれば極めて限定されたものになる。私は、少しでも多くの方々にスポーツを通じて豊かな時間を味わっていただきたいと考えている人間だ。それゆえ、プロ経営者なら一クラブでその経営者としてのキャリアを閉じるより、少しでも多くのクラブで、自分のこれまで持ち得た知識や経験を伝えること、そして後継となる地元の仲間を育てることが、プロスポーツ業界の質を上げることに資するなどと、高邁なことを考えている。一度きりの人生、大志を持たねばとの思いといったところだろうか。

 よって、熱心なオファーをいただければ、請われてなんぼの稼業であるとして、なるべく受けるように心がけている。それがプロ経営者の証としてのスタンスだと信じて、これまでやってきたつもりである。「1人でも多くの方々に豊かな時間を持っていただく」という大義の下、十分な権限を与えてもらい、強く請われたからには、移籍はすべしと。

■移籍に伴う「愛するものとの別れ」は本当に辛いか

(エスパルス選手達と: 筆者撮影)
(エスパルス選手達と: 筆者撮影)

 さて、移籍には「別れ」が必定である。一緒に戦ってくれた社員、現場、サポーターやファンの方々。支えてくれた財界、行政の方々。私生活の断片を、穏やかに共にしてくれた多くの地域の方々…こうした方々との別れはとても辛い。特に、苦しさや悔しさ、悲しさといった辛い時も離れず共にしてきた方々は、もはや同志であり身内も同然なので、尚更別れが辛くなる。

 私はこれまで、自身が去っていったクラブの公式戦をOBとして観に行ったことがない。かつては同じ釜の飯を食った社員や選手たち、苦楽を共にしたサポーターや、渾身の営業に応えて支援を決めてくれたスポンサー法人の皆さんと会うのが辛いからだ。私の勝手な思いであることは百も承知しているし、先方は久々の再会を喜んでくれるかもしれないとも思うのだが、やはり顔を合わせるのが辛いというのが正直な気持ちなので仕方ない。

(エスパルススポンサー法人社長と@新幹線: 筆者撮影)
(エスパルススポンサー法人社長と@新幹線: 筆者撮影)

 マリノス、ベルマーレ、エスパルス、どのクラブでも私なりにベストを尽くしてきたのだが、今はそれができない後ろめたさで、どうにもこうにも笑って再会することができないのである。そのくせTV等で、かつて居たクラブの応援をしている自分がいる。しかも移籍の度に、その数は増えるばかりである。さらに新しいクラブで、かつて在籍したクラブと同じように、関わり合いを持ってくれた全ての方々に喜んでいただこうと励めば励むほど、別れ難い同志や身内がまた生まれていく。

 だから最近では、こう思うようになった。それは、「移籍とは、大義のために行い、その為に大事なものを失わないよう、去る土地に自分の魂の一部を置いていく、という境地で成すべきこと」と。そうすることで、大事な方々の笑顔の輪は広がり、自分が立ち戻る場所が増えていく。そんな心持ちで移籍をしていこうと。別れは一時の辛さを伴うが、置いてきた魂に一点の濁りもなければ、会わずとも心穏やかでいられるものだなと。そして、仕事抜きで笑顔での再会もまた格別と、今ではそう思えるようになった。

 「スポーツを通じて、1人でも多くの方々に豊かな時間を享受してもらう」という大義には、本質的にそういうことが含まれているのかなとも思う。すなわち、大義を貫こうとすれば、愛するものとの別れもまた必定として受け入れるべし、と。

 最後に、もし移籍を考えている経営者や選手、社員がいるなら、私はこう問いたい。

 「あなたは、今の会社の社員やチームメイト、お客様を十分愛してきましたか? 同志や身内と思って寄り添ってきましたか? それができていれば、移籍先でもきっとうまくいきますよ。」

(エスパルス社長退任後、社員達と@清水: 筆者撮影)
(エスパルス社長退任後、社員達と@清水: 筆者撮影)

(株)スポーツBizマネジメント 代表取締役

慶應義塾大学卒業後、日産自動車を経て、Jリーグ横浜マリノス社長、湘南ベルマーレ専務、清水エスパルス社長、Bリーグベルテックス静岡エグゼクティブスーパーバイザー、二輪スポーツ法人エススポーツエグゼクティブアドバイザーと、スポーツビジネス経営歴は今年で20年。2021年よりJリーグカターレ富山に移籍。代表取締役社長就任予定。J1年間優勝2回/ステージ優勝3回/J2優勝1回/J1昇格4回/J2降格3回/ナビスコカップ優勝を経験。プロ経営者として、スポーツがもたらす喜怒哀楽を人生の豊かさに転化させる事が生業。数値化/可視化/相対化/標準化/デジタル化で、権限/責任を明確にした実践的経営コンサルを志向。

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