逮捕者400人、偽誤情報「反移民」「反イスラム」英刺殺傷事件でSNS起点に暴動全土へ
「反移民」「反イスラム」の偽誤情報氾濫が、英国の刺殺傷事件をめぐってソーシャルメディアから全土の暴動へ――。
英イングランド北西部、サウスポートで起きた児童らの刺殺傷事件は、偽誤情報の氾濫を媒介に、英国全土に及ぶ暴動事件へと拡大した。
英警察当局の発表では、英全土に広がった暴動に絡む逮捕者は、すでに400人近くに上るという。
悲劇的な事件の直後に起きる情報の空白に、根拠のないヘイトの偽誤情報が拡散し、暴力に結び付く。
緊急時の偽誤情報による情報汚染が、どのような事態を招くのか。
今回の暴動は、その最新の事例だ。
●各地に波及、「蛮行」と英首相
サウスポートでの児童らへの刺殺傷事件から1週間。偽誤情報をきっかけとした暴動は、サウスポートから各地へ広がった。
事件の翌日、7月30日夜には、サウスポートのモスクを標的に警官隊と極右グループなどが衝突。翌31日からは、ロンドン、北部のマンチェスター、北東部のハートリプール、ロンドン南西のオールダーショット、北東部のサンダーランド、サウスポートの南にあるリバプール、北部のロザラム、中部のタムワース、北東部のミドルズブラ、北西部のブラックプール、さらに北アイルランドのベルファストにも飛び火しているという。
BBCなどによると、英全国警察本部長評議会(NPCC)の8月4日の発表では、これまでに全土に広がった暴動の逮捕者は378人に上る。
ロンドン警視庁によれば、7月31日夜のロンドン中心部の警官隊とデモ隊の衝突で、111人を逮捕。さらにロイター通信の8月4日の報道によれば、8月3日夜以降で147人が逮捕されている。
英国のキア・スターマー首相は8月4日、一連の暴動を「極右の蛮行」と非難した。
●直後から広がった偽誤情報
この事件では、テイラー・スウィフトさんをテーマに開催された子ども向けダンス教室で、児童3人が刺殺され、児童8人と大人2人が負傷している。
現場を管轄するマージーサイド警察が事件を発表したのは7月29日午後1時7分。
発表によると、サウスポートのヨガ・ダンススタジオから刺傷事件の通報があったのは午前11時50分ごろで、容疑者の男性の身柄を確保し、ナイフを押収した、とした。
この時点で、性別以外に容疑者の身元については、発表資料としては明らかにされていない。
その直後から、容疑者に関する根拠のない様々な偽誤情報が、Xなどのソーシャルメディアに拡散した。
警察の発表から42分後の午後1時49分には、40万人近いフォロワーを持つ「反移民」を掲げるアカウントが、「襲撃犯はイスラム移民だという」と根拠なく投稿。閲覧数(インプレッション)は680万回に上った。
午後5時18分には、右派インフルエンサーが容疑者が「シリア人」だと投稿。閲覧数は410万回となった。
警察は午後5時25分、「バンクス在住の17歳男性を逮捕」と発表した。バンクスはサウスポートから北東に車で15分ほどの場所にある村だ。未成年のため、この時点で氏名は公表されていない。
だが午後6時34分、上述の「反移民」アカウントが、容疑者は「昨年、ボートで英国に入国したアリ・アル・シャカティという17歳のイスラム教徒」と根拠なく投稿。140万回の閲覧を集めている。
それ以前の午後4時50分ごろから、偽誤情報発信サイトのアカウントなどが、この名前を発信していた。
偽誤情報ではさらに、「アリ・アル・シャカティ」が「英国情報局秘密情報部(MI6)の監視対象だった」との内容も含まれていたという。
グーグルの検索ボリュームを示す「グーグルトレンド」を見ると、「アリ・アル・シャカティ」の英国内での検索が7月29日午後8時にピークを迎えていた。検索関連トピックやキーワードには、「MI6」「バンクス」などが含まれていた。
英人権団体「戦略対話研究所(ISD)」のまとめ(7月31日)によると、「アリ・アル・シャカティ」はXのトレンド欄にも登場している。
警察は翌7月30日正午過ぎ、「この名前は誤り」とする声明を出した。
7月29日午後8時50分には、980万人のフォロワーを持つ別の右派インフルエンサーが、容疑者は「不法移民」だと投稿し、1,510万回の閲覧数を集めている。
ノースウェスタン大学カタール校助教、マーク・オーウェン・ジョーンズ氏は7月30日午後11時前(現地時間)から、Xへの連続投稿で偽誤情報の広がりを分析している。
それによると、容疑者が「イスラム教徒」「移民」「難民」「外国人」であるとする投稿には、少なくとも合わせて2,700万回の閲覧があったという。
リバプール刑事法院は8月1日、被告(同日、起訴発表)が8月7日で英国の成人年齢18歳になることや、誤情報の拡散も踏まえて、匿名を解除。「アクセル・ルダクバナ」という実名が公表された。
ウェールズ・カーディフ生まれで、両親はルワンダ出身だという。
英国の極右監視団体「ホープ・ノット・ヘイト」は、「移民」「イスラム教徒」という偽誤情報が氾濫する中で、右派アカウントによるデモの動員が、ソーシャルメディア上で行われていた、と指摘する。
「ホープ・ノット・ヘイト」の7月31日のまとめによると、事件のあった7月29日午後5時57分から、メッセージサービス「テレグラム」で、翌30日の午後8時、イスラム教のモスクがあるサウスポートの通りに集合を呼びかけていたという。呼びかけはティックトックからも行われていたとしている。
マージ―サイド警察の発表によると、30日夜にデモ隊と警官隊が衝突。警官53人がけがを負ったという。デモ隊による暴動は午後7時45分ごろ始まり、午前0時ごろには解散。4人を逮捕したという。
●プラットフォームとコンテンツ管理
スターマー首相は8月1日、暴動を受けた声明の中で、ソーシャルメディア企業に向けて対策を要請している。
Xのオーナーであるイーロン・マスク氏は、この声明の動画に対して、「ばかげている」とコメントした。
英国では、有害コンテンツから児童を保護することなどを規定した「オンライン安全法」が2023年10月に成立している。
ガーディアンなどによれば、同法では特定の人種、宗教の人々に対する脅迫などの違法コンテンツに対処し、ユーザーを保護することを義務付ける条項が含まれているが、年末までは適用されないという。
●情報汚染のインパクト
「アリ・アル・シャカティ」を巡る偽誤情報、容疑者とは別人の写真の拡散など、事件後の偽誤情報拡散には、インディペンデント、ロイター通信などのメディアや「フルファクト」などのファクトチェック団体が、ファクトチェックを行っている。
前述のように、被告は英国生まれの英国籍の人物で移民ではなく、報道によれば今のところ、イスラム教とのつながりも明らかになっていないという。
ストーマ―首相は、8月1日の声明で、暴動が「明らかに極右のヘイトによって扇動された」と述べている。「反移民」「反イスラム」の動きに、刺殺傷事件が利用された、との見立てだ。
情報汚染は、「扇動」によって深刻な事態を招く。2021年1月の米連邦議会乱入事件でも、それを目にした。それが、英国全土に広がっている。
(※2024年8月6日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)