マスク氏対MAGA強硬派、看板の「移民」政策巡り亀裂、トランプ氏裁定の波紋とは?
マスク氏対MAGA強硬派、看板の「移民」政策巡り亀裂が表面化した――。
ドナルド・トランプ次期政権の中核政策である「移民」問題を巡って、トランプ氏最側近のイーロン・マスク氏らハイテク業界グループとトランプ氏の岩盤支持層「MAGA(米国を再び偉大に)」強硬派の対立に注目が集まった。
焦点となったのは、外国人専門職向け一時就労ビザの扱いだ。
自らも南アフリカ出身の移民であり、「米国の競争力」のためビザ推進を掲げるマスク氏と、「移民に雇用を奪われる」との懸念から「米国人ファースト」を掲げてきた白人労働者層を中心とする支持者らの亀裂が露呈した。
トランプ次期大統領の裁定は?
12月28日付のニューヨーク・ポストのインタビューで、トランプ氏は「この(ビザ)プログラムは素晴らしい」と、今回もマスク氏側に軍配を上げた。
政府閉鎖がかかった超党派のつなぎ予算案もひっくり返し、民主党が「マスク大統領」と揶揄するマスク氏の次期政権における影響力は、「移民」を巡る看板政策でも示された。
●「戦争を仕掛ける用意」
マスク氏は12月27日夜、Xでそんな火の手を上げた。
焦点となっていたのは、米国の外国人専門職向けの一時就労ビザ「H-1B」の扱いだ。「永住権カード(グリーンカード)」取得の前段階に位置づけられる。
後述のように、トランプの岩盤支持層、MAGAの強硬派が、この一時就労ビザを標的に、トランプ次期政権の一角を占めるマスク氏らハイテク業界グループに不快感を示していた。
マスク氏は一連のXへの投稿で、「(H-1B規制の声を上げる)卑劣な愚か者たちは共和党から根こそぎ排除されなければならない」とも主張した。
マスク氏は南アフリカ出身だ。そしてビザ問題は、米大統領選期間中にも、その経歴に影を落とした。
ワシントン・ポストは米大統領選最終盤の10月末、マスク氏が1990年代半ばに米国で最初の起業をした当時、留学生ビザで留学していたスタンフォード大学を中退しており、違法就労状態だった、と報じた。
これに対してマスク氏は、当時は留学生向けビザ「J-1」からH-1Bに移行していた、と釈明していた。H-1Bは、マスク氏の琴線に触れる問題でもあった。
●MAGA対DOGE
今回の騒動は、トランプ氏が12月22日、次期政権の科学技術政策局のAI政策上級顧問に、シリコンバレーの著名ベンチャーキャピタル「アンドリーセン・ホロウィッツ」のパートナーだったスリラム・クリシュナン氏を指名したことに始まる。
クリシュナン氏はインド出身の移民で、「グリーンカード」の国ごとの発行枠撤廃を主張していた。
この指名にMAGA強硬派に位置づけられる右派活動家のローラ・ルーマー氏が、「トランプ氏の米国ファーストのアジェンダに真っ向から対立する意見を共有するキャリア左翼が、トランプ政権に任命されている」とかみつく。
さらにその矛先は、マスク氏ら次期政権入りしたハイテク業界の一団に向けられた。
マスク氏はこう反論した。
マスク氏とともに次期政権で「政府効率化省(DOGE)」の共同トップを務めるビベック・ラマスワミ氏は、米国文化にまで言及する。
大統領選の共和党候補者指名争いにも名乗りを上げていたラマスワミ氏は、米国生まれのバイオテックの起業家だが、両親がインドからの移民だ。
話題は、移民政策の標的となってきたH-1Bビザの規制論へ広がる。
そこで、前述のマスク氏の「戦争」宣言となる。
元国連大使でやはり共和党大統領候補指名にも名乗りを上げたニッキー・ヘイリー氏は、「米国の労働者や米国文化には何の問題もない。(中略)私たちは外国人労働者ではなく、米国人に投資し、優先させるべきだ」と反論した。ヘイリー氏は、両親がインド移民だ。
次期政権の司法長官指名を辞退した前下院議員、マット・ゲイツ氏は「(ハイテク業界の面々に)移民政策を立案するように頼んだ覚えはない」とXで不快感を表明した。
保守派論客のアン・コールター氏も「米国人労働者は会社を辞めることができるが、H1Bの輸入労働者は退社できない。IT企業が欲しいのは『専門技能』労働者ではなくて、年季奉公者だ」と皮肉った。
さらに第1期トランプ政権発足当初に首席戦略官を務めた側近、スティーブン・バノン氏も、マスク氏の「戦争」投稿を受けて、「誰か児童保護サービスに通報して。このお子様の状況確認が必要だ」と揶揄した。
この応酬は、白人労働者層を中心にしたMAGAの岩盤支持層と、第2期トランプ政権の一角を占めるマスク氏、ラマスワミ氏ら「DOGE(政府効率化省)」のハイテク業界グループとの対立として捉えられた。
●H-1Bに依存するハイテク業界
ハイテク業界の外国人専門職、そして移民への依存の度合いは大きい。中でもインドの存在感は突出している。
グーグルCEOのスンダー・ピチャイ氏、マイクロソフトCEOのサティア・ナデラ氏、IBMのCEO、アービンド・クリシュナ氏、アドビCEOのシャンタヌ・ナラヤン氏。
巨大IT企業の経営者に、インド出身者が次々と並ぶ。
H-1Bの交付には、毎年、通常枠で6万5,000人、これに加えて米国での修士号以上の学位取得者への2万人、計8万5,000人の上限があり、その有効期限は最大で6年だ。
国別(2019年)でみると、申請者の圧倒的なトップは75%のインド、次いで12%の中国だ。
インド移民がMAGA強硬派の標的になる理由が、ここにある。
スタティスタの2020年の調査では、H-1Bの申請者の70%がコンピューター関連の専門職だ。
大手IT企業別のH-1Bの申請者数(2019年)をみると、トップがグーグルが1万577人、次いでアマゾンの9,416人、IBMの7,237人、マイクロソフトの6,041人と続く。
「合法的な移民を通じて上位約0.1%のエンジニアリングの才能を呼び込むことが、米国が勝ち続けるために不可欠だ」とマスク氏は主張する。
そこがMAGA強硬派との亀裂につながる。
MAGAの岩盤支持層は、「反移民」「米国人労働者ファースト」を旗印にしてきた。
だがマスク氏らDOGE派は、外国人専門職・移民に支えられたハイテク業界の「米国の競争力ファースト」の立場で、テクノロジーによる効率化と反規制を旗印にするテクノリバタリアンだ。
トランプ氏当選を実現させた支持基盤の同床異夢は、看板の移民政策で亀裂が表面化した。
●トランプ氏「私はH-1Bの信奉者」
トランプ氏はもともとH-1Bには否定的だった。
1期目の政権の2020年6月には、新型コロナ関連の失業対策として、H-1B発行を年末まで停止する大統領令に署名している(※のちに連邦地裁が無効判断を示した)。
だが、2期目の政権では、その姿勢を改めるようだ。
ニューヨーク・ポストは12月28日付の記事で、トランプ氏のそんな発言を報じている。
トランプ氏はマスク氏らDOGE派に軍配を上げた。
●政府つなぎ予算、ティックトック
この騒動を通じて改めて示されたのが、トランプ次期政権におけるマスク氏の存在感だ。
トランプ氏は12月27日、動画サービス「ティックトック」の禁止法を巡り、2025年1月19日の発効を一時停止するよう求める意見書を米最高裁に提出した。
マスク氏も以前から、ティックトック禁止法への反対論を主張していた。
マスク氏は、超党派で合意した2025年3月までの政府のつなぎ予算案についても、「犯罪的だ」と反対を表明。トランプ氏もこれを追認したことで、当初案は大幅変更され、民主党からは「マスク大統領」との指摘も出た。
トランプ次期政権の看板である移民政策でも、マスク氏の存在感は揺るがない。
その存在感はますます大きくなる。
(※2024年12月30日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)