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北朝鮮を狙う経済開発勢力図

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
金正恩(キム・ジョンウン)委員長(提供:The Presidential Blue House/ロイター/アフロ)

 米中韓露各国はすでに米朝首脳会談の成功を見込んで、北朝鮮の経済開発への投資競争の準備に入っている。中国の投資領域が最も大きいが、中朝は激しい葛藤を抱えている。アメリカは北をカードに対中牽制ができるか?

◆金正恩が描く投資競争勢力図

 現状では、日本を除いた「米中露韓」各国は、米朝首脳会談がうまく行った場合の自国の勢力と存在感を最大化するために、すでに着々と準備作業に入っている。中露が北朝鮮側に付くだろうことを想定して、金正恩(キム・ジョンウン)委員長はアメリカに近づき、中露を刺激して投資競争を行なわせようとしている。韓国は放っておいても対北融和政策で自ら近づいてくることは分かっている。

 そこで、現状における勢力図と、とりわけ中朝が抱えている葛藤を見てみよう。

◆中国と約束した4大拠点

 5月7日~8日における第2回目の中朝首脳会談で、金正恩委員長は習近平国家主席に以下の4か所を拠点とする経済協力を要請したことがわかった。

   1.平壌(ピョンヤン)のインフラ建設

   2.西海岸の南浦港(ナムポハン)(ピョンヤンよりやや南)

   3.中朝国境地帯の新義州(シンウィジュ)と黄金坪(ファングムピョン)・威化島(ウィファド)

   4.東海岸の清津(チョンジン)港(北端に近い港)

 「3」の新義州開発区は今年5月2日のコラム<「中国排除」を主張したのは金正恩?――北の「三面相」外交>や5月7日のコラム<中国、対日微笑外交の裏――中国は早くから北の「中国外し」を知っていた>に書いたように、中朝の利害が衝突してきた経済開発区で、何度も失敗している。

 そこに再挑戦するのは冒険だが、今度は中国としてもアメリカに負けられないという思いがあるし、北朝鮮としては最初からアメリカと競争させて、何としても非核化による損失の埋め合わせをしなければ国家存亡に関わるので、真剣度がこれまでと違うだろう。

 注目すべきは咸鏡南道(ハムギョンナムド)の端川(ダンチョン)市を中心とした豊富な地下資源埋蔵地域の開発投資を、どうやら中国と検討しているらしいということだ。

 北朝鮮の経済開発の主たる価値はレアメタルやレアアースなどの地下資源にあり、その埋蔵量は広大な中国大陸を遥かに上回るとされている。世界のレアメタルやレアアースの約90%を中国が独占していたが、種類によってはその10倍以上の埋蔵量があの狭い北朝鮮の地下に眠っていると予測されていることから、各国の目の色が変わる一因ともなっている。

 もっとも、対北経済制裁をする遥か前から、実は北朝鮮の地下資源に関する争奪戦は始まっており、数百社に近い世界の企業が既に手を付けている。その最たる国は、なんと、イギリスだ。1840年代のアヘン戦争時代における列強のアジア進出の発端を切ったのがイギリスであったことを、ふと想起させる。国連安保理による制裁により関係各国は手を引いているが、北の非核化プロセスが明確になれば、真っ先に進出するのは、今度はアメリカかもしれない。

◆中朝関係を決定的に険悪化させた羅先(ラソン)開発区

 中国が上記4大拠点に、これまで投資してきた羅先(ラソン)開発区を入れてないということは非常に重要だ。

羅先というのは、ロシアに隣接する「羅津(ラジン)+先鋒(ソンボン)」地域を指し、最初の一文字ずつを取ってくっつけた経済開発区を意味する。

 1990年7月に吉林省長春市で開かれた国際会議で提案され、91年10月に第二の香港あるいはシンガポールを建設する方針が決定された。

トウ小平は中国の改革開放が進むにつれて、北朝鮮にも「改革開放をしろ」と迫り続けてきたが、それを受けて91年10月5日、金日成(キム・イルソン)主席は訪中しトウ小平と会って具体的に着手し始めたのが、この羅先開発区(当初は羅津・先鋒自由経済貿易地帯)である。 

 2010年12月、中国による羅津港の利用が開始された。

 問題は2012年8月に中国企業の共同事業体が、羅津港の第1埠頭から第3埠頭までを開発して50年間租借し、さらに第4~第6埠頭までの3基をも建設するという、羅先経済貿易地帯の事実上の接収を北朝鮮と合意したことだ。おまけに、そのときの北朝鮮側の担当者が当時の朝鮮労働党行政部長の張成沢(チャン・ソンテク)(金正恩の叔父)だったことが大きい。

 2013年12月12日、張成沢は処刑されるが、その罪状の中の一つに「50年間の期限で、外国に羅先経済貿易区の土地を売った売国罪」というのがある。中国のネットではこの罪に関して北朝鮮の軍事法廷が「千古の逆賊」と断罪したことに注目して、「この“外国”って、中国だよね!」「なんと、中国は遂に売国行為の“買い方”に昇格したぞ!」などという書き込みが氾濫した。

 羅津港はロシアにも50年間の使用権を提供したと言われているが、ロシアが恨まれずに中国が恨まれたのは、2015年2月25日のコラム<周永康、北朝鮮に国家機密漏えいか?――張成沢処刑は周永康が原因>にも書いたように、周永康が関係していると思われる。

 2012年8月17日、張成沢は人民大会堂で当時の国家主席・胡錦濤と二人だけで密談した(通訳一人)。張成沢はこのとき胡錦濤に「金正日の跡継ぎは、金正恩ではなく、金正男(キム・ジョンナム)にさせるべきだ」と話している。胡錦濤は黙ったまま何も答えなかったが、周永康はこの密談の内容を全て盗聴録音して、金正恩に密告。自分が捕まりそうなので、いざという時には北朝鮮に逃げようかと思っていたらしい。

 張成沢への「千古の逆賊」としての恨みは、ここにもあったようだ。

 このような経緯から、羅先が今回の4大拠点からは外されたものと思うが、これは「中朝友好」の危なさと虚構を象徴していると言っていいだろう。

◆ロシアは

 その羅先はロシアに隣接しているので、今後、おそらくロシアが投資して経済協力していくことになるだろう。 6月5日のコラム<北が米朝蜜月を狙う理由――投資競争はすでに始まっている>に書いたように、ロシアのラブロフ外相は5月31日に訪朝し、金正恩委員長と会談してプーチン大統領の親書を手渡した。

 4月29日にプーチン大統領は文在寅大統領と電話会談して、「ロシアの鉄道や天然ガス、電力などが朝鮮半島を経てシベリアに連結すれば、朝鮮半島の安定と繁栄に貢献するだろう」として、露朝韓3か国のインフラや経済協力の重要性を強調している。

 9月11日にロシアのウラジオストクで開催される国際会議「東方経済フォーラム」に金正恩委員長を賓客として招きたいとプーチン大統領は言っている。6月9日から山東省の青島(チンダオ)で始まる上海協力機構首脳会議に参加するため、その前に北京を訪問したプーチン大統領は、「東方経済フォーラム」では露朝首脳会談を行うだけでなく、習近平国家主席とともに中露朝3ヵ国会談を行いたいと言った。

◆韓国は

 韓国に関してはもう、言うまでもないだろう。

 今年4月27日に開催された南北首脳会談で既に東海(トンヘ)線および京義(キョンウィ)線鉄道と道路を連結することに合意している。京義線はソウルと新義州を結ぶ鉄道路線で、北朝鮮の西側国境沿いを走っている。東海線は釜山(プサン)から北朝鮮の安辺(アンビョン)を連結する東海岸沿いの路線だ。京義線は線路が老朽化しており、東海線は途中で途切れているため南北連結が難しい。これを南北連結させて民族経済を発展させていくとのこと。板門店宣言にも、そのことが謳われている。

 もちろん、開城(ケソン)工業団地を復活させることは喫緊の課題だろう。

◆アメリカは

 さて、アメリカだが、<北が米朝蜜月を狙う理由――投資競争はすでに始まっている>に書いたように、金正恩委員長は既にトランプ大統領に、北朝鮮が完全かつ迅速な非核化に乗り出す代わりに、まずはアメリカ独自の金融制裁の解除を求め、金正恩肝いりの元山(ウォンサン)観光地のカジノ事業などへの投資を要請した。トランプ大統領がカジノ好きであることを研究し尽くしているのだろう。

 元山は金正恩の祖父であり北朝鮮の創設者である金日成(キム・イルソン)が、建国のために旧ソ連から落下傘部隊として上陸した港である。それもあるのか、元山への思い入れはひとしおで、金正恩経済の目玉としている。

 一方、トランプ大統領は「アメリカはお金をあまり出さない」と言っており、これでは米朝が親密になっても対中牽制にはならないだろうと考えてしまうかもしれない。しかしトランプ大統領が言った「アメリカ」は「アメリカ政府」のことで、民間企業にまで「出させない」とは言っていない。

 もっとも、これも北の非核化プロセスが明確になってからの話となろうが、中露は既に警戒態勢に入っている。

◆習近平国家主席、プーチン大統領に「友誼勲章」

 6月8日午後、習近平国家主席は人民大会堂の「金色の大ホール」で、プーチン大統領に中華人民共和国の初めての「友誼勲章」を授与した。あまりに華麗であまりに厳かに執り行われたその式典に関して、元中国政府高官は筆者に「アメリカが、そうさせたのさ」と苦笑いをした。「追い込んだのだ」と解釈してもいいだろう。

 6月10日午後、金正恩委員長はシンガポール飛行場に降り立ったが、搭乗していた飛行機は中国国際航空のボーイング747型機。中国はこういったところにチャイナ・マネーを注ぎ込んで金正恩委員長を中国側に向かせようと必死だ。

 裏を返せば、トランプ大統領が北朝鮮をカードとして使い対中牽制をしていることが効を奏している何よりの証拠と言えるのかもしれない。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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