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北が米朝蜜月を狙う理由――投資競争はすでに始まっている

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
南北首脳会談 「板門店宣言」に署名したときの金正恩委員長(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 北朝鮮が米朝首脳会談後、米朝蜜月を狙う理由は二つ。一つは防衛面での安全性で、もう一つは米中露韓の対北投資競争を誘うことだ。事実、金英哲は訪米で既に元山カジノ観光地への米投資をトランプに要請したという。

◆金正恩、元山(ウォンサン)カジノに米投資を要請

 金正恩委員長の特使として訪米しトランプと会談した金英哲(キム・ヨンチョル)副委員長が、会談の際、トランプ大統領に「北朝鮮が完全かつ迅速な非核化に乗り出す代わりに、まずはアメリカ独自の金融制裁の解除を求め、金正恩が目玉としている元山(ウォンサン)観光地のカジノ事業などへの投資を要請した」という。

 6月5日早朝に、関西大学の李英和(リ・ヨンファ)教授から連絡があった。詳細を論議している間に、韓国の東亜日報が<金正恩氏「元山カジノに米が投資を」>という日本語版を公開したことを知らせて頂いたので、先ずはその情報を精査してみることとする。

 それによれば、金英哲副委員長は「トランプ政権が望む完全かつ迅速な非核化に乗り出せる」という金正恩委員長のメッセージを具体的に伝え、「非核化措置にともなう補償として段階的制裁緩和の可能性も打診した」という。

 段階的制裁緩和の可能性に関しては、6月4日のコラム「トランプ氏は北に譲歩したのか?」で考察したので、本日のこのコラムでは「米資本の対北投資」打診が周辺諸国に与える影響に関して焦点を当ててみたい。

 李教授によれば北朝鮮の内陸部では米ドルが通貨となっているに近い現状があるとのこと。だとすれば、米主導の金融制裁でドル貨幣へのアクセスが遮断され、ドル決済ができないのは厳しいことだろう。中国やロシアとの国境沿いでは人民元やルーブルが使われているが、そこにこそ逆に新たな投資合戦が展開される空間が存在する。

◆中国は既に経済支援準備

 中国は今年3月に開催された全人代(全国人民代表大会)における国務院機構改革方案の中で、「国家国際発展合作署」という部署を新たに設けることを決議している。その事務所の看板なども4月18日に披露された。

 中国は昨年11月17日のコラム<北朝鮮問題、中国の秘策はうまくいくのか――特使派遣の裏側>に書いたように、中共中央対外聯絡部(中聯部)の宋濤(そう・とう)部長が11月17日~20日、北朝鮮を訪問した。このときは金正恩委員長には会えなかった(と発表されている)ようだが、今年4月12日のコラム<北朝鮮、中朝共同戦線で戦う――「紅い団結」が必要なのは誰か?>に書いたように、金正恩委員長の電撃訪中の際の北京行きの列車の中には宋濤部長の姿があった。

 ということは、昨年11月の宋濤訪朝以来、中朝間では水面下でかなり緊密な連絡があったことを示している。

 したがって3月の全人代で決議された「国家国際発展合作署」という新部署は、この時点ですでに国連の経済制裁を潜り抜けた対北支援が計画されていたことになる。この「国家国際発展合作署」は、具体的には「発展途上国」に対するODA支援のための機構で、中国式の改革開放を海外において推し進めることが目的だ。

 国連安保理による経済制裁は、安保理の常任理事国として、中国は遵守しなければならないが、「人道的な支援」は、そこから除外される。つまり、北朝鮮が完全な核放棄に至らなくても、「核放棄する作業段階に入った」という確信さえ得ることができれば、中国は直ちに北朝鮮を支援する構えなのである。

 事実、アメリカのRadio Free Asia(RFA)は6月3日、北朝鮮の咸鏡北道(ハムギョンブクト)貿易局の幹部が「やっぱり頼れるのは中国しかない」と言ったと報道している。

 米朝首脳会談後、北が「1000年の宿敵」であったはずの中国を牽制するために(2000年から成る朝貢外交があったので、これ以上中国のコントロール下に置かれたくないために)、米朝蜜月を演じた場合、中国はチャイナ・マネーで北を惹きつけ、アメリカに対抗するつもりだ。

 その準備をいま既に、着々と進めているのである。

◆ロシアも経済支援を準備

 クリミア問題などでアメリカから経済制裁を受けたり、シリア問題でアメリカと対立するロシアは、米朝蜜月をさせまいと、北朝鮮に積極的に接近している。ロシアのラブロフ外相は5月31日に訪朝し、金正恩委員長と会談してプーチン大統領の親書を手渡したばかりだ。

 4月29日にプーチン大統領は文在寅大統領と電話会談して、「ロシアの鉄道や天然ガス、電力などが朝鮮半島を経てシベリアに連結すれば、朝鮮半島の安定と繁栄に貢献するだろう」として、露朝韓3か国のインフラや経済協力の重要性を強調している。

 ラブロフ外相に託した親書には、経済協力だけでなく、9月11日にロシアのウラジオストクで開催される国際会議「東方経済フォーラム」に金正恩委員長を賓客として招きたいという趣旨のことが書いてあるそうだ。

 6月9日からは中国山東省の青島(チンダオ)で上海協力機構首脳会議が開催され、習近平国家主席が主宰し、プーチン大統領も出席する。ここにひょっとしたら金正恩委員長を招いて中朝露3ヵ国の首脳会談が行われるのではないかという噂も一時流れたが、プーチンとの対面は、どうやら9月11日に持ち越されたようだ。

 プーチン大統領としては他国の地で初対面というよりは、極東とはいえども、やはり自国ロシアの地で金正恩委員長を迎え、ロシアの存在感を示したいものと推測される。

◆韓国は言うまでもない

 韓国の北との経済協力準備作業に関しては、ここで言うまでもないだろう。文在寅大統領は、アメリカの顔色を窺いながら、一刻も早く北との経済協力に着手したくて、うずうずしている様子が外からも見て取れる。6月1日に行われた南北閣僚級会談では開城(ケソン)工業団地再開に向けた南北共同連絡事務所の設置が決まったようだし、「朝鮮民族」による南北協力に関しては周知の事実である。

◆北朝鮮の狙い

 以上から明らかなように、北朝鮮が対米蜜月を演じれば、中露両国は対米牽制として北朝鮮に秋波を送るだけで、攻撃をすることはあり得ない。つまり金正恩委員長はトランプ大統領と仲良くすることによって、アメリカに対してライバル心を持つ他の周辺諸国からの対北投資を、黙っていても誘い込むことができるわけだ。

 自国の防衛問題あるいは体制保証に関しても、トランプ大統領とより緊密であればあるほど安全であることは言を俟(ま)たない。

 したがって、米朝首脳会談のあと、金正恩委員長は、必ず対米蜜月を演じるであろうことが予測できるのである。

◆日本は?

 残るは日本だ。この問題はあまりに多くを語らなければ正確な考察ができないので、機会があれば別途論ずることにしたい。少なくとも日本は今、このような国際環境の中にあることだけは、注視していなければならないだろう。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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