不倫防止の切り札に?話題の婚前契約書(プリナップ)の効果を弁護士が解説
ハリウッドなどで活躍するセレブカップルは、結婚生活における些細な取り決めから、離婚の際の財産分与に至るまで、プリナップ(婚前契約書)で取り決めていることが多いと言われています。タイガー・ウッズのプリナップも話題になりました。
一方で、2019年1月に離婚したアマゾン創業者のジェフ・ベゾス氏は婚前契約を交わしておらず、離婚した際の慰謝料が約4兆円に上ったとも報じられました。
https://news.yahoo.co.jp/articles/cb0ffab9e3eabf8dd006db11aafaf3ca8e965763
ただ、プリナップの本来の目的は、離婚時の金銭トラブルを避けることだけではなく、結婚前に婚姻生活のルールについて契約を交わして書面にしておくことで日常のトラブルを防止し、円満な関係を維持することにあります。
そして海外セレブのみならず、最近は日本でも若いカップルを中心に、プリナップの作成を弁護士にご依頼されるケースが増えてきています。
1 プリナップ(婚前契約書)とは?
プリナップ(婚前契約書)は「契約書」とついているとおり、法的拘束力のある書類となります。つまり、契約に違反した場合は、裁判で損害賠償を請求したり、履行強制することが可能になります。
ただし、法的拘束力があるのは、お金や財産に関するものに限定されます。
日本では民法で「夫婦財産契約」が定められていますが、夫婦財産契約はいわばプリナップの一部とも言えます。
夫婦財産契約が含まれているプリナップは、法務局に登記することができます。
項目の設定は自由です。
財産や金銭に関することなどの他に、日常生活の家事の分担、連絡のルール、休日の過ごし方、禁止事項などを二人で話し合い、「夫婦生活をより良くするためのアイデア」をなんでも入れることが可能なのです。
たとえば、結婚生活する上でのルール、お金の問題や不倫や浮気に関する約束事などを盛り込みます。
この他にも、気になることや相手に対し望んでいることを何でも良いので記載しておくことができます。
そして違反した場合のペナルティについても記載しておきます。
DVや浮気、借金問題など、離婚原因のメインとなる項目と合わせ、結婚生活における様々なすれ違いを防止するために価値観を共有しておくことは、正に転ばぬ先の杖と言えると思います。
2 プリナップを交わしたご夫婦
先日、当事務所にご相談に来られたカップル(A子さん、B男さんと記載します)も、結婚を控えて新生活に不安を感じており、弁護士を証人として正式にプリナップを作成したいとのご意向でした。
交際3年でとても仲のいいカップルなのですが、A子さんはB男さんを愛しているだけに、失敗は絶対したくないという思いが強いようでした。
A子さんのご両親はA子さんが小学生の時に離婚しており、そのことが結婚に対する不安をかきたてていたようです。
そんなA子さんの気持ちを知ったB男さんが、プリナップの存在をネットで知り、A子さんが不安を感じることなく末永く一緒に暮らせるように、作成することを提案したのです。
プリナップの内容は、大枠をお二人で決めていただくようにお願いしたところ、2週間程度でA子さんから詳細な内容がメールで送られてきました。
プリナップの内容としては概ね下記の通りでした。
聞くところによると、2人で楽しみながら項目を挙げていったということです。
その後、当事務所に訪れたA子さんとB男さんは、プリナップを作成するにあたり、結婚生活に対する2人の考え方について話し合ったことでよりお互いの理解が深まり、プリナップを作成することにして本当に良かったと仰っていただきました。
一方で、プリナップの作成に失敗したカップルもいます。
Ⅽ男さんからⅮ子さんにプリナップを作ろうと持ち掛けたところ、「私を愛していないの?」「まさか、私のことを財産目当てだと思ってるの?」などと非難され、一時険悪な雰囲気になったといいます。あわててプリナップを作ることを撤回したⅭ男さんですが、けっしてⅮ子さんのことを財産目当てだと思っていたわけではなく、友人で離婚したカップルが財産分与で苦労したと言う話を聞き、泥沼離婚にならないためにもプリナップを作成しようと思ったそうなのですが、「プリナップは持ちかけ方が本当に難しいですね」と仰っておられました。
3 不倫・浮気の防止に婚前契約書(プリナップ)は効果があるのか?
では、離婚原因としても上位となる不倫や浮気の防止に対し、プリナップは効果があるのでしょうか?
このように後を絶たない不倫や浮気による離婚問題ですが、もしプリナップを交わしていたとしたらどうだったでしょうか?
プリナップは、1で述べたとおり、法的拘束力のある書類です。
とは言え、例えば「浮気をしたら3,000万円支払う」とプリナップに盛り込んでいたとしても、実際に浮気をされて相手が裁判で争った場合には、公序良俗に反するとか、諸般の事情を勘案したとか言われ、満額を勝ち取れるとは限らないのが日本の裁判の実情です。
それなら不倫の防止にはあまり効果的ではないのでは?と思われる方もいらっしゃるでしょう。
確かにプリナップには、金銭や財産に関するもの以外は法的拘束力はありませんし、金額が裁判で限定される可能性があります。
ですが、プリナップには、記載した事項に違反することに対する大きな心理的ハードルを設ける効果があります。
誰しも永遠の愛を誓った相手に対して、結婚前に約束した事項は守りたいと思うものですし、破るときはそれなりの勇気が要ります。
抑止力と言う意味では、かなりの効果があると言っていいでしょう。
書面を交わすことによる心理的抑止力については、当事務所にご相談があったご夫婦のケースをご紹介しましょう。
E子さんとF男さんのご夫婦は結婚10年目。
ところが昨年、F男さんの職場不倫が発覚したそうです。
E子さんは、不倫相手に慰謝料請求をし、100万円の慰謝料の支払いを受けるのと同時に、示談書に二度とプライベートで夫に会わないという接触禁止条項を盛り込みました。
夫に対しても、二度と不倫をしないこと、約束を破った場合の違約金を1回につき100万円と取り決め、文書に残しておくようにしました。
この違約金条項が効いたのか、それ以降、夫が不倫をしている様子は一切なくなったということです。
婚前契約ではありませんが、結婚中の夫婦間の合意契約も不倫防止につながる一定の抑止力があると言えるでしょう(※ただし、民法754条により夫婦間契約は、原則としていつでも取り消すことができるとされています)。
そもそも不倫の開始のきっかけは、よくよく話を聞いてみると「ちょっとした気の迷い」や「出来心」「魔が差した」などの言葉で表されるような小さなことが本当に多いのです。
「たまたま誘われて何の気なしに食事に行ったところ、趣味が同じだったことがわかり意気投合した」とか、「飲み仲間としてよく会っているうちに、なんとなく深い関係に陥ってしまった」とか。
不倫をした側からもよく法律相談を受けますが、不倫のきっかけは一目ぼれだったというケースはほとんどなく、最初は何とも思わなかったのだが何度か顔を合わせているうちに好意を抱くようになった、というケースが最も多いです。
だとすれば、夫婦間でのルール作りをしておくに越したことはありません。
4 幸せな結婚生活を送るために
結婚生活は「あたりまえ」になるとダメになります。
いつでも新鮮に感謝の気持ちを思い出せるようにしておくことが大切です。
とは言え、忙しい日常の中では結婚当初の気持ちはつい忘れがちになってしまうもの。
そんなときにもプリナップがあれば、結婚前にお互い誓い合ったルールをいつでも確認できますし、「相手が自分と一緒にいてくれることの奇跡」を思い出し、お互い感謝することができるようになるはずです。
プリナップは、浮気や不倫に対する心理的抑止力に繋がるだけでなくいつまでも幸せな結婚生活を送るための手助けとなるでしょう。
また、プリナップ(婚前契約書)という形式にこだわらずに、「二人のルール」を決めて明文化するだけでも一定の効果があると思います。
これはプリナップを作っていない既婚者の方に特にお勧めの方法です。
人気ドラマ「リコカツ」の最終回で、二人が悩み苦しんだ末に導き出した「緒原紘一と水口咲のルール」をマンションの壁に貼りだしたのが印象的でしたが、正にあの発想です。
ルールを決めることは、夫婦が一緒に生活する上で、様々なトラブルを回避し末永く仲良く幸せに過ごすための知恵なのです。
ぜひ、何かが起きてしまう前に一度、プリナップの作成や二人のルール作りを検討してみることをお勧めします。
(参考) プリナップ(婚前契約書)のひな型
最後にイメージをご理解いただくために、婚前契約書(プリナップ)のひな型を掲載しておきます。是非、ご参考になさってください。
【婚前契約書】
夫○○○○(以下「甲」)と妻△△△△(以下「乙」)は、令和○年○月○日に婚姻届を提出する予定である両者の婚姻について以下の通り契約を締結する。
【夫婦としての在り方】
第1条 甲と乙は互いにどんな時も思いやりを大切にし、それぞれの生活が充実するようお互い支え合うこととする。
【家事について】
第2条 甲と乙は家事をそれぞれの役割に分担して行うものとする。
第3条 甲と乙の具体的な家事の分担は以下とする。
・食事は休日は甲が、平日は乙が作り、片付け、食器洗いは休日は乙が、平日は甲が行う
・ゴミ出し、水回りの掃除は甲が、洗濯、室内清掃は乙が行う
第4条 上記の分担はあくまで目安であるため、いずれかが都合がつかない時、また、いずれかに時間に余裕がある時には互いに支え合って行う。
【仕事について】
第5条 甲乙はそれぞれお互いの仕事を尊重し、各々の立場に立ち、思いやりを持ってサポートし合うものとする。
第6条 甲と乙は仕事での帰宅が遅れる場合にはその旨を連絡することとする。
第7条 甲と乙は年次有給休暇については事前に話し合い、極力一緒に取得するものとする。
第8条 甲と乙は職場を退職する際や独立起業する際は、事前に相談し協議をするものとする。
【子供、育児について】
第9条 甲と乙は結婚後1年後以降を目途に、子作りするものとする。
第10条 育児は分担し共同で行うものとし、乙のみならず甲も必要に応じて育児休暇を取得するものとする。
第11条 育児は子供の意思を最大限尊重し、才能を伸ばす方針で行う。
【家計について】
第12条 甲と乙の婚姻する以前から保有している財産については、共有せずにそれぞれに帰属するものとする。
第13条 甲と乙は、お互いに収入の金額を把握できるようお互いに伝えあい、増減した際にも申告することとする。
第14条 甲と乙はそれぞれの収入の内、50%ずつを2人の家計費の口座に振込むこととし、その合計を生活費として、家賃、公共料金、食費、貯蓄に充当する。
第15条 各自の衣類、趣味、交友に費やす費用はそれぞれで負担するものとする。
第16条 環境の変化等により第14条の割合が不都合となった場合には、別途協議の上変更する。
【趣味での支出について】
第17条 甲の趣味であるゲームについては、ゲーム購入費や課金での金額合計で月の出費の上限は2万円とし、この金額は甲の管理する財産から行う。尚、甲乙の協議により合意が得られた場合はこの限りでない。
第18条 乙の趣味であるアーティストの応援活動については、ライブチケット代、CD代、その他グッズ代を含めて月の出費の上限は2万円とし、この金額は乙の管理する財産から行う。尚、甲乙の協議により合意が得られた場合はこの限りでない。
第19条 以上の他でも、2万円以上の出費については事前に甲乙協議の上支出するものとする。
【親族・知人との親交について】
第20条 甲と乙はお互いの両親などの親族・知人・友人に対し、心を開き友好的に接することで良い関係を築くよう継続的に努力する。
第21条 甲と乙は1年に最低1回程度は、一緒に互いの両親の家を訪れるものとし、訪問回数の偏りが出ないよう配慮する。
【禁止行為について】
第22条 暴力行為は決して行わないこととする。
第23条 異性と二人きりでは会わないこととする。
第24条 重大な嘘や隠し事はしないこととする。
第25条 競馬、競輪、競艇、パチンコ、スロットなどのギャンブルは行わないこととする。
第26条 株式投資、FX投資、不動産投資などは行わないこととする。
第27条 カードローン、個人ローンなどの借金はしないこととする。
第28条 第22条~27条の禁止行為に違反した場合は、離婚の協議を行うものとする。
第29条 離婚時の慰謝料は離婚の原因を作出した者が支払うこととする。
【その他について】
第30条 甲と乙は互いの誕生日と結婚記念日を一緒に祝うものとする。
第31条 本契約書の内容を変更する必要性が生じた場合には、協議の上双方の合意をもって行うこととする。
令和〇年〇月〇日
夫 〇〇〇〇 印
妻 △△△△ 印