プレーした本人たちが語る第100回早明戦の劇的クライマックス。【ラグビー旬な一問一答】
第100回目となるラグビーの早明戦が、2024年12月1日、東京・国立競技場であった。
試合では互いにロングキック、ハイパントの応酬で好機を探り、必死の守りで自陣ゴール前でのピンチをしのぎあった。
接戦の末、後半34分までに早大が27―17と10点リード。安全水域に入る準備を整えた。
しかし、直後のラリーの後に、対する明大の伊藤龍之介がビッグゲイン。反撃の狼煙を上げる。38分。途中出場していた藤井達哉のトライでスコアは27―24と詰まる。
場内では「ロスタイムは4分」とアナウンスされる。約4万人が集うスタジアムでは大量の「メイジ」コールが響く。
42分。早大は敵陣10メートル線付近右で自軍スクラムを獲得。ボールキープから逃げ切りを図りたいところだったろうが、そのスクラムで笛が鳴る。明大にペナルティーキックが与えられる。
早大は、自陣22メートルエリアまで下げられる。相手ボールのラインアウトからプレーが再開された。
早大は絶体絶命のピンチ。その時、先頭に立つ佐藤健次主将は…。
「最後3点差で、スクラムでペナルティーを取られて、モールになって…。モールになった瞬間、僕はバックラインに入っていて、田中(勇成=フランカー)、(センターの野中)健吾とかと『最後、ディフェンスだな』とコミュニケーションを。あまり、慌てることはなく…」
早大はモールを押し込まれながらも、塊が崩れるやミサイルのタックルを連発。明大もとフェーズを重ねるが、最後は早大が逃げ切った。佐藤は続ける。
「…田中も、健吾も『ディフェンス、行こうぜ』と。そのマインドセットで、勝てたなと「1トライで逆転される状況を本当に楽しめた。今年、力を入れているディフェンスで締めくくれたのは、これから(大学)選手権というノックアウト形式のなかですごく大事になってくる」
最後のシーン。明大は、早大側から見て右へ展開している。そこに数的優位があったからだ。
端側で伊藤の「飛ばしパス」を受けたのは海老澤琥珀。今夏、今秋と、日本代表の練習生となった2年生ウイングだ。
その海老澤へ、スタンドオフの服部亮太、田中健想が順に刺さった。海老澤はたまらずタッチラインを割った。
「最後は、多分、皆が信用して僕に(ボールを)集めてくれたと思うんですけど、そこを決めきれなかった。チームに申し訳ない気持ちでいっぱいです。たらればですけど、落ち着いて、早まらずに、ラインもためてひとつずつやれば(手前にいた選手も交えてパスを繋げば)さらによかったとは思います」
ノーサイドの瞬間、仲間たちに囲まれながら悔しそうな表情だった。
「チームには誰も責める人がいなくて、さらに申し訳なくなりました。あそこを獲り切るのが僕の仕事だと思うので、次は必ず絶対獲り切れるようなプレイヤーになります」
この時、明大主将の木戸大士郎はすでにベンチに退いていた。
後半15分頃に自陣ゴール前でタックルを放った瞬間、ややふらついた。その約8分後には交代を告げられていた。
「必死だったのであまり覚えていないですけど、ちゃんとした(踏み込んで相手を掴んで倒す)スキルが使えていなかった僕に落ち度があったと思います。正しいスキルを使えば怪我もなく最後まで戦えたんですけど、80分間、戦い続けられなかったのはすごく悔しいです」
その後の仲間の追い上げを、どう見たか。
「まず、グラウンドに自分が立てていない悔しさがあった。キャプテンとしてそこに立っておきたかった。でも、(味方が)アグレッシブに明治のラグビーを体現してくれた。前へ出て、前へ出て、と。それをこれからも繋げていきたいです」
記念すべき一戦で早大の船頭役を務めた佐藤は、身長177センチ、体重107キロの21歳。ポジションはスクラム最前列のフッカーも、タックル、突進、パスと万事で存在感を示した。
自らの2トライなどで17―17と同点で迎えた後半19分頃には、中盤左で防御の裏側へ左足のキックを放った。同22メートルエリアへ弾道を飛ばし、それを味方が再獲得。しばらく攻めを継続する。
21分、フルバックの矢崎由高がフィニッシュした。ゴール成功で24―17。
佐藤は振り返る。
「(佐藤の左側にいた)由高から『裏、空いてるよ』というコールがあって、蹴りました。ただ単に蹴ったというよりは、コミュニケーションが取れていたうえで、蹴った。自分自身もびっくりするくらいうまくいったので、よかったのかなと。元サッカー部(中学時代)で、結構、(普段から)遊びで蹴っていることが多くて」
——しかも左足。
「僕、右利きなんですけど、両足で蹴られるんで!」
かようなスリリングな局面の連続を経て迎えたのが、件の最終局面だった。
早大は明大を27―24と僅差で下し、加盟する関東大学対戦Aを全勝優勝で終えた。