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日本初の水道事業民営化。運営会社の議決権株式はヴェオリア・ジェネッツ社が51%保有

橋本淳司水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表
(写真:アフロ)

自民党議員の懸念「外資は経営方針が変わる危険性がある」「宮城県だけが先行している」

7月5日、宮城県議会は、上下水道と工業用水の運営権を、20年間、民間企業に一括売却する議案を可決した。

このとき与党会派2人、野党会派1人が採決を棄権した。事業を受託する企業群に外資系企業の日本法人が入っていることが理由だ。「経済安全保障の観点から見過ごせない」「現状では判断できない」と説明した。

それは、どういうことなのか。経緯を振り返りながら、考えてみたい。

2018年12月6日、衆院本会議において改正水道法が成立。改正案にはコンセッション方式の導入(運営権を長期間、民間に売却)も盛り込まれた。

コンセッション方式は、行政が公共施設などの資産を保有したまま、民間企業に運営権を売却・委託する民営化手法の1つ。関西空港、大阪空港、仙台空港、浜松市の下水道事業などがこの方式で運営されている。その方式が水道事業にも持ち込まれ、実質的な民営化へ門戸を広げた。

法改正の2年前、2016年12月19日に開催された第3回未来投資会議は「公的資産の民間開放」というテーマで行われた。そこで水道事業へのコンセッション方式の導入が議論されている。

竹中平蔵議員(当時)は以下のように発言している。

「上下水道は、全国で数十兆円に上る老朽化した資産を抱えております。フランスやイギリスなどヨーロッパでは民間による上下水道運営が割と普通になっており、年間売り上げが数兆円に上るコンセッションや、しかも非常にダイナミックにIoTを取り入れて、第4次産業革命と一体になって水道事業をやっていくというのが出てきている」(同会議議事録より引用)

すなわちコンセッションとは、公共サービスを民間開放することで経済成長をうながす新自由主義政策である。

しかも、民間企業は国内、国外を問わない。

第3回未来投資会議から2か月後。

2017年2月9日、宮城県庁でコンセッション方式を検討する会合が開かれた。内閣府、厚生労働省、経済産業省、国土交通省、大手商社、金融機関などの担当者約90人が出席した。

ここでは「全国の先駆けとなる」「行政では見えぬノウハウ、付加価値が民間なら見えるものがある」など、コンセッション方式に前向きな声が上がった。

参加企業は「安定的収入が見込め、今後伸びる分野と考える。公共サービスを担うことは、企業の社会的価値を高めることにもつながる。チャレンジしたい」と発言した。

参加企業には、さらなる民営化を求める声もあった。「料金を官が決めるままならば効果を見出しにくい」と企業に料金設定を求める意見。「将来的には市町村が担う家庭への給水も民営化すべきだ。蛇口までの一体的な運営が最適」「県の関与を残さない完全民営化をすべき」という意見などである。

ただ、外資の参入に安全保障上の懸念を示す議員は与党内にも多かった。改正水道法成立直後、村井嘉浩知事を支える宮城県議会の自民党会派は勉強会を開き、「外資は経営方針が変わる危険性がある」「宮城県だけが先行している」「雇用は守られるのか」などと懸念を示した。

は市場全体が停滞、縮小する過程で、自国の利益を増やそうとすると、他国の利益を奪うことになる。資金力とノウハウに長じる巨大外資によって、国内企業の仕事が奪われる可能性などが議論された。

それでも知事は着々と政策を進めた。2019年12月、宮城県は独自のコンセッション方式である「みやぎ型管理運営方式」導入に向けた条例改正を行なう。上水道(用水供給)、下水道、工業用水の9事業をまとめ、20年間、民間に運営を任せることを決めた。

ヴェオリア・ジェネッツ社が議決権株式の51%を保有

その後、2020年に業者選定に入った。応募したのは以下の3グループ。

※メタウォーターを代表とするグループ(構成企業:ヴェオリア・ジェネッツ(株)、オリックス(株)、(株)日立製作所、(株)日水コン、メタウォーターサービス(株)、東急建設(株)、(株)復建技術コンサルタント、産電工業(株)、(株)橋本店 )

※JFEエンジニアリングを代表とするグループ(構成企業:東北電力(株)、三菱商事(株)、(株)明電舎、水ingAM(株)、(株)ウォーターエージェンシー、(株)NJS、(株)日本政策投資銀行)

※前田建設工業を代表とするグループ(構成企業:スエズウォーターサービス(株)、月島機械(株)、東芝インフラシステムズ(株)、(株)日本管財環境サービス、日本工営(株)、東日本電信電話(株)、東急(株)、月島テクノメンテサービス(株))

専門家が企業グループの提案書を審査し(企業名は非公開)、200点満点で点数化。

1位のメタウォーターのグループは170.41点。構成企業の出資で運転管理・維持会社(新OM会社)を設立し、地域から雇用創出を図る構想を打ち出した。これが「地域貢献」「危機管理」などの点数を押し上げたと見られた。

2位は前田建設工業のグループで156.33点。JFEエンジニアリングのグループは下水道事業で断続的に赤字時期があったことなどから失格となった。

こうして事業を受託したのは、メタウォーターのグループの特定目的会社。名称は「株式会社みずむすびマネジメントみやぎ」で、メタウォーター社が議決権株式の51%を保有する。

一方、実際の運営とメンテナンスを行うのは、特定目的会社が出資し新設した新OM会社「株式会社みずむすびサービスみやぎ」だ。コンセッションに懸念を示す議員であっても、地域の雇用創出を図る構想は好ましいと考えていた。

だが、今年6月、新OM会社の議決権株式の保有者が明らかになると宮城県議会は再び揺れた。この会社は、フランスの大企業ヴェオリア傘下のヴェオリア・ジェネッツ社が議決権株式の51%を保有していることがわかった。

ちなみにヴェオリア・ジェネッツの親会社のヴェオリア社は、今年5月、スエズ社を買収。売上高約370億ユーロの巨大企業が誕生している。(参考記事:「世界「3大水メジャー」がついに「一強」になった歩みと今後の展開や懸念(Yahoo!ニュース/橋本淳司)

この点について自民党議員に衝撃が走った。議会の一般質問のなかで自民党の渡辺拓議員はみやぎ型の導入に慎重姿勢を表明。ヴェオリア・ジェネッツの参加に不信感を表明した。

7月2日の同県議会建設企業委員会での賛否は、賛成4、反対4で割れ、県政史上初となる委員長裁決で決定した。

さらに7月5日採決の際、冒頭述べたように採決の際には自民党のベテラン議員2名が棄権している。

新自由主義政策を主導してきたのは米国である。1995年にWTO(世界貿易機関)を設立し、経済自由主義に基づく国際経済秩序づくりが進められた。その米国が態度を一変させている。

ジェイクサリバン米大統領補佐官は「何でも貿易の拡大に求めるような安易な発想を改めるべき。例えば、安全保障の担当者たちは、TPPを、その中身を精査することもなく支持するという過ちを犯した。自由貿易が互恵的であるという貿易理論の前提から疑うべき」と新自由主義、グローバリゼーションの終焉を思わせる発言をした。さらに、「安全保障にとっては、国家債務より過少投資の方がより大きな脅威。安全保障の担当者たちは、インフラ、技術開発、教育など、長期的な競争力を決定する分野への積極的な政府投資の必要性を認識すべき」としている。

情報として明らかにすべき点

この問題を整理するとき、新自由主義に反対する立場から、外国資本に国内の水道をまかせるより国内企業にまかせるべきだという意見と、そもそもコンセッションは複雑なので官民連携は別の方法でやるべきという意見がある。

この2つは分けて議論する必要がある。

ここではコンセッションについて考えてみたい。一般的に言われているコンセッションのメリット、デメリットは以下の通り。

著者作成
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コンセッションは、契約とモニタリングが重要だ。それは内資でも外資でも関係ない。パリ市の水道をヴェオリアにコンセッション契約でまかせたら料金が上がったというケースがあるが、パリ市にとってヴェオリアは内資である。

8月20日、宮城県は、業務の透明性を確保する「情報公開規定」を企業側が取りまとめる見通しを明らかにした。

しかしながら、みやぎ型における情報の透明度は高いとは言えない。懸念点を以下にまとめておきたい。

契約の変更理由や具体的内容……もともと県が作成した「実施契約書(案)」が、県と企業グループの「競争的対話」によって変更されている。対象は、「知的財産権対象技術の取り扱い」「契約不適合条項に係る免責規定」「突発的かつ一時的な対象時の対策費用負担」「第三者への委託に係る事務作業の簡素化」など。これについて宮城県は「問題ない」としているが、1つ1つの変更理由や具体的内容を説明する必要がある。

コスト削減の実行性と災害対策……コスト削減額は337億円と大きいが、村井知事は県議会で「契約書事項ではなく約束」と答弁している。一括購入や分析・管理の集中管理・制御、効率的な人員配置などを行うというが、反対にコスト削減がサービス低下につながらないか注意する必要がある。たとえば、水道事業で大きなコストは配管工事、配管の維持管理。この費用を先延ばしすると支出が抑えられる。気候変動の今後の趨勢からすると、危機管理はこれまで以上に重要。効率一辺倒でコスト削減を繰り返してきたが、人員含め多少の余裕が災害時に市民を守る。

新OM会社の情報開示……今後20年で水道事業におけるCPS/IoT活用が進む。「みやぎ型」の契約満了する2040年までに、さまざまなノウハウが新OM会社に蓄積されることは間違いない。OM会社は、変えのきかない独占的な企業になる可能性がある。県が契約を結ぶのは特定目的会社であり、その会社が設立する新OM会社と県のあいだには契約がない。再委託先に、どのようにモニタリングを行なうかも不明確だ。

コンセッション導入から数年は能力のある職員がいて、企業の業務が適正かを監督できるし、災害時には現場で対応することもできる。

だが、導入から一定の年月が経過すると水道事業に精通した職員は減る。一方でCPS/IoT活用は進む。管理監督する立場にある水道職員の知見が不足する。契約の終了する20年後には、水道事業を経験している職員の多数が退職している。運営企業が業務にまずい点があっても、発注元は即座に業務停止を命令することはできない。水道は生活必需品だからだ。

コンセッション契約を更新せざるを得ない状況になり、民間企業に有利な契約内容になる可能性もある。

次第に企業に丸投げになり、県は管理が難しくなる。ここがコンセッション最大のデメリットではないか。

水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表

水問題やその解決方法を調査し、情報発信を行う。また、学校、自治体、企業などと連携し、水をテーマにした探究的な学びを行う。社会課題の解決に貢献した書き手として「Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2019」受賞。現在、武蔵野大学客員教授、東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム研究主幹、NPO法人地域水道支援センター理事。著書に『水辺のワンダー〜世界を歩いて未来を考えた』(文研出版)、『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る〜水ジャーナリストの20年』(文研出版)などがある。

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