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八神純子 コロナ禍で“感じる心”に素直に向き合い、丁寧に紡いだ「今伝えたい歌」

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
写真提供/ソニー・ミュージックダイレクト

通算20枚目のオリジナルアルバムに込めた思い

デビュー43年を迎えた八神純子の、通算20枚目になるオリジナルアルバム『TERRA ~here we will stay』が、9月29日に発売された。「こんな時だからこそ音楽の力を信じ、こんな時だからこそ伝えたい想いを歌にした」13曲は、同時に人生で何が大切か、生きていく上で何を大切にすべきかを教えてくれる。八神にコロナ禍で感じていたこと、そこから生まれたこのアルバムに込めた思いを聞いた。

「コロナ禍に否応もなく巻き込まれ、いろんなことを感じる心がより一層繊細になった」

『アルバム『Here I am』(2013年)や『There you are』(2017年)を作った時と、その時も世の中は変わりつつあったけれど、ここ数年で激変しました。私自身もそうですが、これまで気づかなかったことや、知らないで済んでいたことも、去年コロナ禍になって否が応でも知ってしまう状況になって。この2年は、私が住んでいるアメリカでも多くの方が亡くなって、もう以前の時代には戻ることができないことをみんなが理解しました。このアルバムも本当はコロナ禍に入る前に完成している予定でした。でも正直完成していなくてよかった、と思っています。私たち音楽を作る人間は、その感受性が全てだと思っていて、当たり前ですが、歌うため、表現するためには“感じる心”が全てです。コロナ禍に否応もなく巻き込まれ、いろんなことを感じる心がより一層繊細になりました。その結果、ひとつの音、言葉、コンサートが持つ意味をより深く考え、より大事にするようになりました。だから“No matter what, I SING”(何があっても私は歌う)というコンサートを行う決断もできたのだと思います」。

<コロナが消えたら 光あふれ>

20thアルバム『TERRA ~here we will stay』(9月29日発売)
20thアルバム『TERRA ~here we will stay』(9月29日発売)

そんな中で制作されたアルバム『TERRA ~here we will stay』では「ここまで作り上げるには時間が必要でした。私だけでなくアレンジャー、ミュージシャンら、作品づくりに加わった誰一人として妥協しなかったからです」と語っているように、アルバムに携わる全ての人の心に起こった“変化”が、一音一音、言葉ひとつに対するこだわりへとつながり、時間がかかった。

「最初はいつもと違って、私とサウンドプロデューサーの石塚(良一)さん、私と作詞家のKAZUKIさん、石塚さんとKAZUKIさんとで、なんでこんなに意見が分かれるんだろう、なんで時間がかかるんだろうって思いました。でも今はそれでよかったって思います。コロナ禍で、アルバム作りに携わったすべての人の音楽への思いがより強くなったからです。『終わりを決めるのは私~Eclipse~』という曲では、まず、アレンジの佐藤準さんにお願いして、リズムから全部作り直してもらいました。歌詞もそうです。月食や日食にヒントを得て、太陽と月のランデブーを描いたこの曲が出来たのはコロナの感染が始まる前でした。日食があると、月の周りにはコロナが見えるので、その光景を<コロナが消えたら 光あふれ>と入れていたのですが、クルーズ船でクラスターが起き「これを歌詞に入れるのは控えた方が良い」と、一度歌詞を変更しました。でも、Zepp Sapporoのライヴで歌っている時に<コロナが消えたら…>と歌いたいと感じ、その気持ちを大切にして、ライヴの後に歌詞を戻しました」。

11分超えの組曲『TERRA』は「今までのアーティスト人生は、この作品を書くためにあったという気がしています」

八神の決心がそこに入ることで、曲はより生しく、情熱的な歌になった。『TERRA ~here we will stay』には、配信シングルとして既発表の「Here We Go!」「恋したかぐや姫」「ずっと見ていて」のアルバムバージョンの他、変わらない美しい声で、様々な思いを歌った上質なポップスが13曲収録されている。その歌をより引き立て、言葉を聴き手の心に真っすぐに届ける大きな役割を果たしたのは、佐藤準、澤近泰輔を始めとする多士済々のアレンジャー陣が作るサウンドだ。タイトルチューンは11分超えの組曲になっていて、八神のメッセージを作詞のKAZUKIが言葉にし、澤近がその思いを音に昇華させた。

「私がデビューした頃は、プロデューサーに『ひとつのカラーを作るために、色々なアレンジャーを使うべきじゃない』と言われて、そういうものなのかなと思っていました。でも今はアルバム一枚を通して聴くというよりも、ぶつ切りで聴かれる時代だし、私の中から出てきた曲それぞれで聴こえてくるアレンジがあるので、その私の頭の中にあるサウンドを具現化+αしてくれるアレンジャーさんとやった方がいいと思います。タイトルチューンは、2011年から音楽活動を再開して10年経って、いつからかこれまでに経験して感じたことを映した組曲、クイーンの『ボヘミアン・ラプソディ』のような組曲を作ってみたいと思っていました。でもこれは11分を超える曲なので、絶対ラジオでは流してもらえません(笑)。人生において今私たちがこの時代を共にして、それは宇宙の生命からすると瞬きくらいの一瞬で終わってしまう時間ですが、それでもこの一瞬ってものすごい一瞬なんです。世界中の人々が、初めて地球に関わるいくつかの問題を一緒に解決しなければいけない事態になっています。核兵器のこと、環境問題、そして今回のパンデミック、今まで水面下で起こっていた問題が表面化して、やっと共通の認識、問題になりました。だから面白い時代といえば面白いし、2050年問題ということが言われていて、こんなことが起きているということを、いつも心のどこかに置いて生活するのと、そこから逃げて生活するのとでは、2050年を迎えた時に全く状況は変わってくるのではないでしょうか。それを私が一番説得力を持って皆さんに伝えることができるのが、作品にして歌うことだと思うのです。アレンジの澤近さんとはアルバム『There you are』からのお付き合いですが、この曲『TERRA~here we will stay』については、私の今までのアーティスト人生は、この作品を書くためにあったという気がしていたので、曲のイメージを詳細に伝えさせていただきました。そこに澤近さんの思いや考えを昇華させてくれて、素晴らしい作品になりました。“here we will stay(ここにとどまるべき)”というサブタイトルは澤近さんがつけてくれました」。

「ささやかな自分の幸せを守るということはとても大切なことで、それを謳歌することは、罪でも悪でもない」

このアルバムでは、今を生きる人へのメッセージを伝える曲と、ロマンティック、ドラマティックなラブソングで構成されている。それは誰かを愛し、誰かに愛され、という根源的な部分に人は心の支えを求めているということを、やはりメッセージとして伝えてくれている。幸せをつかむことで、色々なことにいい影響を与えると改めてそう教えてくれる。

「まず自分が自分を好きでいられるような状況を作らないと、って思っています。私は今自分が自分のことを好きでいられる状態で、これは絶対に誰にも渡さないって思っています。東日本大震災の復興支援活動の中で、ご家族を亡くされてしまった方に何人も会いました。『どうして自分だけ生き残ってしまったのか』『自分だけ幸せになっていいのだろうか』と、自分を責めている方もおられました。もし私がそういう状況になってしまったら、私もそう思うかもしれない、と思いました。でも私は、ささやかでも自分の幸せを守るということはとても大切なことで、その幸せを謳歌することは、罪でも悪でもないと思いたいのです。それがあれば人にもやさしくなれるように思います。このアルバムではバラエティに富んだ曲に乗せていろんな愛を歌っています。愛を感じることで人は幸せな気持ちになれるのではないでしょうか」。

「ラブソングをリアルタイムで歌える、そんな女性シンガー・ソングライターでずっといたい」

八神は43年間いつまでもラヴソングを歌える、歌っていけるアーティストでいることがミッションだと思い活動を続けている。

「私のミッションは、これはライヴでもアルバムでもよく言ってきたことですが、永遠にラブソングが歌えるシンガーでいることです。世界の平和だけを歌うシンガーにはなりたくなくて。ラブソングをリアルタイムで歌える、そんな女性シンガー・ソングライターでずっといたいなって。人と人が愛するということが健全に存在していたら、きっとこんな世の中にはなっていないでしょう、だからそれが根源だと思うので、絶対そこをなくしたくないんです。そこをなくさないでいれば、きっと平和を祈る曲ももっと活きると思います。私の創作の根源に男女の愛があり、そしてそこに生まれた子どもへの愛があり、そこからどんどん広がっていくものを歌っています。それで社会が醸成されていくので、その根源を忘れないで歌い続けたいと思っています」。

レギュラーラジオ番組で東北を始め、全国の被災地の復興を願い、発信し続ける

八神は2011年の東日本大震災の復興支援を積極的に行い、自身が歌手活動を再開する大きなきっかけにもなっている。震災から10年経った今も、東北への思いは変わらない。

「『八神純子MUSIC TOWN』というレギュラーラジオ番組をやっていて(青森放送、IBC岩手放送、東北放送、新潟放送・RKB毎日放送・秋田放送、山陽放送 、大分放送、ラジオ福島、山陰放送)、そこで『私の心が聞こえますか』というコーナーで、ずっと東北のことを発信しています。東北だけではなく、全国で未曾有の災害は発生していて、それを私たちの心から風化させないために続けています。毎年3月11日が近づいてくると、色々なメディアが東北のことを取り上げて、みなさんの関心がまた高まりますが、それ以外の時は、あの震災も忘れられているように思います。だから私は東北のことだけではなく、九州や災害に遭われた地域のことを発信し続けています。人間は忘れる動物だから生きていけます。でも忘れてはいけないことってあるんです」。

「コロナ前にはなかった“新しいコンサート”」

10月31日、一年遅れで行われる『ヤガ祭り the 3rd』(Bunkamuraオーチャードホール) は「歌いたい歌を歌いたいだけ歌う」をコンセプトにした、豪華な内容だ。

「コンサートってお互いの感情の交感の場なので、言葉を発することができないこの状況下ではまた違った感情が生まれてきて、昨年からやっているコンサートもそうですが、コロナ前にはなかった、新しいコンサートになると思っています。是非、聴きにいらして下さい」。

otonano 八神純子『TERRA ~here we will stay』特設ページ

八神純子 オフィシャルサイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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