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遂にリプレー検証制度が限界を迎えたNPBと革新を続けるMLBの間で顕在化している圧倒的な差

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
すでにMLB全球場には追尾システム「ホークアイ」が設置されている(写真:ロイター/アフロ)

【ロッテ対西武戦で審判がリプレー検証できず】

 8月12日のロッテ対西武戦で、恐れていた事態が発生した。

 1-2で迎えた9回裏。同点に追いついたロッテは尚も1死一、三塁と逆転サヨナラのチャンスが続く。打席に立った荻野貴司選手は何とかボールにくらいつき、やや浅めながらセンターに飛球を放つ。

 センターの長谷川信哉選手が捕球をするのを見定め、三塁走者の岡大海選手が本塁へ突入。送球が逸れてしまい古市尊捕手と接触するアクシデントがありながら、岡選手は倒れ込むようにホームベースをタッチした。

 サヨナラ勝ちに歓喜するロッテ・ベンチだったが、すぐに静けさを取り戻した。西武の松井稼頭央監督が、岡選手の離塁が早かったのではとリプレー検証をリクエストしたためだ。

 両チームともベンチで待機する中、リプレー検証を終えた責任審判の本田英志球審がグラウンドに戻りマイクを受け取ると、検証結果を説明し始めた。

 「リプレー映像はありませんので、判定通り得点とします」

 何とも後味の悪い結末となってしまったが、映像がなければ検証できないのは仕方がない。

 この場面はパ・リーグ公式チャンネルがYouTube上で動画を公開しているので、興味のある方は確認してほしい。

【導入当初からMLBとは似て非なるものだった現行制度】

 リプレー検証に関しては、MLBの制度に倣い2018年シーズンに導入を開始して以来、事あるごとに度々問題視されてきた。

 だが今回のように映像がなく検証できないという事態は、リプレー検証制度そのものの存在意義が問われるものだ。

 以前NPB審判の経歴を持つスポーツ紙記者が、制度導入当時にMLBを研修してきた審判団から制度運営の問題点をNPBに説明していながら、何ら対策が講じられていない現状を記事にしていた。

 同記者が説明するように、制度はあくまでMLBを模倣したものであって、制度運営は導入当初からまったく似て非なるものだった。

 そもそもMLBではMLB管轄の全国放送以外、ホームチームとアウェイチームが各々のカメラクルーを雇い別々にTV中継している。さらに球場演出に使用されるカメラクルーもおり、多角的に試合中の映像を集めることが可能だった。

 そしてそれらの映像はすべて、MLBが設置した集中オペレーションルームに集められ、そこに待機している審判がリプレー検証責任者としてすべてのリクエストに対応するシステムをとっていた。

 すべてを現場の審判団に任せているNPBとは、当時から明らかに異なっていたのだ。

【グラウンド上のあらゆるプレーをデータ化するMLB】

 だがそうしたMLBの制度運営も、すでに過去の話になっている。現在ではMLB主導の下、グラウンド上のあらゆるプレーをデータ化できる時代になっているからだ。

 すでにご承知の方も多いと思うが、昨今のMLBはすっかりデータ野球が全盛期を迎えている。球場内に設置された追尾システムで集められたデータを下に戦略が立てられ、常に選手たちはデータを確認しながらプレーするようになっている。

 その端的な例が内野のシフト守備だったが、野球の魅力を損ねると危惧したMLBは、今シーズンからシフト守備を制限するルールを導入するまでに至っている。

 それでもMLBは今もデータ化を推進し、最大限に活用し続けている。導入当初に採用されていた追尾システムは「トラックマン」が主流だったが、サッカーやテニスなどでも採用されている上位システムの「ホークアイ」への切り替えが進み、2020年には全球場に同システムの設置が完了している。

【データ化はMLBの重要なマーケティング戦略】

 ホークアイの導入によりリプレー検証もより多角的に実施できるようになったのみならず、同システムによって集められたデータは即座にMLB本体や各チーム、さらにTV局に提供されている。

 そのため現在のMLB中継では瞬時に様々なデータを視聴者に届けられるようになっているし、MLBも公式サイトを通じて「スタットキャスト」を駆使して様々な情報提供を行っている。

 例えば今年のホームランダービーの中継では、打者が打つ度に打球速度、打球角度、飛距離などを瞬時に表示してくれていたのをご存知の方も多いのではないか。

 つまりMLBのデータ化は、リプレー検証に止まらず様々な分野で付加価値をもたらし、ファンやスポンサーにMLBがより娯楽性の高いリーグになったことを認識してもらうためのマーケティング戦略の一部として機能しているわけだ。

【MLBとNPBの差は広がるばかり】

 ここ数年は大谷翔平選手の圧倒的な活躍もあり、より多くの日本人がMLBに興味を持ち始めているように思う。それを裏づけるように、現在ではTV中継に止まらずネットTVやストリーミング配信でも試合観戦できるようになっている。

 それはつまり、日常生活の中でMLBとNPBを比較できるようになっていることを意味している。すでに中継中に提供される情報量の違いを認識している人もいるのではないだろうか。

 リプレー検証1つをとっても、革新を続けるMLBに対し現状維持のままのNPBでは、当然のごとくその差は広がっていく一方だ。

 NPBは直面している危機的状況をどこまで認識しているのだろうか。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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