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「こんなやり方、話にならない」北朝鮮の核実験場近隣で崩壊事故

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
2018年5月24日に爆破された北朝鮮の核実験場(韓国写真共同取材団)

 豊渓里(プンゲリ)核実験場で世界的に名前の知られた、北朝鮮の咸鏡北道(ハムギョンブクト)吉州(キルチュ)の農場で今月5日、住宅建設中に事故が発生した。幸いにして、死者は発生しなかったものの、その原因は、何千、何万人を死に追いやった、北朝鮮特有の病弊と共通する。

 現地のデイリーNK内部情報筋によると、事故が起きたのは、吉州郡の日新(イルシン)労働者区の協同農場。

 この農場にはインセンティブ制度の分組管理制が導入されているが、各分組は収穫量の総和(総括)を受けなければならない。結果が悪ければ、まともな分配が受け取れず、飢えに苦しむ羽目になることを心配し、農民は熱心に農作業に取り組んでいた。

 そんな中、朝鮮労働党吉州郡委員会(郡党)から、住宅を建設せよとの指示が下された。資材は一切提供されず、セメントが足りないため、泥、藁、石灰を混ぜたものを使用していた。

 ただでさえ農作業で忙しいのに、郡党は「無条件で期日までに建設せよ」と指示した。忙しい農作業を合間を縫って、夜には、眠気と闘いながら、松明の火を灯して工事を続ける有様だった。

(参考記事:「手足が散乱」の修羅場で金正恩氏が驚きの行動…北朝鮮「マンション崩壊」事故

 これでは事故が起きかねない、と心配されていたが、予測が的中した。

 咸鏡北道では今月に入ってから大雨が続いているが、濡れた土壁と屋根が突如として崩壊。作業に当たっていた農民3人が下敷きになった。辺りは騒然となり、人々はシャベルや素手で、崩壊した土壁から、3人を掘り出した。病院に運ばれた3人は命に別状はないものの、重傷を負った。

 事故の後、農民からは「この忙しい農繁期に、家の建設まで同時にやるなんてつらすぎる。休むこともできず、昼夜を分かたず2つの仕事をするなんて、話にもならない」と怒りをあらわにしている。

 このような、決められた工期までに何が何でも建設を進め、前倒しで完成させればなお良いとする風潮のことを「速度戦」と呼ぶ。元々は旧ソ連で増産運動として始まり、旧共産圏各国に広がったものだが、量とスピードばかり重視して、質が度外視されるという弊害が生じ、次第に行われなくなった。それを2022年の今に至るまで続けているのが、北朝鮮だ。

 その結果が、死亡事故の多発だ。

 1989年4月には、平壌開城高速道路の建設現場で橋が崩落し、500人以上が死亡。現場の川原には無残な死体が散乱し、見るに耐えない光景が広がったという。また、2013年10月には、国防委員会の庁舎新築の工事現場で崩壊事故が発生し、80人が死亡。さらに、2014年11月には、完成したばかりの平壌市内の23階建てマンションが突然崩壊し、500人が犠牲となった。

 国内外では報じられることもなく、闇に葬り去られた事故も数多く存在すると思われる。今回、農場で起きたような事故は、数え切れないほど起きているだろう。

 しかし、何十年も続けられてきた長年の習慣であり、金正恩総書記も、大規模建設プロジェクトにおいて、通常の工期を無視して、無茶なスピードで工事をすすめることを指示するなど、速度戦をやめようとする動きは見られない。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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