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「大物スパイ姉妹」にまんまと逃げられた金正恩の特命部隊

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
北朝鮮の兵士(写真:ロイター/アフロ)

 中国と国境を接する北朝鮮の都市、会寧(フェリョン)で「キムさん姉妹」と言えば、一帯でその名が知れ渡った送金ブローカーの大物だった。

 送金ブローカーとは、脱北して中国や韓国で働く人たちの仕送りを、北朝鮮に残してきた家族に伝達する業者のことで、多額の現金を扱っている。この仕事を営むには、国際電話やネットが使えるチャイナテレコムなどの中国キャリアの携帯電話が必須だ。

 しかし、当局はこうした通信機器により国内情報が国外に流出し、国外情報が国内に流入するとして、取り締まりに躍起になっている。最近では、スパイ容疑をかけられ重罪とされるケースさえ増えている。

(参考記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面

 キムさん姉妹も逮捕直前まで追い詰められたのだが、ある日突然、忽然と姿を消してしまった。咸鏡北道(ハムギョンブクト)のデイリーNK内部情報筋が伝えた。

 大物ブローカーと呼ばれていたキムさん姉妹は、バックに裁判官や地元の保衛部(秘密警察)の幹部を付け、摘発されることなくブローカー業を営んでいた。送金を黙認してもらう見返りに、定期的に多額のワイロを渡すという共存共栄の関係にあったということだろう。

 ところが、状況が突如として変化した。平壌の国家保衛省(秘密警察)が会寧にやって来て、厳しい検閲(取り締まり)を始めたのだ。中央政府は、地元にしがらみのない中央の省庁や、別の地域の人員に特命を与え、会寧での取り締まりに当たらせた。

 取り調べを受けた別の送金ブローカーが、キムさん姉妹が送金を仲介するのみならず、国内情報を国外に流出させていると供述したことを受けて、国家保衛省は、スパイ容疑で姉妹の逮捕に乗り出した。

 バックに付いていた地元保衛部の幹部も、上級機関の動きを止めることはできなかった。しかし、姉妹は無事に逃げおおせた。幹部ではなく、保衛部に勤務する知人から「逮捕されるかも知れない」との情報提供を受け、すんでのところで逃走に成功したのだ。

 そうとはつゆ知らず、国家保衛省の人員は、姉妹の自宅前で4日間も張り込みを行ったが、一向に帰宅する気配がない。姉妹が逃走したことをようやく知った国家保衛省は、市内中心部と周辺の農村で一斉捜索に乗り出した。

 しかし、逮捕失敗から1週間ほど経った今月2日の時点でも逮捕されていないことから、姉妹は川を渡って中国に逃げ込んだものと情報筋は見ている。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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