ガザ全住民をシナイ半島に移送:流出したイスラエル秘密政策文書の全貌。ネタニヤフ首相の「出口戦略」か
ガザの全住民をエジプトのシナイ半島の砂漠地帯に移送することを提案するイスラエル諜報省が作成した政策文書の存在が明らかになった。イスラエル政府も文書の存在を認めているが、首相府は「仮説に過ぎない」と過小評価しようとしている。しかし、内容を見る限り、これまでネタニヤフ首相や政府関係者がこれまで言ってきたことと符合する点もあり、今後のガザ情勢を考える上で重要な材料であることは疑いない。
文書はイスラエルの和平系ニュースサイト「シチャ・メコミット(Sicha Mekomit)」が10月30日に報じた。「政策文書:ガザの民間人口の政治的方針の選択肢」と題され、10月13日の日付が入ったイスラエル諜報省のロゴ付きのヘブライ語で全10ページの文書である。「シチャ・メコミット」によると、報道用ではなく、政府の秘密文書の流出である。文書の冒頭に、「要旨」とあり、数百ページの詳細な計画文書の要旨部分と思われる。
流出文書の全文を入手して、読んだ。最初に「イスラエル国家は、今回の戦争を招いたハマスの犯罪に照らして、ガザ地区の人々に現実にも明確な変化をもたらさなければならず、ハマス政権の打倒と並行して、我々がどのような政治的な目的を遂行すべきかを決定しなければならない」としている。
つまり、イスラエルの現在のガザ空爆、地上戦の軍事的目的はガザを支配するハマス政権の打倒であるが、その上で、これまでハマス支配の下にいた230万人のガザ人口をどのようにすべきかという政治的な目標を立てて、実施しなければならないということである。さらに「政府が定めた目標は、米国や他の国々にこの目標を支持するよう働きかけるために、集中的な(外交)行動を必要としている」として、国際的な働きかけの重要性を強調している。
文書ではA、B,Cという3つ方針の選択肢として示している。それぞれの方針を実施するための前提として、次のように書く。
1、ハマス政権の打倒。
2、戦闘地域外へ住民を避難させることは、ガザ地区の民間人の利益である。
3,選択された選択肢に従って、地域に届く国際援助を計画し、振り向ける必要がある。
4、各選択肢には「非ナチ化(非ハマス化)」という住民の意識改革を実施するための綿密なプロセスが必要である。
5,選ばれる選択肢は、ガザ地区の将来と戦争の終結についての政治的目標を支えることになる。
上の前提で3つの選択肢としてあがっているのは次のA,B、Cの案だ。
A:ガザの人口を地域に保持して、パレスチナ自治政府を引き入れる。
B:ガザの人口を残して、(ハマスに代わる)現地のパレスチナ人による新たな統治を生み出す。
C:住民をガザからシナイに避難させる。
この3つの選択肢について、詳細に検討した結果として、次のような評価を出している。
まず、C案について、「イスラエルにとって前向きで、長期的に戦略的な利点を与え、実行可能な選択肢である」とする。ただし、「国際的な圧力に対して政治レベルの強い決意が求められ、特に実施の過程で米国や他の親イスラエルの国々の協力が重要となる」とする。
A案とB案についてはまとめて、「戦略的な意味合いと長期的に実現不可能という点でで、重大な欠点がある」とする。さらに「どちらも(ハマスによる攻撃の)抑止効果をもたらさず、(住民の)意識の変化ももたらさない。数年のうちにイスラエルが2007年から現在まで直面してきたのと同じ問題と脅威が出てくる可能性がある」と初めから否定的な評価をしている。
特に、ガザに「(西岸の)自治政府を引き入れる」というA案についてはイスラエルにとって「最も大きなリスクがある」とする。その理由については「パレスチナ人がヨルダン川西岸とガザに分裂していることがパレスチナ国家の樹立を困難にしている主な要因であり、この選択肢を選ぶことは、パレスチナ人の民族運動にとって前例のない勝利を与えることを意味し、そのような勝利は今後数千人のイスラエルの民間人や兵士の犠牲を生むことになり、イスラエルの安全を保障しない」と強く否定している。
この政策文章は、A、B、Cの三つの案を検討したというよりも、最初からC案を主張するための文書という印象である。つまり、これまで中東和平プロセスが求めてきたイスラエルとパレスチナの二国共存の前提となる「パレスチナ国家の独立」を、「イスラエルにとってのリスク」であり、「パレスチナ人の民族運動の勝利」と否定的に見ている。それは右派リクードを率いるネタニヤフ首相の主張を、そのまま具現化するものと言えよう。
政策文書では、それぞれA案、B案、C案についての詳述している。
A案とB案については、「最初にイスラエル軍が地域を支配し、その後、自治政府をガザに引き入れる」とし、作戦実施について「住居密集地での戦闘が必要となり、イスラエル軍兵士を危険にさらし、長期間かかる。激しい戦闘が長く続くほど、ガザの北部で第2の戦線を開く危険が大きくなる。ガザ住民は自治政府の支配に反対するであろうし、(ガザ住民に対する)人道支援の責任が生まれ、戦争が終わった時、イスラエルが住民たちに責任を持たねばならなくなる」としている。
特に、A案について「一見、人道面で重大な結果をもたらさず、国際的に広範な支持を得ることが容易に見える。しかし、実際には軍事的制圧の段階で多くパレスチナ人の犠牲が予想され、住民たちが都市部に残り、戦闘に巻き込まれるため、住民の巻き添えは最もひどくなる」と書く。その上で「作戦遂行には時間がかかり、その間、イスラエル軍による傷ついたガザ住民の写真が拡散する」としている。
さらに軍事的な制圧が終わった後について「イスラエル軍がパレスチナ住民を支配することになれば、国際的な支持を得ることが難しくなり、ガザで自治政府を設立することへの圧力を受けることになる」としている。
つまり、A案はイスラエル軍が犠牲を払ってハマスを排除しても、ヨルダン川政権のパレスチナ自治政府を利するだけというマイナス評価が強く出ている。
B案はガザを軍事的に制圧した後、自治政府を引き入れるのではなく、地元のパレスチナ人によるハマスではなく、非イスラム勢力の統治を生み出すというものだが、「現在、ガザでハマスに代わる政治運動がないことから、パレスチナ人による統治を育てても、それがハマス支持者ともなりかねない」と書いている。
その上で、C案の実施について次のように記述する。
1,ハマスとの闘いのために、非戦闘員の住民を戦闘地域から避難させることが必要である。
2,イスラエルはガザの民間人をエジプト北部のシナイ半島に避難させるように動く。
3,第1段階ではシナイ半島にテントの町(複数形)がつくられ、次の段階はガザからの住民を支援する人道地域が創設され、シナイ北部に再定住のため都市が建設される。
4,エジプトにつくられる再定住地とガザの間に、数キロの無人地帯が設けられる必要があり、ガザ住民がイスラエル国境の近くに戻って、活動したり、居住したりできないようにする。加えて、エジプトに近いイスラエル国境地帯に防衛のための堡塁をつくる必要がある。
「シチャ・メコミット」の報道によると、この文書が作成された後、ネタニヤフ首相が率いるリクード内や入植者団体に流れたという。実際に10月15日のアラビア語衛星テレビ、アルジャジーラで、入植者を支持母体とする極右政党「イスラエル我が家」所属の国会議員で、元副外相、元駐米大使のダニー・アヤロン氏が「私はガザの住民に海に行けといっているわけではない。(エジプト北部の)シナイ半島の砂漠に国際社会が用意するテントの町(複数形)を作ればよい。トルコがシリアから逃れた200万人の難民を受け入れたように」と発言している。
この発言を聞いたときは、アヤロン氏の過激な個人的な見解かと思ったが、今回の流出した文書を見れば、この文書を前提として語ったことが分かる。それだけ、この文書はネタニヤ政権の中で、ガザ戦争の「出口戦略」として受け止められていることが想像できる。
文書では、C案での作戦の段階的な実施について次のように記述する。
1、住民にハマスとの戦闘地域からの避難を求める
2,第1段階ではガザ北部に空爆を集中させ、住民が避難して、住民の巻き添えがない地域への地上戦を可能にする。
3、第2段階では地上戦によって北部と周辺の境界から徐々に軍事的に制圧して、最後にはガザ地域全体を制圧し、ハマスが構築した地下トンネルも制圧する。
4,集中的な地上作戦の期間はA案、B案よりも短くなる。そのため、イスラエル軍が北の戦線とガザの戦闘にさらされる期間も短くなる。
5,ガザの住民が南部のラファに避難することができるように、北部から南部に向かう道路を使用可能としておくことが重要である。
これを見ると、ネタニヤフ首相が10月30日に「戦争は第2段階に入った」と宣言したのは、この政策文書での位置づけに沿ったものだろう。今後、住民が避難していない場所では空爆を続けて、住民を避難させ、住民が避難したら、地上軍で制圧していくという文書通りに進んでいくと見られる。
この作戦についての国際的な反応については、「人口の避難が大きいことから最初は国際的な正当性を問われるかもしれないが、住民が避難した後の戦闘の方が住民の死傷者は少なくなる。シリア、アフガニスタン、ウクライナの例を見ても、住民が戦闘地域に残ることよりも、戦闘地域から大規模に避難民が出ることは自然なことである」として、住民を避難させることの正当性を述べている。
ガザ住民を避難させることを正当化する法的な問題については次のように書く。
1,この戦争はイスラエルに侵入し、軍事作戦を実施したテロ組織に対するイスラエルの防衛戦争である。
2,非戦闘員に対して、生命を救うために避難を求めることは米軍は2003年のイラク戦争で同様の措置をとったように受け入れられる方法である。
3,エジプトはガザ住民が境界を通過することを認める国際法上の義務を負う。
さらに「イスラエルは幅広い外交活動を行って、ガザから避難したガザ住民への援助の提供を求めたり、移民として受け入れることを(国際社会に)求める」としており、この避難民受け入れに協力する国として、米国、エジプト、サウジアラビアの名前が上がっている。さらに「長期的には、この選択肢は、住民が市民国家の枠組みに統合されることになるため、幅広い正当性をもつことになる」としている。
イスラエルがガザ住民を退避させて、ガザから外に出すことについて、国際的な反発が上がることを懸念していることが分かる。しかし、住民を地域に残しながら空爆を続けて、ハマスを制圧すれば、戦闘は長引き、ガザ市民の死傷者の映像・画像が世界に拡散することとの兼ね合いで、住民に戦闘地域からの避難を求めることは人道的な措置として国際社会に訴えることができるという計算が働いているようだ。
この文書では、どのようにして、ガザ住民全部をシナイ半島に移送するのかは詳しく書いてはいない。ただし、軍事的に制圧するのはガザ北部だけでなく、ガザ全域としているため、北部を制圧すればハマスが潜んでいるという口実で南部に激しい空爆を加えることは予測できる。その時、住民たちの安全を確保するという口実で、一時的にラファの境界から出て、シナイ半島に避難することを求めるつもりだろう。その時、ガザの避難民は「難民」となるわけで、文書に書いている「エジプトはガザ住民が境界を通過することを認める国際法上の義務を負う」という理屈が出てくると思われる。
文書ではガザ住民を受け入れる「テントの町」とイスラエル国境の間に「数キロの無人地帯」とつくり、「ガザ住民がイスラエル国境の近くに戻って、活動したり、居住したりできないようにする」と記されている。つまり、ガザ住民の避難は一時的なものではなく、永久的措置と考えていることが分かる。これは、1948年の第1次中東戦(イスラエル独立戦争)で、70万人のアラブ難民(現在のパレスチナ難民)が出た時に、国連総会は難民の帰還を求める決議を採択したが、イスラエルは帰還を拒否し、難民の財産を没収したことに通じる。ネタニヤフ首相が「これは第2の独立戦争だ」と唱えるのは、この政策文書を下に、ガザ住民全体を排除し、「ガザをユダヤ人の土地として解放する」というシオニスト的な意味づけがあると見られる。
さらに、この文書で、「ガザ住民は市民国家の枠組みに統合される」という記述は、エジプトのシナイ半島に、ヨルダン川西岸の自治政府とは異なる「第2パレスチナミニ国家」をつくるということを示唆していると思われる。
もちろん、イスラエルが最初からガザ全住民を、シナイ半島に移送するといえば、国際的に大きな反発が出る。この文書が流出したことで、イスラエル政府内にそのような議論がなされているのは疑いえないことになった。イスラエルとしては事実でなければ、火消しに躍起になるだろうが、なるべく問題にしないという態度のようだ。空爆、地上戦を継続して、ガザ住民全体が危機に瀕すれば、自然とガザを出て、シナイ半島に避難する状況が生まれると高をくくっているのかもしれない。
私は現在のイスラエルのガザ攻撃が、この文書の通りに進行するならば、今後、数十年にわたって、中東と世界に大きなリスクをもたらし、日本も影響を受けると考えるが、とりあえず、今回は流出した政策文書の内容を紹介することを中心として、その評価や影響は次の記事で扱うことにする。