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海自の最新潜水艦たいげい型5番艦「ちょうげい」が命名・進水 旧海軍の潜水母艦「長鯨」に由来

高橋浩祐米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員
10月4日に進水した海自の最新潜水艦たいげい型5番艦「ちょうげい」(筆者撮影)

海上自衛隊の最新鋭潜水艦の命名・進水式が10月4日、三菱重工業神戸造船所で行われた。「ちょうげい」と名付けられた。同造船所での潜水艦の進水式は2022年10月の「じんげい」以来で戦後31隻目。

海上幕僚監部広報室によると、艦名の「ちょうげい」は漢字では「長鯨」と書き、巨大な鯨を意味する。この名を受け継いだ日本の艦艇としては、旧日本海軍の運送船(外車蒸気走船)で初代の「長鯨丸」(英国で建造されたものを購入後に命名)」、2代目の潜水母艦「長鯨」に続き、3代目となる。艦名は海自の部隊などから募集し、各種検討を踏まえた結果、中谷元防衛相が決定した。

たいげい型は、これまでの海自潜水艦の「しお(潮)」「りゅう(龍)」に続く「げい(鯨)」の艦名を持つシリーズとなっている。

ちょうげいは、日本の主力潜水艦そうりゅう型12隻の後継艦となる最新鋭たいげい型潜水艦の5番艦だ。全長84メートルと全幅9.1メートルは、そうりゅう型と同じだが、深さは10.4メートルとなり、そうりゅう型より0.1メートル大きい。海自最大の潜水艦となり、艦内容積が増す。基準排水量も3000トンとなり、そうりゅう型より50トン多い。建造費は684億円。乗員は約70人。女性乗員最大6人のための専用の居住エリアを設置する。

令和3(2021)年度計画潜水艦であるちょうげいは2022年4月に起工された。今後、内装工事や性能試験を実施し、2026年3月に海上自衛隊に引き渡される。配備先は未定だ。

●世界で唯一のリチウムイオン電池搭載潜水艦

秘匿性が高く、より高性能の原子力潜水艦を持たない海自にとって、通常動力型潜水艦の基本能力をいかに向上させるかは常に大きな課題となってきた。

そうりゅう型はディーゼル潜水艦で、低振動で静粛性に優れ、世界有数の高性能艦として知られてきたが、たいげい型はその性能向上型となる。そうりゅう型に比べ、探知性能や被探知防止性能が向上した。新型の潜水艦戦闘管理システムの採用によって、より高度な情報処理能力を有しているのも特徴だ。

たいげい型は、そうりゅう型11番艦おうりゅう、12番艦とうりゅうに続き、GSユアサが開発したリチウムイオン蓄電池を搭載する、ディーゼル電気推進方式の通常動力型潜水艦となる。リチウムイオン蓄電池は、従前の鉛電池の2倍以上のエネルギー密度を持ち、水中での航続力と作戦能力を向上させる。リチウムイオン電池技術を採用し、ディーゼルエンジンを使う通常動力型潜水艦は、日本が世界で初めて実用化し、今のところ唯一の国となっている。

日本に続き、韓国が3600トン級潜水艦「張保皐(チャンボゴ)3」のバッチ2の3隻からリチウムイオン電池搭載を目指し、建造中だ。2026年からの配備が予定されている。バッチは建造される艦艇のグループで、バッチ1から2、3と進むほど艦艇の性能が向上する。

●ちょうげいも高出力の新型ディーゼル機関採用

1番艦たいげい、2番艦はくげい、3番艦じんげいまでは主機関にV型12気筒の川崎重工業製12V 25/25SB型ディーゼル機関2基を採用してきたが、4番艦らいげいからは、大型化したエンジンと関連装置を有する高出力の新型の川崎12V 25/31型ディーゼル機関を初めて搭載した。これは、発電効率を強化した新しいスノーケル(吸排気管)システムに対応した新型ディーゼルエンジンがいよいよたいげい型4番艦から導入されたことを意味する。

川崎重工業は「潜水艦用ディーゼルエンジンは吸排気圧力が過酷なスノーケル運転を可能とするべく、水上艦用ディーゼルエンジンにはない特殊な機能に特化されたディーゼルエンジン」と説明する。

4番艦らいげいから新型ディーゼルエンジンが搭載されたものの、軸出力は6000馬力、水中速力は約20ノットとそれぞれなっており、1番艦から3番艦までの他のたいげい型と変わっていない。

たいげい型は、そうりゅう型8番艦のせきりゅうから導入された潜水艦魚雷防御システム(TCM)も装備している。これは、敵潜水艦から発射された魚雷を探知した時に、艦のスクリュー音を模擬したブイやおとりを発射し、魚雷が自艦に向かってくることを回避するための装置だ。

また、たいげい型からは初めて国産の非貫通式潜望鏡(三菱電機製)が装備された。

現在、2023年10月に進水した4番艦らいげいが2025年3月の就役に向け、艤装(ぎそう)や各種試験を実施している。

●高騰する潜水艦建造費

日本の潜水艦は三菱重工業神戸造船所と川崎重工業神戸工場が隔年で交互に建造している。現在、川崎重工業神戸工場でたいげい型6番艦、三菱重工業神戸造船所で7番艦がそれぞれすでに建造中だ。

1番艦たいげいの建造費は約800億円だった。その一方、今年8月末に公表された2025年度予算の概算要求では、たいげい型9番艦の建造費として1161億円が計上された。これは実に1.45倍となる。年々高騰する資材などの物価高や円安の影響をもろに受けた格好だ。

●たいげい型で葉巻型3代目

海自潜水艦の船体ははるしお型までは涙滴型となっていたが、おやしお型から葉巻型へと変化した。たいげい型で葉巻型3代目となる。また、艦尾舵はおやしお型までは十字型だったが、そうりゅう型からはX字型となった。X舵は水中運動性に優れ、着底しても舵の損傷が少なくてすむというメリットがある。

海自潜水艦はこれまで「○○しお(潮)」から「○○りゅう(龍)」へ、そして「○○げい(鯨)」へと変化した(三菱重工業資料より)
海自潜水艦はこれまで「○○しお(潮)」から「○○りゅう(龍)」へ、そして「○○げい(鯨)」へと変化した(三菱重工業資料より)

海上幕僚監部広報室は、たいげい型が合計で何隻建造されるかは決まっていないと説明する。しかし、海自は「おやしお型」8隻、「そうりゅう型」12隻、「たいげい型」2隻の計22隻の潜水艦体制をとっている。最も旧型の「おやしお型」8隻が順次退役していくことから、今後もそれを補完する形で年に1隻の建造ペースで調達していくとみられる。

●新型潜水艦発射型ミサイル

防衛省は、敵艦艇などに相手のミサイル射程圏外から攻撃できる長射程巡航ミサイル「スタンド・オフ・ミサイル」の搭載を目指している。搭載を検討しているのは、陸上自衛隊の12式地対艦誘導弾をベースとした、12式地対艦誘導弾能力向上型で、最大射程は約1500キロメートル。これまでは海上標的に向けて水中発射する対艦ミサイル「UGM-84Lハープーン・ブロック2」が搭載されてきたが、新型の潜水艦発射型ミサイルは敵の陸上基地を遠距離から攻撃できるようになる。

防衛省は、この新型潜水艦発射型ミサイルの開発を三菱重工業が契約者となって2023年度から始めた。2025年度予算の概算要求では、その取得費として30億円を計上、量産に着手する。2027年度に開発を完了する予定だ。

また、防衛省は発射方法を従来の魚雷管だけではなく、垂直発射装置(VLS)の採用も目指している。2025年度予算では、その研究費として300億円を計上した。2025年度から2029年度まで研究試作を実施する。

こうした新装備システムを有し、大型化した新型潜水艦が実際に現れるのは、既に来年度予算でたいげい型9番艦の建造費の概算要求がなされたこともあり、早くとも10番艦以降の、2031年以降になるとみられる。

潜水艦に搭載可能で、より長射程化されたミサイルを発射できる垂直発射システム(VLS)の運用構想図(防衛装備庁資料)
潜水艦に搭載可能で、より長射程化されたミサイルを発射できる垂直発射システム(VLS)の運用構想図(防衛装備庁資料)

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米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員

英軍事週刊誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」前東京特派員。コリアタウンがある川崎市川崎区桜本の出身。令和元年度内閣府主催「世界青年の船」日本ナショナルリーダー。米ボルチモア市民栄誉賞受賞。ハフポスト日本版元編集長。元日経CNBCコメンテーター。1993年慶応大学経済学部卒、2004年米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクールとSIPA(国際公共政策大学院)を修了。朝日新聞やアジアタイムズ、ブルームバーグで記者を務める。NK NewsやNikkei Asia、Naval News、東洋経済、週刊文春、論座、英紙ガーディアン、シンガポール紙ストレーツ・タイムズ等に記事掲載。

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