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「北朝鮮への医療支援と首脳会談を」韓国で高まる'南北関係加速論'

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
20日、座談会を行う三氏。右から李氏、丁氏、文氏。民主平和統一諮問会議提供。

4月15日の総選挙で与党が歴史的な勝利を収め政府の政策遂行に余裕ができた韓国。南北関係に詳しい元老3人が、韓国政府に「医療支援」と「首脳会談提案」による南北関係の改善を注文した。

●座談会でそろい踏み

20日、ソウルの一角で、韓国における南北関係の「大ベテラン」がそろい踏みし、朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)との関係改善について語る座談会が開かれた。

参加したのは文正仁(ムン・ジョンイン、69)大統領統一外交安保特別補佐、丁世鉉(チョン・セヒョン、74)元統一部長官、李鍾ソク(イ・ジョンソク、61)元統一部長官の三人。

いずれも1990年代から南北関係の政策や実務に深く関わってきた人物たちだ。

俗に「太陽政策」と呼ばれる北朝鮮包容政策を時に理論的に、そして時には現場で実行してきており、その政策を受け継ぐ文在寅大統領との関係も浅くない。また、メディア露出も多く世論への影響力も無視できないものがある。

特に文正仁氏は文政権が発足した17年5月から今も「大統領特別補佐」という役職につき、朝鮮半島情勢において韓国内外の反応を見る「観測気球」的な発言を続けてきたことでも知られる。

この日のテーマは「韓半島(朝鮮半島)平和プロセスの再稼働はどうやるべきか」というもの。

大統領が長を務める公的機関で、文字通り朝鮮半島の平和統一をけん引する役割を持つ民主平和統一諮問会議の主催で行われた。丁元長官はこの機関の現場最高位、主席副議長の職にある。

時節柄、新型コロナウイルスと韓国の総選挙を絡めた議論が展開されたこの会では、三人から南北関係の改善を求める積極的な発言が相次いだ。

これはひと言でまとめると、韓国政府のコロナ対策成功経験を追い風に、朝鮮半島に平和体制を構築する過程でも米国を超えるイニシアティブを発揮すべきというものだ。現在の韓国の雰囲気を色濃く反映するもので、興味深い。

●4つの議論ポイント

(1)新型コロナ時代をどう見るか

座談会ではまず、新型コロナウイルスの大流行により見えたものとして、文正仁氏が「国ごとに国防費を再調整するしかなく、間接的に軍備競争を緩和させる可能性」に言及した。同氏はこれにより「国際協力の構図に向かう(中略)新しい平和の可能性を見せてくれる」とした。

事実、新型コロナ対策と国防費には関連がある。

韓国政府は国民に配る災害支援金の財源を確保するため、国防費を約9000億ウォン(約800億円)削減した。この中にはF-35A戦闘機、海上作戦ヘリ、イージス駆逐艦事業費など装備改善費7000億ウォン(約610億円)が含まれる。

また、李ジョンソク氏は「ポピュリズムで国を率いてきた指導者が防疫に失敗している」と指摘し、「国家には実力が必要だ」とすると共に「ポピュリズムの後退が始まる機会になるのでは」と見通した。

(2)北朝鮮のコロナ事情は

また、なかなかその実像が見えない北朝鮮の新型コロナ拡散事情について、丁世鉉氏は「北朝鮮に感染者がいないはずはない。『300人、700人を隔離解除した』という北朝鮮の報道自体が感染者の存在を自白している」と述べた。

文正仁氏はこれと対照的に「北朝鮮のコロナ事態はそう深刻に思えない」とした。その理由として「1月29日に国境を封鎖し2月7日以降飛行機便も止めるなど先制した対応を取った」と語った。

李ジョンソク氏は「最近、北朝鮮から出てきた外交官による証言のうちに、感染に対する話は聞かれていない」と、北朝鮮内部の情報も引用した。これが脱北した外交官を指すのかは分からない。また「最高人民会議がノーマスクで行われたこと」もコロナ被害が重大ではない根拠としている。

(3)環境が後押し

こうした前置きを経て丁世鉉氏は「今が朝鮮半島平和プロセスを再稼働させる上において、南北間では絶好の機会」と述べ、これに残る二人も共感した。

韓国側の事情として、丁世鉉氏は「新型コロナによる苦境もほとんど終わりが見え、4.27までちょうど一週間残っている。その日をきっかけに南側からどんな話が出るのか、北側も待っていると見る」と述べた。

韓国はここ数日の新規確診者(検査陽性者)が10人前後で落ち着くなど、新型コロナ対策が効果を上げている。「4.27」とは2018年4月27日に文在寅・金正恩の南北首脳が交わした『板門店宣言』2周年を迎えるという点を指す。

一方、北朝鮮側の事情としては新型コロナ拡散防止のため1月24日から「国家非常防疫体系」を維持する「防疫重視」の姿勢をあげた。金正恩氏みずから「超特級の防疫措置」を注文している。

北朝鮮メディアは今月12日、金委員長の司会の下に行われた11日の朝鮮労働党政治局拡大会議で、「世界的な大流行伝染病(新型コロナウイルスのこと)に対処し、わが人民の生命と安全を保護するための国家的対策をより徹底して立てること」を議論したと明かしている。

この会議ではまた、「一部の政策的課業を調整・変更することに対する対策的問題を研究討議した」(同)とされる。

李ジョンソク氏はこうした一連の動きを「北朝鮮の最優先課題が(経済総力建設から)保健医療に転回したということ」と解釈し、「医療保険分野で何か画期的なアイディアで合意すれば突破口になる。新たな議題転換がいる」と主張した。

(4)韓国がすべきは「医療支援」と「首脳会談」提案

具体的な韓国のアクションとして、李ジョンソク氏は「南北間の医療保健教育。まずは新型コロナに対する防疫関連協力、二つ目は平壌総合病院への建設支援」をあげた。この意見に他の二人も同意した。

李氏は平壌総合病院について「金正恩委員長が着工式で演説した事が重要」とした。北朝鮮メディアによると当時、金正恩氏は着工式で病院建設を「最も重要な事業」と述べた。病院は朝鮮労働党創建75周年の10月10日まで完成させるとしている。

李氏はこれに「今年度の南北協力基金1兆2000億ウォン(約1040億円)を使うべき」と述べた。丁世鉉氏も「総合病院は我々が責任を持つとすべき」と、人員の訓練、設備などを全てを負担する姿勢を見せた。

その上で李ジョンソク氏は保健医療分野での協力を「これを南北首脳会談の土台とすべき」と主張した。また「人道支援の事案としてこれを提起すべき」との方法論も展開した。

丁世鉉氏もこれに同調しながら同氏は南北首脳会談の期限を「6.15まで」とした。6月15日は2000年に史上初めて南北首脳(金大中・金正日)が会談した日だ。この時の「6.15共同宣言」は今なお韓国の北朝鮮政策の幹となっている。今年が20周年だ。

丁氏はまた、南北首脳会談が実現する場合「朝鮮半島平和プロセス第二の出発になる」とした。昨年一年間、何ら進展を見せなかった南北関係がまず動く、という見立てだ。

●懸案事項は依然として未解決

だが、文正仁氏はこうした二人の立場に同調しつつもシビアな現実について指摘した。まず、北朝鮮との非核化交渉で一歩も譲らない米国の姿勢だ。

文氏はトランプ大統領が19年2月のハノイ米朝首脳会談で「寧辺核施設の廃棄と(制裁一部解除の)相応措置を拒否した」ことを想起させた。その上で「先に核廃棄をすれば明るい未来を与えるという構造的な制約を無視できない」としながら、「北朝鮮核問題と並行して(医療支援を)進めるべき」と持論を展開した。

北朝鮮の無反応についての憂慮もあった。文正仁氏は「(北側と)電話でもつながっていないと」と南北関係が「ほぼゼロ」になっている現状を指摘した。

さらに同氏は「韓国の国民情緒を考えても次は金正恩委員長がソウルに来るべき」と課題を続けざまに挙げた。18年9月の「平壌9.19合同宣言」では金正恩氏の訪韓が明記されている。

その上で文氏は「これは本当に南北が協力すべきタイミングなので、国民情緒を考えて金正恩委員長が来るべきとすれば、理解するはずだ」と期待した。

李ジョンソク氏は、こうした懸案事項に理解を示しながら「推進力を持たなければいけない」と政府の強気の姿勢を要求した。「総選挙で国民が180議席をもたらしてくれた。謙遜も必要だがダメだったものを果敢に突破すべき」との持論だ。

一方、丁世鉉氏は「板門店ででも」と譲る姿勢も見せながら「北朝鮮を説得する機会は首脳会談しかない」と強調し、特使の派遣なども促した。

「北朝鮮の反応が大事では」と聞く司会者に「まずやってみればよい。どう反応するか悩んで徹夜する必要はない」と南北関係を主管する政府機関・統一部による強気の姿勢を求めた。

このように、韓国の積極姿勢、米国の反対、北朝鮮の冷淡な反応という、ここ一〜二年ほどの朝鮮半島情勢の構図が浮かび上がり、これ以上議論は深まらなかった。

●4月27日のメッセージがポイント

李ジョンソク氏は座談会の終盤で「新型コロナにより、朝鮮半島情勢に緊張をもたらす要素が抑制された」と述べた。その例として「本来なら既に金剛山の南側施設撤去は行われていたはずだし、米韓合同軍事訓練も自動的に中止となった」ことを挙げた。

一理ある指摘だ。文正仁氏もまた「それでも韓国政府は動いている」と雰囲気を鼓舞する発言でこれに応えた。

韓国政府は実際に、4月27日に江原道高城(コソン)郡猪津(チェジン)駅で「東海北部線推進記念式」を執り行う予定だ。同駅は東側最北端の駅にあたる。

一方で韓国政府は4月27日の『板門店宣言』2周年の記念行事について「議論されていない」という立場を崩していない。

だが現実的に、新型コロナ対策に成功し国際的な評価が高まった上に、総選挙でも与党が議席6割の大台を占めたことなど、韓国政府を取り巻く環境は良い。約2年前の平昌(ピョンチャン)五輪直後の雰囲気がわずかながらある。

座談会で3人の元老が述べたことは、韓国が朝鮮半島での平和構築において、いかに主導権を握れるかという宿願の裏返しでもあり、文在寅政権という「機会」が失われることへの焦りの発露でもある。

21日午前、金正恩氏の健康不安を報じる一報が世界を駆け巡ったことは、朝鮮半島における平和体制構築の至急性を際立たせた。まずは4月27日の文大統領のメッセージが重要となる。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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