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「ひどいにも程がある」…投開票を明日に控えた韓国総選挙を動かす‘尹錫悦はもう限界’世論の中身

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
5日、事前投票を行う尹錫悦大統領。夫人同伴でないのは異例のことだ。大統領室提供。

 韓国で300人の国会議員を「総入れ替え」する4年に一度の総選挙が明日10日に迫っている。テレビやラジオでは朝から晩まで議席予想に明け暮れ、さながら競馬中継の様相だ。  

 有権者にも熱気がある。

 与党・国民の力と最大野党・共に民主党が激しく争い続け社会問題の解決が置き去りにされる中で「政治ばなれ」が懸念されていたが、4月5日と6日に行われた事前投票では有権者全体の約3分の1にあたる31.28%が投票した。

 最終的な投票率は前回20年の66.2%を超えるという見方も増えている。そうなると野党が大勝するというのが専門家たちの専らの見立てだ。

 一方で、筆者も日本メディアの方々との接触が増えているが、その過程でどうもしっくりこない部分がある。

 それはズバリ、「野党有利」の構図への理解が足りないという疑いに他ならない。つまり、なぜ有権者の約60%が一貫して尹錫悦政権にNOを突きつけてきたのか、その核心を捉えてきれていない。

 22年5月の就任からもうすぐ丸2年を迎える尹錫悦政権は韓国社会でどう受け止められているのか。本記事では韓国メディアで多く取り上げられた尹政権の失策のうち、代表的な9つの事例を挙げてみる。

 ちょっと多すぎる気もするし、もはや投票日前日であるが急ぎ足でざっと見てみよう。これが分からない限り、今回の総選挙の熱気を理解することはできないだろう。

『韓国ギャラップ』社による歴代大統領の職務遂行への肯定評価(支持率)推移比較。
『韓国ギャラップ』社による歴代大統領の職務遂行への肯定評価(支持率)推移比較。

(キャプション続き)『韓国ギャラップ』社による歴代大統領の職務遂行への肯定評価(支持率)推移比較。○のついた紫色が尹錫悦大統領だ。横軸は1年目からの5年目までの四半期ごとに分かれている。これを見ると、尹錫悦大統領は就任後3か月からずっと30%台にあることが分かる。

(1)検察出身人士への依存

 韓国を代表するアドボカシー(政策提言)NGO『参与連帯(PSPD)』が定期的に発表している「尹錫悦政府の主要人事における検察(検事)出身者の現況」の最新版(23年11月)では、以下のような実態を記している。

・検察出身の高位公職者(長官・次官級)23名
・公共機関の役員18名
・法務部所属および法務部派遣検察67名
・国会など外部派遣検察48名
・法務部および外部派遣検察捜査官28名

 合計182人にのぼる現役および元検察、そして捜査を共にする捜査官が政権の各部署でポストを得ている。

 この事実からは3つの視点を導き出せる。

 まずは、これでは行政をうまく回すのは難しいという点だ。

 検察は法を基に被疑者を司法の場に立たせ、裁判を維持することが目的の職業で「罪の有無」を調べることがその任務となる。だが行政とは、たくさんの利害関係者や専門家の声を聞き、政策を定めそれを管理しながら進めていくものだ。検察に求められる適正では対応しきれない。

 次に、行政の現場は萎縮する他にない。

 検察が目を光らせている中で自由闊達な仕事ができるだろうか。行政の長である大統領もまた、検察総長出身である。いつどんな追及を受けるかも分からない雰囲気が公務員社会に醸成されているという声を耳にする。

 最後に、尹錫悦大統領の人事プールの偏狭さがある。

 政治家としての経験が皆無のまま大統領になったことで、信頼でき、能力のすぐれた人材をプールできておらず、勝手知ったる検察の先輩後輩を重責に据える現実がある。

 政権における検察出身者の多さから、尹政権を「検察独裁」と表現する向きもある。過去に軍出身者が要職に就いていたこととの類似性からこう言うのだろうが、私はそこまでの激しさはないと見ている。とはいえ、権威的な雰囲気が蔓延していることは確かである。続けて見ていこう。

(2)言論への圧力

 今月4日、今回の選挙を監督する機関の一つ、選挙放送審議委員会が地上波テレビ、公営放送MBCテレビのニュース番組に対し「関係者の懲戒をすべき」と決定した。7段階のうち上から二番目に高い処罰だった。

 対象となる番組は『ニュースデスク』。毎晩7時40分から放送されている同局の看板ニュースだ。

 2月27日の天気予報でPM10の濃度が1だったことを示す際に青色の1を使ったことが、最大野党・共に民主党を連想させるという理由から懲戒が決まった。

処罰対象となったニュースの画面。MBCをキャプチャ。
処罰対象となったニュースの画面。MBCをキャプチャ。

 『聯合ニュース』によると委員たちは「政治的な意図がなくとも、選挙を控える中で選挙の当事者が基準となるべき」、「選挙運動期間にメディアが伝える内容は有権者に重大な影響を与える」といった根拠を挙げている。

 なお、同委員会に提訴したのは、与党・国民の力だった。

 このニュースは韓国社会で「またMBCか」、「ついにMBCが」という二つの脈絡で受け止められた。

 「またMBCか」というのは、同局が尹錫悦政権の発足以降、政権の不祥事を事あるごとに暴き、対立を深めてきた経緯によるものだ。

 全て書くと長くなってしまうので詳細は割愛するが、22年6月に大統領専用機に大統領夫人の知人の民間人が乗っていた事実をスクープしたこと、22年9月にあった尹大統領によるバイデン大統領への「暴言」の中身(発音)をめぐる報道が代表的だ。

 事件のあらまし
 当時、訪米中の尹錫悦大統領がバイデン大統領と短い対話を交わした後、歩きながら「国会であの野郎どもが承認してくれなかったらバイデンはこっぱずかしくてたまらないな」と語った場面を、公営放送MBCをはじめ韓国の各メディアが伝えたもの。
 この時、バイデン大統領はグローバルファンドに資金供出を約束するスピーチを行っていたため、発言はバイデンを馬鹿にするものと受け止められた。
 大統領室は報道から13時間後に「バイデン」ではなく「ナルリミョン(날리면、失敗したらの意)」であったと訂正する。
 これにより尹大統領の発言は「国会で承認せず失敗したらこっぱずかしくてたまらない」へと修正された。

当時のMBCニュースの場面をキャプチャしたもの。
当時のMBCニュースの場面をキャプチャしたもの。

 さらに22年11月には、こうした一連の報道に不満を持っていた尹大統領が「ぶら下がり会見」の際に「MBCは悪意的に報道している」という意をの発言を行った際に「何が悪意的なのですか」と‘反論’し、大統領室スタッフと揉める出来事もあった。これを機に尹大統領はぶら下がり会見を止めることになった。

 このように、同局はジャーナリズムの役割を果たしてきた上で、政権に疎まれている現実がある。

 二つ目は「ついに政府がやった」という認識だ。

 前述のバイデン大統領への発言をめぐる報道に対し外交部が提訴する中、1月12日に裁判所が訂正報道命令を出し、MBCは即日控訴する出来事があった。

 これはあくまで司法の判断であったが今回、行政がMBCへの懲戒を行ったことで今後、政府からMBCへの圧力がさらに強まることが予想される。

 言論への圧力の例は他にもある。

 昨年11月には日本のNHKにあたる『KBS』の社長に極右的な思想を持つ人物が就任し、政権に批判的な報道に対し「野党に偏っていた」との認識から謝罪し、いくつかの番組のアンカーを交替させる出来事があった。

 今年4月にはニュース専門チャンネル『YTN』の社長に、やはり権威的な人物が就任し、KBSと瓜二つの行動を取っているのだが、その背景にも政府関連企業が所持していた『YTN』の株式を民間企業に売却したことが関係している。

 このように、言論の自由を妨げるような尹大統領の態度が反対世論を喚起している部分がある。

(3)南北関係と外交手腕への疑問

 南北朝鮮は現在、一切のホットライン持たないまま、互いの軍備増強に励んでいる。

 それどころか23年11月に入っては18年9月以降、南北間の軍事的緊張を和らげる効果を発揮していた『南北軍事合意書』を互いに無力化するに至り、軍事的緊張が高まっている。

 そしてこんな動きと共に、韓国社会における安全保障への不安もまた増大の一途にある。

 朝鮮半島問題をめぐる尹政権への不満は、北朝鮮との対話を全く行わない点に収斂される。過去の保守政権でさえ、北朝鮮を経済的に締め上げながらも対話を同時に進めてきた経緯がある。

 しかし尹政権は水面下の接触すら否定している。

 北朝鮮の核・ミサイル技術が進化し続ける中、抑止力の増大に励むのは当然として、緊張を緩和させるための対話は欠かせない。

 尹政権は北朝鮮との対話を公言しながらも、その実は「抑止(Deterrence)ー断念(Dissuasion)ー対話(Dialogue)」という『3D政策』、つまり北朝鮮が核・ミサイル開発を完全に放棄してこそ対話に臨むという政策にこだわり続けている。対話は最後の段階でのみ可能なのだ。

今月2日、新型ミサイル『火星16ナ』の発射実験の際に笑顔を見せる金正恩氏。朝鮮中央通信より。
今月2日、新型ミサイル『火星16ナ』の発射実験の際に笑顔を見せる金正恩氏。朝鮮中央通信より。

 それにとどまらず、南北対話・南北交流を主管すべき政府部署・統一部は今や「自由の北進政策」を掲げ、「K—カルチャー」をも動員し、金正恩体制を揺るがしにかかっている。

 このままでは遠からず南北間に小競り合いが起きるのではないかという不安が存在する。特に4月からは民間団体による北朝鮮へのビラ撒布が始まることで、懸念が現実になる可能性が高まっている。

 外交では他に、日本との関係もある。23年3月の「賠償金肩代わり」方針の決定により、尹大統領は日本で「日韓関係を正常化させた韓国大統領」として受け止められているかもしれないが、韓国内からの支持は限定的だ。

 当初、韓国政府が譲歩することで埋めた「コップの半分」の残りを日本が埋めてくれるだろうという尹政権の期待は外れたままだ。

 世論調査会社『リアルメーター』社の調査では、尹大統領を支持する最大の理由は「外交」であったが、それを選択する人は半分以下に減少している。

(4)原発に固執するエネルギー政策

 尹大統領は、原子力発電への執着を隠さない。大統領候補時代には「脱原発の白紙化、原発最強国の建設」を公約に掲げてもいた。

 現実にもその路線を歩んでいる。

 世界で未だどの国も商用化できていない小型モジュール原発(SMR)の研究開発に24年から5年間で約4500億円を投入し、24年だけで約3300億円以上の原発関連のプロジェクトを供給するとしている。

 一方で、こんな韓国政府の目論見は、世界の趨勢からは明らかに取り残されている。

 再生エネルギーへの転換が叫ばれる中、韓国の再生エネルギー比率は発電量、使用量ともにOECD37か国中ダントツの最下位となっている(各21年、19年基準)。

 さらに尹大統領は2030年の発電量における再生エネルギー目標を、文在寅政権の30.2%から21.5%へと下げた。

 こうした尹政権のエネルギー政策は「RE100(Renewable Energy 100%)」への対応の遅れという懸念を招いてる。

 「RE100」とは企業の運営に必要なエネルギーのうち、再生エネルギー比率を100%にするという取り決めのことで、アップル、マイクロソフト、グーグル、イケアといった世界的大企業が加入している。

 韓国でもSKハイニックスやサムスン電子など大企業が加入しているが、再生エネルギーへの転換速度は他企業に比べ大幅に遅れている。

 そしてその背景に、現政権の再生エネルギーへの関心の低さから来るインフラ整備の不足があるというのが専らの見方だ。つまり、韓国の主力企業の足を政府が引っ張る形になっている。

(5)税収減予算減の対策足りず

 韓国の23年の予想税収は約400兆ウォン(約44兆円)であったが、実際の税収は約56兆ウォン(約6兆1千億円)の不足だった。

 原因は景気悪化による法人税、不動産譲渡所得税、付加価値税といった税収が減少したためだ。韓国メディアによると、これにより財政の景気対応能力が減少し、23年の第四四半期においては政府支出の成長寄与度は「ゼロ」だったという。

 このように、政府が不足分を国債発行などで穴埋めせず、他から寄せ集める一方、国会で決めた予算を執行しないことで乗り切ろうとしていることが明らかになっている。そのしわ寄せの一部は地方交付税の減少や補助作業の打ち切りといった形で表れている。

 さらに尹政権は控除枠の拡大を通じた大企業の減税や規制緩和を進めており、こうした財政の不安定さへの不安が存在する。

 また、総選挙を控え、財政への不安を煽るような出来事もあった。

 韓国の著名な経済専門家が、過去5年にわたり4月第一火曜日に公開されてきた国の前年度決算資料が「今年はまだ出ていない」とSNSで指摘したのだった。

 その後、今年の決算資料は総選挙翌日の11日に公開されることが判明した。尹政権が約6兆円の「税収パンク」を国債発行もせずどうやって「処理」したのか選挙前に知られたくないのではと話題になっている。

 一連の動きは、尹錫悦政権が財政をきちんと運用できているのかという疑念を呼び起こしている。過去になかった出来事であり、不安を呼んでいる。

(6)被災者への共感能力の不足

 韓国で災害は、自然災害と社会災害(社会災難)に分けられる。前者は自然現象を原因とするものを、後者はそれ以外の理由で起きる人命や財産の喪失といった事故を指す。

 尹政権はこのいずれの対応にも失敗している。

 22年8月に首都圏を豪雨が襲った際に、ソウル市内の半地下住宅に住む3人が流れ込む雨水のために犠牲になった。

 事件後、現場を訪れた尹大統領が、半地下の家を外からのぞき込む写真が大統領室を通じ配信され、市民の公憤を買った。「まるで見世物を見るようだ」という批判だった。

事故現場をのぞき込む尹錫悦大統領。大統領室提供。
事故現場をのぞき込む尹錫悦大統領。大統領室提供。

 実際に当時、大統領室が提供した写真を見ると、大統領は階段を降り、事故現場の部屋に入っている。しかし大統領室が外からの写真を配信したことで、被災者に冷たい印象が作られた。

 さらに同年10月、ソウル市内の梨泰院(イテウォン)で起きた転倒事故の際の対応でこの印象は完全に根付いた。

 若者を中心とする159人が犠牲となった事故を防げなかったばかりか、責任究明過程において、自身の高校の後輩である行政安全部長官(安全管理の政府トップ)の肩を持つような様子を見せたのだった。

 極めつけは、事故から1年半が経つ今日まで同事故の遺族との面会を拒否し続けていることだ。

 このような態度は、庶民(この言葉は韓国で多く使われる)への共感能力が不足する人物であるとの印象を強めている。韓国の市民が最も嫌う「冷たい人物」に見えている。

ソウル市庁前広場にある、梨泰院惨事で亡くなった犠牲者を悼む焼香所。8日、筆者撮影。
ソウル市庁前広場にある、梨泰院惨事で亡くなった犠牲者を悼む焼香所。8日、筆者撮影。

(7)庶民生活の悪化と「長ネギ事件」

 韓国メディアにはとかく、景気が悪いという記事が掲載される。ウクライナ戦争による様々な原価の高騰や、米国の高金利に引きずられる形での金利上昇(現在は3.5%)などにより、庶民の暮らしが圧迫されているというものだ。

 特に物価高が最も話題となっている。22年7月には、前年比の消費者物価の上昇率が6%を超え、23年も年間を通じ3.6%と庶民の懐を圧迫している。

 だが政府は庶民や零細企業への支援よりも、富裕層・大企業を支援していると市民団体などは指摘し、これにより「格差の拡大につながる」と警鐘を鳴らしている。

 さらに今回の総選挙に少なくない影響を与える「ネギ事件」がある。

 世界最高のリンゴ価格など物価高がふたたび話題になった今年3月18日、尹大統領はソウル市内のスーパーに物価チェックにでかけた。

 そこで一束875ウォン(約100円)で売られている長ネギを手に取り「私も買い物を多くするので、長ネギが875ウォンならば合理的な値段と言えるのではないか」と発言したのだが、これが「物価を知らない」と社会の批判を呼んだのだった。一般的な長ネギの価格はその4〜5倍はする。

 ただ、尹大統領はこの時に、周囲の人物(農林水産食品部の長官もいた)「本当にこの値段なのか」と確認していた。「そうです」という答えを聞いて前述の発言があったため、尹大統領を「おべっか使いに囲まれている」と弁護することもできるだろう。

 そしてこの「ネギ」は今回の選挙における「ミーム」となった。ネギは「反尹錫悦」の象徴となり、あちこちに登場している。

台風の目となっている曺国(チョ・グク)『祖国革新党』代表の手にも長ネギを描いたプラカードが握られている。8日、筆者撮影。
台風の目となっている曺国(チョ・グク)『祖国革新党』代表の手にも長ネギを描いたプラカードが握られている。8日、筆者撮影。

(8)拒否権とスキャンダル

 尹錫悦政権への不満における最後のピースとしては、尹大統領の代名詞ともなっている「拒否権」と「夫人への愛(?)」が挙げられる。

 韓国の大統領には、国会で可決された法案を最終的に拒否し差し戻す「拒否権」が存在する。尹大統領は22年5月の就任後、この拒否権を9つの法案に対し行使した。

 その中には、労組のストライキに対し企業が損害賠償を青天井で要求できないようにする法案や、放送の独立を図るためのもの、そして前出の『梨泰院惨事』の真相究明を行うもの、さらに大統領夫人・金建希(キム・ゴニ)の株価操作スキャンダルを調査するための特別検察法案も含まれていた。

 拒否権の乱発は国家の改革を大統領が止めているという反発を招いている。

 これについて、韓国のある政治学者は特に夫人・金建希(キム・ゴニ)氏のスキャンダルに対する特別検察法案に拒否権を使った点に注目している。

 「民主化(87年)以降のいかなる大統領も世論の非難の前に、家族の非理(汚職、腐敗)を隠そうとする発想を持ち得なかった」というのだ。

 金泳三(キム・ヨンサム)と金大中(キム・デジュン)の息子、盧武鉉(ノ・ムヒョン)と李明博(イ・ミョンバク)の兄はいずれも、在任中に捜査を受け逮捕された。

 しかし尹大統領は違う。朴正熙(パク・チョンヒ、1961~79)大統領下の「維新独裁」や全斗煥(1980~87)大統領下の「新軍部」で可能だったようなことをやろうとしているという指摘だった。

 これは半分笑い話だが、「なぜ尹大統領はここまで夫人を守るのか」という問いがある。答えは「誰よりも愛しているから」というものだった。同じ話をそれぞれ立場が異なる数人に聞いたことがある。おそらく本当(?)なのだろう。

昨年12月、オランダを国賓訪問した際の金建希大統領夫人。その後、一度も公の場に姿を見せていない。大統領室提供。
昨年12月、オランダを国賓訪問した際の金建希大統領夫人。その後、一度も公の場に姿を見せていない。大統領室提供。

(9)市民との意思疎通の問題

 22年5月に就任した尹大統領は、22年8月の就任100日の記者会見を最後に、記者団とのしっかりとした記者会見を一度も開いていない。つまり、就任後一度しか記者会見をしていないのである。

 いわゆる「ぶら下がり会見」は22年11月まで続いたが、それは尹大統領が一方的に話す場合が多く、会見とは呼べないものだった。

 尹大統領がまるで王様のように思える時もある。国務会議(閣議に相当)での発言を生中継で流すこともあるが、あくまで一方通行のものに過ぎない。

 また今年1月にも新年記者会見の代わりに公営放送KBSとの単独インタビューを行っただけだった。これは台本通りに進み事前に編集された、インタビューとは到底呼べない代物であった。

 このため、これまで挙げてきたような重大な問題に対する質問を、メディアが大統領にぶつける場が存在しない。これこそが最も大きな問題だろう。

 今の韓国社会は、大統領がその行政権限をもって、一方的に自分の思うままの施政を行っている状況と表現できる。そしてそれを正す方法が見つからないのだ。

 この認識が「弾劾(現実には不可能だろう)」、「下野」といった強い言葉を呼び込む背景にある。

◎「見限る」心情

 長々と書いてきたが、見てきたような尹大統領、尹錫悦政権の政治について、韓国の半数以上の有権者が「これまでとは違う何か」を感じているのが現状だ。

 それは、政治の素人が大統領になったことで起きているハレーションとでも言うべきもので、「これ以上は任せておけない」という不安とも言い換えられる。約2年間見守ってきたが、良くなる気配が全くないという認識だ。

 ちなみに記事タイトルにある「ひどいにも程がある」という言葉は、8日の選挙取材現場で60代女性から聞いたものだ。

 一般的にこの世代は保守層が多いとされるが、この女性は「保守に票を入れてきた周囲の人たちも尹錫悦はダメだと言っている」と強い口調で強調していた。

 韓国社会にはびこる尹錫悦大統領を見限るような情緒が、選挙結果にどんな影響をもたらすのか。結果は明日、判明する。(了)

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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