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神童・藤井聡太、連続王手の千日手で逃れ勝つ

松本博文将棋ライター

 2019年5月9日。関西将棋会館において、王将戦一次予選・北浜健介八段(43)-藤井聡太七段(16)戦がおこなわれた。

 北浜の中飛車に対して、藤井は銀2枚を中央に押し上げる。1図は藤井リードで迎えた終盤戦である。

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 中上級者の方にはくどく感じられるかもしれないが、初心者の方にもできるだけわかっていただけるよう、天才藤井の指し手と読み筋の一端をたどってみたい。

 藤井の玉は2三の地点に、ぽつりと存在する。すぐ周りに味方の駒がいないため、一見藤井ピンチを思わせる。北浜はまず、△2一飛(2図)と王手をした。

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 縦横どこまでも利く強力な飛車(飛)での王手。藤井は何かしらの手段で、それを受けなければならない。

 もし後手玉がどこかに逃げるとすれば、4か所ほどのスペースがある。しかし、そのいずれもが詰んでしまう。

(A)△3二玉は▲2三銀という筋で詰み。△2一玉と飛車を取れば▲2二銀打まで。△3三玉と上に逃げれば▲2二飛成△2四玉▲1二銀不成(開き王手)△3五玉▲3六銀という筋で詰む。

(B)△1二玉も▲2三銀以下、ほぼ(A)と同様の筋で詰む。

(C)△3三玉は▲2四銀△3二玉▲2三飛成△3一玉▲2二銀まで。

(D)△1三玉は▲2四銀△1二玉▲2三飛成まで。

 よって玉と飛の間、2二の地点に何か駒を打つしかない。飛、角、香の王手に対して、その駒と玉の間に何らかの駒を打つことを合駒(あいごま)という。何を合駒に打つか。藤井の持ち駒は飛角銀桂歩の5種類ある。

 この5択の中では、もしかしたら正解は複数あったかもしれない。しかし、たとえば△2二飛は、はっきりと不正解。▲1一飛成と香を取られて逆転模様である。

 藤井は5択の合駒の中から銀を選び、△2二銀(3図)と打った。

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 この形もまた、怖いところだ。というのは次に▲2四銀(4図)という追撃が見えているからだ。

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 4図で△1二玉や△3二玉と逃げるのは、▲2二飛成△同玉▲2三銀打△3一玉▲2二銀打までの詰みとなる。

 よって▲2四銀は△同玉(5図)と取る一手。

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 先手は合駒の銀を取って、▲2二飛成(6図)と追撃してくる。

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 6図で△3五玉と逃げるのは▲3六銀まで。△1五玉も▲2四銀までで、後手玉は詰みとなる。

 よってここでもまた、合駒をするしかない。玉と龍(成り飛車)の間に、持ち駒の中から何を打つべきか。再び飛角銀桂歩、合駒5択の局面である。

 先ほど、4手前(2図)では正解だった銀を打つのはどうか。しかし6図で△2三銀合は▲2五銀(王手)△同馬▲同桂で逆転する。

 4手前には不正解だった飛車を合駒にするのが、今度は正解である。藤井は△2三飛(7図)と打った。

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 合駒で王手を防ぐのと同時に、2二龍取りになっているのがポイントである。今度、先手が▲2五銀と打つのは△同馬▲同桂に△2二飛と龍を取られていけない。

 では7図から▲2三同龍△同玉(参考8図)と進むとどうなるか?

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 参考8図と、ずいぶん前に示した8手前の1図とを比べていただきたい。

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 ――おわかりいただけだろうか。8手進み、その間に2回の合駒を含んでいながら、なんとまったく同じ局面に戻っている。

 藤井はこの8手1組の「連続王手の千日手」で勝ちだと読んだ。「連続王手の千日手」は禁じ手である。この手順を繰り返し、4回の同一局面が現れた時点で、王手をかけている側は負けとなる。よって、先手の北浜が手を変えなければならない。

 北浜は7図から▲1一龍と香を取った。手番を得た藤井は△3八桂成から先手玉に迫っていく。藤井玉はさらに追われはするが、3五から中段に泳ぎだし、容易には捕まらない。7図から10手進んで、9図を迎えた。

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 ――おわかりいただけるだろうか。先ほどは仕方なく合駒に打たされたと思われた2三飛が、なんと先手の2八玉をにらんで、その詰みに役立っている。

 9図からは△2七馬(大事な成り角を捨てる)▲同銀△1六桂(投了図)までで、藤井七段の勝ち。

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 投了図では2三飛が先手玉をにらんでいるため、▲1六同銀と桂を取ることはできない。▲3九玉と逃げれば、△3八銀打(▲同銀は△同銀成▲同玉△2八飛成▲4九玉△5八銀までで詰み)▲4八玉△4七銀成▲同玉△5七金▲3六玉△4七角(参考11図)までが変化の一例で、やはり詰みとなる。

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 以上、長々と書き連ねた。要するに藤井は「連続王手の千日手」で逃れるという超絶技巧を骨子とする構想を前から読み進め、実現させ、鮮やかに勝ちきった。

 前日の名人戦第3局▲佐藤天彦名人-△豊島将之八段戦では、4手1組の「連続王手の千日手」が現れている。

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 名人戦で現れた千日手のドラマ(松本博文、2019年5月8日)

 上の投了図では▲6三馬△9二玉▲7四馬△8一玉の「連続王手の千日手」を佐藤名人が打開できないため、豊島挑戦者が勝ちとなっている。

 筆者は記事に、これは奇跡的な筋であり、ごくまれにしか現れないレアケースと書いた。

 明けて本日。藤井はさらに複雑な、合駒2回を含んでの8手1組の「連続王手の千日手」を見せた。これはいったい、どういうことだろうか――。狙ってこんなミラクルを起こせるわけが・・・。えっ。いや、あるいはもしかして・・・? いやいや、さすがにそれは・・・。そんなことまで考えさせられるような一局だった。

 かくして藤井の令和最初の対局では、このような美しい棋譜が残された。

 思い返せば、羽生善治現九段は、18歳五段当時、平成最初の対局で、加藤一二三九段を相手に、将棋史に残る妙手▲5二銀を指している。

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 羽生善治と藤井聡太。将棋史を代表する両天才のキャリアには、いくつもの共通性が見られる。

 たとえば昭和最後の新人王が羽生ならば、平成最後の新人王が藤井である。

 藤井の令和での歩みは、もしかしたら羽生の輝かしい平成での歩みを、なぞるようなものとなるのだろうか。改めてそうしたことまで考えさせられるような、令和最初の一局だった。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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