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【2022年を振り返る】世界ニュースメディア大会 「信頼感を得るにはどうするか」が課題

小林恭子ジャーナリスト
「金のペン賞」のトロフィーを掲げるスタシンスキー氏。(筆者撮影)

 (新聞通信調査会が発行する「メディア展望」11月号の筆者コラムに補足しました。)

 今年、筆者は欧州内で開催された複数のメディア会議に出席した。この中で浮上したテーマの1つが、読者のメディアに対する信頼感だ。

 日本でもこのテーマに関心を持っている方が多いのではないだろうか。

 ただ、「読者に信頼感を失わせたメディアが悪い」という論調につながっていきがちなのが残念だ。

 取材方法やジャーナリズムの立ち位置に疑問を投げかけたり、批判したりすること自体は問題ないと思うものの、少し広い文脈で「メディアと信頼感」を考えてみることが必要ではないかと思うからだ。

 まず、メディアの消費環境が以前とは大きく変わっている。

 インターネットのおかげで、私たちはこれまでよりも幅広い情報・論考にアクセスできるようになった。既存メディアだけが情報を独占していた時代は終わっている。「xx新聞はこう言った」が、「ネットで検索したら、違っていた」ことがあり得る。検証がより可能になった。

 ほかの情報源が拡大し、もう1つの(あるいは多くの)視点を目にすることができるようになった。相対的にマスメディアの情報源としての地位が低下している。

 今や、「メディアがこう思う・こう書くのだから、こうなのだ」という論理は、通用しない。そのような姿勢で情報を伝えれば、反感を醸成するだけだ。

 マスメディアだけに頼らない姿勢を持つことは重要だ。読者・市民としては、マスメディアが生み出す情報・論考に対して、淡々と付き合っていくべきではないだろうか。必要以上に持ち上げず、かつ「マスメディア=悪」ともとらえずに。

 前置きはこれぐらいにして、大会の様子をご紹介したい。

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スペイン・サラゴサに1000人超が結集

 スペイン北東部サラゴサで、9月28日から30日まで、世界ニュース発行者協会(WAN-IFRA)主催の第73回世界ニュースメディア大会が開催された。

 1年に一度開催される同大会は、2020年以降、新型コロナの感染拡大によってバーチャル会議となっていた。19年の英スコットランド・グラスゴー大会以来、参加者が直接顔を合わせるのは今回が初めてだ。

 WAN-IFRAは世界120カ国の3000を超える新聞社、テクノロジー企業、メディア関連業が会員となる組織で、ニュース業界の研究及びサービスの発展を目的とする。本部はドイツ・フランクフルトとフランス・パリ。サラゴサ大会には75カ国から報道記者として参加した筆者を含む約1000人が集まった。

信頼感を確実にするために

 今年の大会で筆者の印象に強く残ったテーマが「ジャーナリズムの信頼感」であった。複数のセッションで、読者との信頼感の築き方についての議論があった。

 大会初日のセッション「なぜ信頼感が差し迫った問題なのか、どうやって信頼感を獲得するのか」がその一例だった。

 司会を担当したのは米慈善組織「トラスト・プロジェクト」の代表サリー・リーマン氏。

 様々な情報が飛び交うようになった今、情報の受け手は何を信頼したらいいのか分からなくなっている。そこで、ニュース報道に透明性を高めるための8つの指標を取り入れ、読者から信頼感を得るようにするのがこのプロジェクトの狙いだ。

 リーマン氏が中心となって考案した「トラスト・プロジェクト」に参加するニュース組織はプロジェクトの一員となるまでに審査を受け、報道が指標を維持しているかどうかを不定期にチェックされる。

 8つの指標とは読者から見て

①「ベスト・プラクティス」が実行されているか(運営資金やそのミッションが明確か、高い編集基準や道徳観を基に取材が行われているか)

②ジャーナリストに専門性があるか(どんな人が書いているか)

③記事の区分けが明確か(論説と広告の区別が示されているか)

④情報源が示されているか

⑤多様な意見を反映しているか

⑥手法は妥当か(なぜこのトピックを優先しているのか、正当な取材過程を経ているか)

⑦地元の声を出しているか(記者が該当コミュニティを知っているか、現場で取材・報道が行われているか)

⑧フィードバックの機会が設けられているか。

 ペルーのエル・コメルシオ紙は2年前からこのプロジェクトに参加している。

 同紙のアウレリオ・アレヴァロ編集長によると、導入までには「半年以上かかった」が、「恩恵は大きい」という。

 プロジェクトに参加すると、記事には信頼(Trust)を示す「T」というマークが付く。読者はこれを見て安心して記事を読むことができる。編集室にもプロジェクトが浸透しており、ある原稿をサイトに出そうとしたとき、「待ってほしい。まだ8つの指標を満たしていない」と編集部員が止めたこともあるという。

左からアレヴァロ編集長、隣がリーマン氏(筆者撮影)
左からアレヴァロ編集長、隣がリーマン氏(筆者撮影)

 ウェブサイト上に掲載する記事をどこまで「有料の壁」に入れるべきかに悩んでいる声も何度か聞いた。

 解決策の1つが示されたのが、カナダのデータ会社「Sophi(ソフィー)」が開発したAIによる記事の選別を紹介したセッション(9月29日)だった。

 このソフトを導入した南アフリカのニュースサイト「ニュース24」のエイドリアン・バッソン編集長は、「質の高い記事や有料購読者になりやすい記事をソフトが選別する」ため、これを利用して無料閲読者を購読者に転換される比率を上昇させたという。

向かって右が「ニュース24」のバッソン編集長(WAN-IFRA Flickr より)
向かって右が「ニュース24」のバッソン編集長(WAN-IFRA Flickr より)

世界プレス・トレンド

 WAN-IFRAによるニュースメディア大会の目玉の1つが、世界の新聞界の動向を示す報告書「世界プレス・トレンド」である。最新版(2022-23年)の全容は数か月以内に公表予定だが、大会ではそのハイライトが紹介された。

 62カ国の幹部167人を対象にした調査によると、今後1年で経営状態が好転すると答えた人は約半数で、前年の80%よりは後退した。電子版の購読者収入は前年比で16%増、紙版の新聞からの収入は下落傾向が続く。しかし、全体で見ると電子版からの収入(約30%)よりも紙版からの収入(約56%)が大きい傾向は変わっていない。

「金のペン賞」はポーランド紙に

 WAN-IFRAは毎年、報道の自由に寄与したジャーナリストや団体に「自由のための金のペン賞」を贈っている。今年の受賞者はポーランドのリベラル系大手紙「ガゼタ・ヴィボルチャ(「選挙新聞」の意味」)」とその財団だった。

 同紙は1989年5月、「連帯なしに自由はない」というモットーの下、自主管理労組「連帯」の機関誌として創刊された。政府の支配下に置かれていない、初の合法な新聞の誕生だった。同年6月の総選挙後、9月、旧ソ連圏で最初の非社会主義政権が生まれる。

 現在、ポーランド、ハンガリー、チェコ、ブルガリアなど東欧の複数の国では、政治的利権や既得権ビジネスによる「メディアキャプチャー」という現象が発生している。政府、政治家、大企業、富豪などが政治や財力などを用いて自分たちに都合が良いようにメディアの言論空間を牛耳っている。

 2015年から政権を担当するポーランドの愛国主義的政党「法と正義(PiS)」はメディア統制・支配を強化しており、政権に批判的なメディアや独立系メディアは突然の閉鎖、政府寄りの新興財閥の所有者による編集権の介入、公的情報へのアクセス制限などに直面する。鋭い政権批判で知られる独立系メディアのガゼタ・ヴィボルチャ紙は、政府から100を超える案件で訴えられている。

 今年2月末のロシアによるウクライナへの軍事侵攻後、同紙はウクライナのジャーナリストたちへの様々な支援も提供してきた。

 ガゼタ・ヴィボルチャ紙の元副編集長で現在は財団の特別メディア・-アドバイザー、ピオトロ・スタシンスキー氏は受賞演説でこう述べた。「PiS政権下のポーランドでは、報道の自由が大きく損なわれている。自由で独立したメディア組織を委縮させている」。しかし、「受賞は私たちのこれからの活動を支えてくれるだろう」。

 10月、筆者はガゼタ・ヴィボルチャ紙を訪ね、現状を聞いた。次回、ご紹介したい。

 次回の世界ニュースメディア大会は来年6月、台湾北部にある台湾最大の都市台北で開催される。

ゴヤ美術館

ゴヤ美術館のウェブサイトよりキャプチャー
ゴヤ美術館のウェブサイトよりキャプチャー

 大会の報告は以上だが、サラゴサの著名アーチストといえば、ゴヤ(1746-1828年)である。筆者が宿泊したホテルの近くにはゴヤ美術館があり、ほかの報道記者とともに訪れた。

 特に筆者の目を引いたのが版画集の『戦争の惨禍』だった。ウクライナ戦争や第2次大戦などをほうふつとさせた。ご関心がある方は、訪問をお勧めしたい。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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