南米王者に惜敗も、確かな手応えを掴んだなでしこジャパン。次の相手は世界王者
【ブラジルが見せた勝負強さ】
アメリカで行われている4か国対抗戦「SheBelieves Cup」に参戦中のなでしこジャパン(日本女子代表)は、2月16日の初戦でFIFAランク9位のブラジルと対戦し、0-1で敗れた。
日本はボール支配率(51%)でも、シュート数(日本13、ブラジル9)でもブラジルを上回ったが、再三のチャンスを生かすことができなかった。
決勝ゴールを決めたブラジル女子代表のFWデビーニャは、アメリカ女子プロリーグ(NWSL)でプレーする人気選手。そのゴールをアシストしたのは、同国の女子サッカーを20年以上にわたって牽引してきたレジェンド、FWマルタだ。マルタはこの試合会場を本拠地とするオーランド・プライドでプレーしており、スタンドは彼女の活躍を見にきた地元ファンもいた。
そして、ブラジルのピア・スンダーゲ監督は、スターを最高のタイミングでピッチに送り出した。68分にマルタが途中出場すると、スタンドは割れんばかりの拍手と歓声に包まれ、日本が優位に進めていた試合の空気が一変。
ゴールが決まったのは、その3分後のことだ。マルタが左サイドでボールを持ち、対峙するDF三宅史織(I神戸)の足の間にクロスを送ると、デビーニャが走り込んで合わせた。
一つのチャンスを仕留める勝負強さに、南米王者の貫禄が感じられた。
内容的には勝つチャンスが十分あっただけに、試合後、日本の守備を司る2人の顔には困惑に近い表情が浮かんでいた。
「この内容で勝ち点1もとれないというのは……チームとして、本当にふがいない結果です」
キャプテンのDF熊谷紗希(バイエルン)は、第一声でそう切り出した。右サイドで再三チャンスを作り出していたDF清水梨紗(ウェストハム)も「主導権を持っていいシーンも作りましたが、ああいう、1、2本のチャンスで決められてしまう。歯痒い結果です」と、もどかしさを口にした。
日本はスペースの奪い合いで優位に立つ場面が多く、南米特有のテクニックやスピードを、そこまで脅威に感じさせなかった。池田太監督は昨年末以降、オプションとしてトライしている3バックを今大会でも採用。最終ラインと中盤は海外組が軸となり、今回は現地での集合からわずか2日の準備期間だったが、コミュニケーションの密度を高め、試合では個々の対応力も光った。4-4-2のブラジルに対して3-4-3の日本がポジションのミスマッチを生かし、ポジションで優位に立てたことも大きい。
日本が作り出したチャンスの中で、ゴールを予感させるシーンは4回あった。
一つ目は37分。左のウイングバックのMF杉田妃和(ポートランド)がエリア内にカットインしてクロスを入れ、逆サイドから清水が走り込んだ。相手GKとDFのギャップをうまくついたが、わずかに合わず。もう1人ゴール前に入っていれば、確実に1点モノのシーンだった。
63分には、MF長谷川唯(マンチェスター・シティ)が左サイドに長いパスを通してFW遠藤純(エンジェル・シティ)を走らせ、中央に走り込んだMF藤野あおば(東京NB)がFW浜野まいか(ハンマルビーIF)とのワンツーからゴールを脅かした。ブラジル顔負けのダイナミックな攻撃に目を見張ったが、ラストパスが合わない。
そして、リードを許した後の80分。浜野が相手を深い位置まで追ってボールを奪い、中央から走り込んだFW小林里歌子がフリーで合わせたシーンも決定的だったが、シュートは無常にもクロスバーを越えていった。
また、82分には藤野がドリブルで中央を突破し、エリア内右で受けた浜野が右足一閃。強烈なシュートがゴールを襲ったが、クロスバーに嫌われた。
【収穫は守備面の積み上げ】
昨年11月のヨーロッパ遠征でイングランドとスペインに敗れた日本は、これで3連敗。いずれも格上の強豪国とはいえ、3試合で1点も取れていない。
この試合は決定的なシーンを作ることができたが、枠内シュートはわずか「1」。逆に、ブラジルは日本の守備を崩しきる場面はほとんどなかったが、枠内シュートは「5」を記録した。一見、難しそうに見える距離や体勢でも足を振って「枠を捉える力」は、世界との差を感じる部分だ。
池田監督は、「シュートまでのタイミングとスピード感、リズムは研ぎ澄ませていかないといけない」と、決定力不足に頭を悩ませる。エースのFW岩渕真奈がピッチに立てば何かが変わりそうな予感もしたが、この試合での出場はなかった。
ボランチで攻守を司る長谷川は、課題をこう指摘した。
「ゴール前の迫力は相手が上で、少ない人数で攻めてきても迫力がありました。日本ももっと、ミドルシュートやゴールに迫るプレーを増やさなければいけないと思います」
また、清水が「もっとクロスの質を上げていかなければいけない」と語ったように、強豪相手に単純なクロスが通用しないことも、浮き彫りになった課題だ。
ワールドカップまで5カ月。向き合うべきテーマは明確になってきたが、悲観している暇はない。
細部に目を向ければ、収穫も多い一戦だった。最大の成果は、オプションとしてトライし始めた3バックの戦い方が安定してきたことだろう。守備のスイッチの入れ方やマークの掴み方、スペースの見つけ方など、共通認識が深まっていることが感じられた。4失点した昨年末のイングランド戦で出た課題が貴重な教材となっているようだ。
この試合では、これまで取り組んできたハイプレスではなく、守備のスタート位置を下げてコンパクトなブロックを敷く守り方でブラジルに対抗し、カウンターの脅威を半減させた。
「中盤のゾーンでコンパクトにしてから奪うという守備のスタイルの積み上げ、バリエーションを増やせたところはこのゲームで唯一の収穫でした」と池田監督は振り返る。
守備が安定したことで、攻撃も徐々にリズムを掴んだ。複数のポジションをこなせる選手が多いため、中盤や前線で流動性が生まれやすいのも3バックのメリットだ。
「立ち位置で優位に立って、ボランチやサイドのスペースをうまく使えたところは、3バックをやり始めてからこの試合が一番良かったと思います」と手応えを語ったのは清水。長谷川も、「相手が4-4-2だったのでボールを持てるなと感じましたし、立ち位置も良く、特に前半は多くのチャンスを作ることができました」と、内容について一定の収穫を口にした。
個人に目を向けると、得点にこそ結びつかなかったものの、19歳の藤野と18歳の浜野がフレッシュな存在感を見せた。
10月以降、代表でメキメキと存在感を増している藤野は、前線に欠かせない存在となりつつある。
41分のシーンでは、会場を沸かせた。カウンターのチャンスでボールを受けると、右サイドをドリブルで直進。スピードの緩急を生かして、対峙する相手を完全に振り切った。他にも、深い位置までドリブルで運んでラストパスを味方に通すシーンがいくつかあり、ブラジルの選手が手を焼いていた。得点力不足の理由について、藤野は「打てるところでパスを選択してしまったり、最初の選択肢としてシュートが出てこないところが(得点力不足の)原因になっていると思います」と冷静に分析した。代表初ゴールもそう遠くはなさそうだ。
また、スウェーデンのクラブに移籍後、初の代表招集となった浜野もコンディションの良さを感じさせた。56分に投入され、終盤に攻守で決定的なチャンスを1度ずつ演出。「海外で相手のリーチの長さを経験して、なんとなくここから相手の足が出てくるだろうな、と反射的に避けられるようになったと思います」と話し、この数カ月間で成長の跡を感じさせた。運動量が豊富でスピードがあり、流れを変えるジョーカーになる可能性はある。
【次の相手は世界女王アメリカ】
なでしこジャパンは、中2日で19日(日本時間20日)に、世界ランク1位のアメリカと対戦する。同国はワールドカップ2連覇中で、日本とブラジル戦の後に行われた初戦で東京五輪覇者のカナダと対戦し、2-0で勝利した。
アメリカは日本戦ではターンオーバーしてくる可能性もあるが、ホームの大歓声を前に、全力で勝ちにくるだろう。
アメリカは4-3-3で、ピッチを広く使って縦に速い攻撃を仕掛けてくる。日本にとってあまり相性の良くないフォーメーションだ。長谷川は、「自分たちがボールを持てなかったときに、3バックを機能させられるか」を課題に挙げ、試合中に修正して対応したいと語った。厳しい戦いが予想されるが、積み上げてきたものをぶつけて、ゴールへの突破口を見つけたい。
今大会が日本でテレビ放送やインターネット配信されず、世界女王との試合を多くの日本人が見られないことはとても残念だ。サポーターやファンだけでなく、なでしこジャパンの歴史を築いてきた元代表選手たちからも、日本サッカー協会に対して厳しい意見が寄せられていると聞いた。
ブラジル戦が行われたスタジアムには、その後のアメリカとカナダの試合を見ようと、小さい女の子たちがスタジアムに詰めかけていた。家族連れや老夫婦、カップルなど、さまざまな層のサポーターがいた。試合前の入場時や、ゴールが決まるたびに花火が打ち上がり、照明による演出もあって、非日常を体験できる。
ファインプレーには惜しみない大歓声が送られ、観客は満足そうな表情で帰っていった。スポーツを観戦する文化が根付いていることや、アメリカ代表の強さも同国の女子サッカー人気を支える大きな要因だが、それだけではない。
試合のプロモーションやチケッティング、スタジアムの演出なども、競技の発展を支えている。そこにも手を抜かないのがアメリカのすごさだ。
現地では、次の試合もチケットが完売していると聞いた。
満員のスタジアムで世界女王に挑むなでしこジャパンが、人気低迷を打破するような試合を見せてくれることに期待している。
*表記のない写真は筆者撮影