新型コロナの「検査陽性率」はどのように解釈すれば良いか
新型コロナの流行を防ぐために必要な要因の一つとしてPCRをはじめとした検査体制が挙げられます。
現在、検査数が足りているのかどうかの指標の一つに「検査陽性率」があります。この「検査陽性率」はどのように解釈すれば良いのでしょうか。
中国から「5日間で1090万人にPCR検査」の報告
今月、New England Journal of Medicine誌に中国の山東省青島市で起こった新型コロナの国内症例の発生とその対応についての論文が掲載されました。
中国では10月まで2ヶ月間国内感染例がなかったとのことですが(それもすごい話です)、10月11日に3例の国内感染例が報告されました。
地元当局はすぐにアウトブレイク宣言をし、この3名の接触者の調査が行われ、濃厚接触者は隔離されました。
そこまではまあいいんですが、建国記念日の後だったということもあり青島市には旅行者が多く訪れていたということで、青島市衛生委員会は市全体を対象にしたPCRのスクリーニング検査を行うことにしたそうです。
山東省の他の都市から派遣されたチームとともに地元の病院で訓練を受けた医療スタッフが、青島市とその周辺の郊外の4090カ所に派遣され住民のPCR検査を実施したとのことです。
10月16日までに合計1090万人が検査を受け、9件の症例が見つかったそうです。
最初に3例が把握されたのが10月11日ですので、わずか5日間で1090万人のPCR検査を行ったことになります。
いやはや・・・凄まじいですね。
一応、省エネのためにプール法という方法が行われており、感染者の家族は3人、医療従事者は5人、地域住民は10人ぶんの検体をまとめて1回のPCR検査をし、陽性だったら個別に再検査することにしていたようですが、それでも少なくとも100万件以上はPCR検査を実施していることになります。
フリーザの最終形態を見てブルブル震えていたベジータの気持ちが良く分かります。
検査体制はどれくらいが望ましいか
さて、5日で1000万人という次元の違う検査体制をNEJMで中国がドヤ顔で披露している一方、我が国日本の検査体制はどうなっているのでしょうか。
厚生労働省によりますと、現在は最大87027件/日のPCR検査が可能とのことです。
中国の話を聞いた後だと少し見劣りする気はしますが、流行初期の頃と比べるとずいぶん検査体制が整備されたように思います。
では現在行われているPCR検査数は十分足りているのでしょうか?
検査が足りているのかどうかの判断指標の一つに検査陽性率があります。
この数値は、どのように解釈すればよいのか、またどれくらいの数値が理想的なのでしょうか?
検査陽性率とは?
検査陽性率は以下のように定義されます。
例えば、1日に1000人検査し100人が陽性であれば、100/1000×100=10%ということになります。
東京都新型コロナウイルス対策サイトでは、この陽性率の推移が公開されており、12月10日時点で東京都の陽性率は6.2%となっています。
しかし、東京都のどの地域でも6.2%というわけではなく、例えば練馬区のように5.9%と平均を下回っている区もあれば、新宿区のように11月時点で20%近い区もあり、同じ東京都でも地域によって陽性率には幅があることが分かります。
他の地域ではどうかといいますと、大阪府が公開している資料によると12/11時点の検査陽性率が大阪市で10.5%、大阪府全体で8.7%と東京都よりも陽性率が高いことが分かります。
同じく感染者の多い北海道では、道全体で4.7%、札幌市でも4.7%となっています。
ではこの数値をどのように解釈すればよいのでしょうか。
検査陽性率が低いほど、感染者の捕捉率が高い
第1波の際に東京都では4月14日に検査陽性率31.6%という驚異的な数値を叩き出していますが、この日の東京都での新規感染者数は141人でした。
一方、第2波の7/14も143人とほぼ同じくらいの新規感染者数が報告されていますが、この日の検査陽性率は5.8%です。
この第1波と第2波の、ほぼ同じ人数の新規患者数が報告された日を比較した場合、どちらの方が流行状況的にまずい状況でしょうか?
第1波の32%という数値は「3人に検査すれば1人陽性」という状況であり、(同じ検査前確率の集団に対してという仮定のもとで)もう100件検査すればさらに32人の感染者が見つかります。
一方、第2波の6%という数値は「17人に検査すれば1人陽性」という状況であり、同様にもう100件検査しても新たに陽性となるのは6人です。
つまり、第1波では検査数が追いついておらず、実際の感染者のうちに診断できていたのはごく一部であったのに対し、第2波ではもう少し実際の感染者の全体像を捉えられていたものと考えられます。
このように検査陽性率は、高ければ高いほど見逃している症例が多く、低ければ低いほど捕捉率が高いということになります。
どのような集団を検査対象にするのかも大事
この検査陽性率の議論をする上で大事なのは「どのような集団を対象に検査が行われているか」です。
例えば、東京都の検査陽性率が6.2%というのは「現在、都民の6.2%が感染している」というわけではありません。
検査を受ける人は、検査を受ける時点では一般の人よりも「新型コロナの可能性が高い」のであり(これを検査前確率が高いと言います)、こうした蓋然性の高い人のうちの陽性率が6.2%ということになります。
東京都では現在、重症例、軽症例に加えて濃厚接触者や帰国者にも検査が行われています。
一方、第1波では重症例に優先的検査を行っていたことから、軽症例は検査が行われずに見逃されている事例も多かったものと考えられます。
このように、検査陽性率を正しく評価するためには適切な検査対象を選んでいることも重要です。
さらに、中国のように検査の十分なキャパシティがあり、かつ国内感染例がほとんどない国では、国内例が発生した時点で短期集中的に地域住民を対象にPCR検査を行うことができるというわけです。
私自身は日本とは検査キャパシティも流行状況も異なりますので、「青島市のように日本も地域住民全員にPCR検査をすべきだ」とは思いませんが(青島市も継続的にPCR検査を地域住民に行うわけではありません)、流行状況に合わせて検査数を増やせる体制は国内でも整備を進めるべきだと思います。
現在の検査陽性率は他国と比較してどうか?
検査陽性率が高い国ほど新規感染者数が多い傾向にあることは間違いなく、検査陽性率は「新型コロナがコントロールできているのかどうか」の指標になります。
では検査陽性率はどれくらいが適正か、ということですが、これは理屈からすると低ければ低いほど感染者が少ないことになりますから、低いに越したことはないでしょう。
WHO(世界保健機関)は「5%未満を維持すること」を推奨しているようです。
では現在の日本の各都市の検査陽性率は、他国と比較すると高いのか低いのかが気になります。
この図は、横軸が人口あたりの検査数、縦軸が検査陽性率を意味します。WHO推奨の5%のラインに赤線が引かれています。
右に行くほど人口当たりの検査数が多く、上に行くほど検査陽性率が高いことを意味します。
例えばアメリカは人口あたりの検査数が非常に多いですが、陽性率は10%を超えています。
一方、台湾は人口あたりの検査数は少ないものの、検査陽性率は低く保たれています。
このように、必ずしも検査数が多ければ陽性率が低いわけではなく「PCR検査をしまくれば流行は収束する」とは必ずしも言えないことが分かります。
台湾は検査数もそれほど多くないにもかかわらず新型コロナを抑制できており、これは「しっかりと適切な対象に検査し、陽性の患者を隔離し、濃厚接触者を追跡する」というプロセスが機能しているためです。
現時点の日本の各都市は、大阪府の陽性率が高く、検査数が不足している可能性があります。
一方、北海道は陽性率が5%を切っており、流行のピークが過ぎていることを示唆します。
「検査陽性率が高い→検査を増やす」だけでは不十分
結論として、検査陽性率は「実際の感染者と比べて検査数が足りているのか」「新型コロナがコントロールできているのか」の指標の一つとなると言えます。
検査陽性率が高くなればなるほど、感染が広がり危険な状況であり、検査数が足りていないことを意味します。
図のように新規感染者数が少なく抑えられている国では検査陽性率は低い傾向にあります。
しかし、PCR検査をすればいいというものではなく、一番大事なのは「しっかりと診断し、患者を隔離し、濃厚接触者を追跡する」というプロセスですので、この数値を参考に検査数を調整しつつ、それ以外の対策も行っていくことが重要です。
検査数を増やすための検査体制の整備だけでなく、診断、隔離をするための医療機関や医療従事者、療養ホテルの確保、接触者の追跡をしっかりと行っていくための保健所スタッフの増員を合わせて行うことが重要です。
また「PCR検査が陰性=新型コロナではない」とは必ずしも言えませんので、個人個人の結果の解釈には注意が必要ですし、陰性であれば院内の感染対策は不要というわけでもありません。