長野オリンピック日本代表クリス・ユール <第3章>ホッケー少年だった頃のように
<第2章までのあらすじ>
19歳の時に来日し、長野オリンピック日本代表のポイントゲッターとして活躍したクリス・ユール。現役引退後、2年間のブランクを経て、41歳になった今年。妻の故郷オーストリアへ移り住み、再びパックを追うようになった。しかし、サラリーももらえず、レベルが高いとは言えない南半球の国で、どうして楽しそうな表情を浮かべながら、アイスホッケーを続けているのだろうか?
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【第2章「“主夫”兼アイスホッケー選手」へのリンク】から、お読みください。
Q)オーストラリアのアイスホッケーリーグの現状を、紹介してもらいましたけれど、改善が必要な点が多いようですね?
「ボクがプレーしているメルボルン アイスのホームアリーナは、幸運なことにオーストラリアで最高の施設だけれど、他の会場は、リンクの氷がかなり悪かったり、(リンクを囲むボードの上に設置する)オーバーフェンスや、選手たちの更衣室がなかったり、観客席が数えるほどしかなかったり。
残念だけど、試合を行っているのは、市民の人たちがスケートを楽しむためのリンクばかりなんだよ」
Q)そうなんですか。きっと日本のファンの人たちも、驚いているでしょうね。他にも改善して欲しいと思うことはありますか?
「オーストラリアでは、試合時間が10分短いんだ。日本も含めて世界各国の公式ルールでは、20分のピリオド(アディショナルタイムなし。各ピリオド間にインターミッションを挟む)を3回戦って試合をするけれど、オーストラリアでは、第1ピリオドと第2ピリオドは15分で、第3ピリオドだけ、公式ルールどおり20分戦うんだよ」
Q)どうしてオーストラリアリーグは、そのようにしているのでしょう?
「リンク代などの経費を、少しでも減らしたいからなのかも? でも、オーストラリアのアイスホッケーを発展させていきたいのなら、このような点から改善していかなければならないと思うよ」
Q)日本の常識からすると考えられない話ですね(苦笑)。ところで、日本でのプレーを思い出すことはありますか?
「もちろん! 本当にたくさんの思い出があるからね。19歳で日本にやってきて、最初の試合で4ゴールを決めたこと。日本リーグの3年連続MVPを、チームメイトだった二瓶次郎(元コクドGK)に奪われてしまったこと(笑)
それから(日本製紙)クレインズに移籍してから、初めて(コクドから改称した)古巣のSEIBUプリンスラビッツを倒して、アジアリーグのチャンピオンになったこと。他にもたくさんあって、数えきれないよ!」
Q)でも一番の思い出は、長野オリンピックではないですか?
「最高の思い出だね。初めて日本代表のジャージをもらった時、枕の上に置いて寝たこと。オリンピックの最後の試合でオーストリアに勝った時、スタンドのお客さんたちが狂喜していたこと。何年経っても絶対に忘れることはないよ」
Q)日本のファンの人たちも、あなたのことを忘れないと思いますよ。
「ボクが19歳で日本にやってきて、まだ子供だった頃から現役を引退した時まで、19年にもわたって応援してくれた、全てのファンの人たちに心から感謝しています。笑顔で声を掛けてもらったり、握手やサインを求められたりしたことは、いつまでも忘れません」
Q)最後に聞きたいのですが、これほどの素晴らしいキャリアを誇るのに、サラリーも得られない。プレーをする環境も良くない。そして、レベルも決して高くないオーストラリアで、どうしてプレーを続けているのですか?
「ボクのチームメイトたちは、アイスホッケーをプレーすること。そして試合に出場することを、心から楽しんでいる。その時間を何よりも大切にしているんだよ。
試合をしたって、お金がもらえるわけじゃない。逆にケガをしてしまうかもしれない。それでも、どんなに疲れていたって、仕事を終えてから、夜遅い時間の練習にやってくるんだ。ボクはチームメイトたちに、心からの敬意を表するよ。
そんなチームメイトたちの姿を見て、少年の頃の自分を思い出したんだ。アイスホッケーをプレーするのが大好きで、試合に出られるのが、何よりもうれしかった頃を。だから、オーストラリアでプレーするのが決まった時、日本でずっとつけていた「75」じゃなくて、背番号「9」を選んだんだよ。ただアイスホッケーだけを愛し続けた少年の頃に、つけていた背番号だからね」
ユールが所属するメルボルン アイスは、ここまでオーストラリアリーグのトップに立ち、いち早くプレーオフの出場権を手にした。上位4チームが出場するプレーオフは、今月末の週末(27,28日)に、トップ4による一発勝負のトーナメントで争われる。4年ぶりのチャンピオンを目指すメルボルン アイスにとって、最年長選手のユールが積み重ねてきた経験は、きっと大きなプラスになるだろう。
来日1年目に、いきなり日本リーグのチャンピオンになったのに続いて、移籍1年目にも、アジアリーグのチャンピオンに輝いたユールは、ホッケー少年だった頃に戻ってパックを追い求め、復帰1年目の今季もチャンピオンを目指す!
▼取材協力:日本製紙クレインズ 山口要氏