デンマークはなぜユニコーンの流出を止められないのか? 北欧のイノベーション課題に迫る
先進的なイノベーションや政策のイメージがあるかもしれない北欧諸国だが、デンマークは独自の課題を抱えている。
例えば、起業する人は多いのに、評価額が10億ドル以上の未上場のスタートアップ企業「ユニコーン」に成長すると、企業はデンマークを去る傾向がある。
- デンマークでは人口1人当たり2.0ユニコーン(100万人)が誕生。これは英国(1.8)やフィンランド(1.3)よりも高い
- デンマークでは人口1人当たり7.7社(100万人)のユニコーンが誕生。これはノルウェー(6.7)、スウェーデン(7.2)、フィンランド(4.5)よりも高い
↓
- スウェーデンでは合計31社のユニコーンが設立されているのに対し、デンマークではわずか12社
- デンマークで創業したユニコーン12社のうち8社が、本社を国外に移転する
- ユニコーンの67%がデンマークから移転しているのに対し、スウェーデンから移転したのはわずか6%
『DENMARK: A UNICORN FACTORY 2024. But Why Do They Leave?』報告書より
デンマークのスタートアップの祭典TechBBQの記者会見を聞いていると、この謎を解明するヒントがあった。
デンマークの課題
- デンマークで設立されたユニコーン企業の67%が国外に移転している。これは規制、税制の魅力、アクセスしやすい資金調達などの要因が関与している
- 資金調達の困難さ → デンマークには発展途上の資本市場があり、特にプライベート投資や上場企業に対する税制が投資を難しくしている
- デンマークには必要なスキルを持った地元および外国のタレントへのアクセスが不足している。特にITエンジニアリングやセールスの分野での人材確保が難しい
- デンマークでは起業家精神の教育が不十分であり、学生や若い世代が起業を選択肢として考えることが少ない
- スタートアップにとって、規制や行政手続きが煩雑で、迅速な成長を妨げている
デンマークの可能性
- 新しいユニコーンの台頭 → デンマークには、今後ユニコーンに成長する可能性のある「ライジング・ユニコーン」が多数存在している。人口100万人あたり7.7社と、他の北欧諸国と比較して高い数字を示している
- デンマーク政府は、スタートアップの成長を支援するための新しいイニシアチブを導入しており、さらなる規制緩和や投資の促進が期待されている
- デジタルツールとAIがデンマークのイノベーション、起業家精神、輸出を新しいレベルに引き上げる可能性がある
- 2013~2023年にかけての北欧企業やVCファンドへの日本のVC投資は163件確認されており、他の東アジアのVC投資を合わせると、日本は新北欧地域で最も積極的な投資国となっている
- 日本などの国際的な投資家との連携を強化することで、さらなる資金調達と市場拡大の機会を得ることができる
デンマークは、これからどうしていけばいいのか
- 地元および外国のタレントへのアクセスを改善し、特に女性の技術者の参入障壁を下げるための取り組みを加速させる必要がある
- 資本利得税の引き下げやIPO(新規公開株式)に有利な条件を整備し、デンマーク内での資金調達をより魅力的にする
- 起業家精神を促進するための教育を早期段階から導入し、大学や公的機関との連携を強化する
- スタートアップの成長を妨げないように、規制の簡素化と行政手続きの負担軽減を進める
- シリコンバレーのような国際的な投資エコシステムとのパートナーシップを築き、デンマークのスタートアップのグローバルな魅力を高める
- デンマーク国内の公的機関が新しいテクノロジーの導入とテストを行いやすくする環境を整える
デンマーク政府の対策
- デンマーク政府は、規制を緩和し、EUの規制の削減を求める努力を続け、スタートアップ環境をより魅力的にするための措置を講じている
- 資本利得税の引き下げやIPOに有利な条件を整備することで、デンマーク内での資金調達をより魅力的にする取り組みを行っている
- ATP(デンマーク年金基金)などの大手投資家に対し、国内のスタートアップへの投資を促進するための対話を進めている
- スタートアップ環境と研究開発および大学の連携を強化し、イノベーションの促進を目指す。また、バイオイノベーションやエネルギー効率などの分野で、公的資金を使って工場・試験施設を建設し、企業が迅速に製品を市場に投入できるよう支援する
このような取り組みを通じて、デンマークは強力なイノベーションエコシステムを構築し、世界的な競争力を持つスタートアップを育成・維持することが期待される。
執筆後記
それにしても、記者会見に出席していて、デンマークの自虐的な国民性は相変わらず健在だと感じた。
日本企業が北欧市場に積極的に投資をしていること、デンマークでは起業率が高いことなど、プラスなイメージを国際メディアが来る記者会見で発表するのは自然だろう。しかし、昨年に引き続き、「なぜユニコーンはデンマークを去るのか?」という題名でわざわざ報告書を準備して、記者会見までするのは、正直なデンマークらしい。
拡大を続けるアメリカや中国との間で挑戦しなければならない、欧州の小さな国デンマークの様々な現状を「憂鬱になりますね!」と、司会者が大勢の前で大臣に対して突っ込むのも、この国ならではだ。
いいところだけではなく、今は何を内省して、いかに課題解決しようとしているのか、北欧ならではの「透明性」の文化をまさに体現していると、好ましく感じるのだった。
参照
- 『DENMARK: A UNICORN FACTORY 2024. But Why Do They Leave?』報告書 (Danish Chamber of Commerce)
- 『Japanese VC in the New Nordics』報告書 (Nordic Asian Venture Alliance)
- 『Corporate-startup collaboration: Potential and Opportunities for Innovation in Denmark』報告書 (Dansk Industri, The Link)