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中国は南沙諸島の要塞化を中止せよ 海と空の自由守る日米同盟

木村正人在英国際ジャーナリスト

一体化した日米

中谷元防衛相が30日、シンガポールで開かれている英シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)主催のアジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)で演説した。

中谷防衛相はまずアジア太平洋の平和と安定を維持するために不可欠な3原則を掲げた。

(1)国際法に基づいて、それぞれの権益を主張する

(2)主張を実現させるために武力や威嚇を用いない

(3)平和的手段によって(領有権)争いの解決を試みる

しかし平和と安全のための3原則を守らない国がいる。「サラミソーセージ薄切り戦略」で少しずつだが、着実に南シナ海で既成事実を積み重ねる中国である。

「非常に残念なことに今この瞬間においても、南シナ海で大規模な埋め立てや港湾・滑走路の建設が急ピッチで進められている。東シナ海でも現状変更を試みる動きがある。日本を含め地域の国々はこうした行動を懸念している」

中国が滑走路を建設する南沙諸島・ファイアリークロス礁(IHS提供)
中国が滑走路を建設する南沙諸島・ファイアリークロス礁(IHS提供)

名指しこそ避けた中谷防衛相は「圧力でなく、対等の立場から協力して未来を切り開く責任が私たちにはある。中国を含むすべての国々が責任あるパワーとして振る舞うことを日本は期待している」と中国に3原則を守るよう求めた。

「足ることを知れば辱められず。止まることを知ればあやうからず」(中国の思想家、老子)。中谷防衛相は老子の言葉を借りて、中国の自制を求めた。

積極的平和主義の3つの柱

中谷防衛相によると、安倍晋三首相が掲げる「積極的平和主義」の3つの柱は(1)日米同盟(2)過去の反省を踏まえた日本の取り組み(3)アジア太平洋の国々との安全保障協力――だ。

(1)日米同盟

日米両政府は4月27日、防衛協力のための指針(ガイドライン)を改定した。これはアジア太平洋とその地域を越えて平和と安定をより確実にするために日米協力をさらに深化させるものだ。

海上自衛隊と米海軍の艦船はすでに昨年10月から約1カ月間、南シナ海を共同航行した。さらに南シナ海で共同訓練も実施している。地域の平和と安定のための日米協力は今後も続けられる。

(2)過去の反省を踏まえた日本の取り組み

中谷防衛相は「日本は第二次大戦後、戦争に対する深い反省とともに歩みを進めてきた。わが国の行動がアジア諸国の人々に苦痛を与えた事実から日本が目をそむけることはない。安倍政権も歴代政権と同じ立場を踏襲している」と日本政府の歴史認識を説明した。

現在、国会で審議している安全保障法制についても、「日本国憲法下の平和国家としての歩みを変えるものではない」と強調した。

(3)アジア太平洋の国々との協力

中谷防衛相はシャングリラ・ダイアローグの名前にちなんでアジア太平洋での「シャングリラ・ダイアローグ・イニシアチブ(SDI)」を提唱している。SDIも3つの柱からなる。

(イ)アジア太平洋での海の航行や空の飛行について共通したルールや法律を幅広く促進する

(ロ)海と空の安全を確立する

(ハ)災害への対応能力を向上させる

中谷防衛相は日本自身の努力と日米同盟の深化に加え、東南アジア諸国連合(ASEAN)、オーストラリア、インド、韓国、欧州との協力を深めると演説を締めくくった。中国の名前はない。「(中国との)対話の窓口は開いている」というものの、対中包囲網の構築を宣言したも同然だ。

転換した米国の対中外交

米国のカーター国防長官も30日、シャングリラ・ダイアローグでの講演で9回も南シナ海に言及し、中国に対して非妥協的な姿勢を見せた。

「南シナ海・南沙(英語名スプラトリー)諸島ではベトナムが48の、フィリピンが8、マレーシアが5、台湾が1つの前哨基地を持っている。それよりもっとすごい国がある。中国だ」

「中国はわずか1年半の間に2千エーカー(8平方キロメートル、東京ドーム173個分)を埋め立てた。他の当事国・地域のそれを合わせたよりも広大だ。中国がこの先、どれぐらい埋め立てるつもりなのかまったく分からない。こうした動きが南シナ海の緊張を高めている」

カーター長官は、中国が進める南沙諸島の埋め立てと軍事要塞化に強い懸念を抱いていることを強調した。太平洋諸国、貿易国、国際社会の一員として、米国にはこの問題に関与する権利があると表明し、3つの要求を掲げた。

(1)領有権争いの平和的解決

当事国はいずれも即刻、埋め立てを中止する。領有権争いがある地域のさらなる軍事要塞化に反対する。米国は、ASEANと中国が今年中に領有権争いのある地域での行動基準を定めるよう促す。武力を背景にした威嚇には反対する。

(2)航海の自由、飛行の自由の確保

米国はこれまで世界中で行ってきた通り、国際法と基準に則って飛行し、航海し、作戦を展開する。これはすべての国に認められた権利だ。水面下の岩礁を埋め立てたからと言って主権は認められず、航海や飛行の自由を妨げることはできない。

(3)地域安全保障の話し合いを

中国はアジア太平洋の安全保障を守る国際法や国際的な基準を破っている。東アジアサミットから先進7カ国(G7)まであらゆる機会を使ってアジア太平洋の安全保障について話し合いを進める。

米国が心変わりした理由

東シナ海や南シナ海で傍若無人に振る舞う中国に対して米国は見て見ぬふりをしてきた。中国が最大の米国債保有者で、中国との経済関係を重視してきたためだ。対中関係を最優先する米国に対し、日本やフィリピンなど米国の同盟国が不満を募らせてきた。

「尖閣防衛義務」を初めて明言した昨年4月のオバマ米大統領の来日、日本の首相として初めて米議会上下両院会議で演説した今年4月の安倍首相の訪米を経て、中国の横暴を放置しないという日米両政府の基本方針がはっきりしてきた。

欧州では中国の振る舞いに目をつぶり経済関係を優先させようという空気がまだ強いだけに、極めて効果的なメッセージになる。

米財務省が先月発表した国際資本統計で、日本の米国債保有額が世界金融危機の2008年8月以来6年半ぶりに中国を抜いて首位になった。日本の保有額は1兆2244億ドル、中国は1兆2237億ドル。中国の米国離れも背景にはある。

南シナ海は年間5兆ドル規模の貨物が行き交うシーレーンの要衝だ。水面下の岩礁を埋め立てて主権を主張、他国の航海や飛行の自由を制限する手口がまかり通ったら、国際秩序は一気に崩壊する。

来年に迫る米大統領選も影響しているとは言え、米国は中国が企てる現状変更に深刻な危惧を抱いている。米国防総省のウォーレン報道部長は、中国が南沙諸島の人工島に兵器を持ち込んだと発表。ベトナムが領有権を主張する近くの島を射程に収める大砲だ。

南沙諸島のファイアリークロス礁では全長3千メートルの滑走路のうち幅53メートル、長さ503メートルが完成。スビ礁も全長3300メートルの滑走路をつくることができる人工島が姿を現した。

米軍の哨戒機P8-Aポセイドン(米海軍HPより)
米軍の哨戒機P8-Aポセイドン(米海軍HPより)

米海軍の哨戒機P8-Aポセイドンがファイアリークロス礁や、ミスチーフ礁の上空1万5千フィート(4572メートル)を飛行。南沙諸島の海域をパトロールしていた米海軍の最新鋭沿岸海域戦闘艦(LCS)が中国海軍のミサイル・フリゲート艦に何度も追跡されている。

米国は東南アジア各国に対し最大4億2500万ドルを支援して海洋安全保障を強化する方針だ。米中協調は安全保障をめぐる対決構造に一変した。

南シナ海も重要影響事態の対象に?

安倍首相は28日の衆院平和安全法制特別委員会で、米軍への後方支援が可能となる「重要影響事態」の活動地域について、「個別具体的なことを言うのは差し控えたいが、南シナ海である国が埋め立てをしている」と答弁した。

「様々な出来事が起きている中で具体的に法律の対象にするかは言及を控えるが、可能性があれば法律を使えるようにする」と述べ、南シナ海で「重要影響事態」と認定できる事態が起きた場合、自衛隊が南シナ海で米軍の後方支援を行う可能性を示唆した。

中谷防衛相はシャングリラ・ダイアローグで海上自衛隊が南シナ海で米海軍と共同航行したり、共同訓練したりしていることを明らかにした。29日の記者会見では、南シナ海での警戒監視について「今のところ、自衛隊は、警戒監視をするという計画は持っておりません」と明言している。

しかし、中国が南沙諸島での埋め立て、軍事要塞化を即刻中止しない限り、南シナ海をめぐる日米VS中国の対立がさらに深刻さを増すのはもはや避けられない情勢だ。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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