人事課題を劇的に解決する「サーベイ」とは何か?【伊達洋駆×倉重公太朗】第1回
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今回のゲストは、株式会社ビジネスリサーチラボの代表取締役、伊達洋駆さんです。一般的には経営学を専攻して博士課程まで進学すると、大学の教員となって、自身の研究を進めるキャリアが多いです。しかし、伊達さんは博士課程在籍中に「ビジネスリサーチラボ」という会社を立ち上げ民間企業の経営者となりました。ビジネスリサーチラボでは研究知見を活用し、「組織サーベイ」や「人事データ分析」といったサービスを提供しています。組織サーベイは、従業員を対象にしたアンケートやインタビューなどの調査を行うことで、人事組織課題を浮き彫りにすることが可能です。アカデミックな知識と実践知をつなぐ伊達さんに、サーベイの本質や活用方法について聞きました。
<ポイント>
・組織の課題を洗い出すにはどうすればよいのか?
・組織サーベイをする上での大きな壁
・会社の考えた仮説と結果が違うことがある
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■研究者でありながら会社も経営
倉重:今日はビジネスリサーチラボの伊達洋駆さんにお越しいただいています。この方は研究者でありながらビジネスマンであるという、非常に唯一無二の特性もお持ちの方ですので、簡単に自己紹介をお願いできますか。
伊達:ビジネスリサーチラボという会社を経営している伊達と申します。神戸大学大学院経営学研究科で経営学の研究をしていましたが、途中でビジネスリサーチラボという会社を立ち上げて、現在は経営に専念しています。ただ、アカデミックな世界から完全に撤退したわけではありません。アカデミックな知見なども使いながらビジネスのサービス展開をしていますし、論文も書いています。その意味では、アカデミズムとビジネスの間のへりを慎重に歩いているような感じのキャリアです。
倉重:元々は大学の研究畑のキャリアがありになりながら、株式会社の代表として研究を実務で生かしていて、企業のクライアントからお金を頂いているということですよね。
伊達:そうです。実際にこの会社だけでご飯を食べています。会社に社員もいるので、完全に一つの営利企業として成立させています。
倉重:人事系の議論では、「アカデミックの内容は机上の空論ではないか」といわれることもある中で、実際に企業現場に活かしているのがスゴイんです。例えばどういう分野が多いですか?
伊達:人事の中でもテーマは多様です。エンゲージメントであったり、リテンション、定着の支援であったり、評価の納得感というところで依頼をいただくケースもあります。それから、人材採用の文脈もあります。ダイバーシティーもありますので、本当にいろいろなテーマで依頼をいただきます。
倉重:多岐にわたりますね。
伊達:かなり多岐にわたっていますね。HR系のイベントに登壇することもよくありますが、そういう場合にもテーマはばらばらです。人事担当者、それからHR事業者の皆さんからすると、「あの人は一体何をしているのか、何を専門としているのだろうか」と思われているかもしれません(笑)。テーマに対応する研究があり、活用するデータがあればどこでも行けます。
■組織サーベイとは何か
倉重:企業は現状がどうなっているか、従業員がどう思っているのかを分析していく必要があるわけですよね。そのために「サーベイ」を使うということですが、これは一体何なのか、知らない人向けにお話しいただけますか。
伊達:組織サーベイを一番なじみやすい言葉でいうと、アンケートです。従業員意識調査、ES調査、エンゲージメントサーベイなど、いろいろな呼び方をされますが、100個程度の質問を従業員に配信し、回答を得ます。そのデータを分析してフィードバックします。そのことによって人や組織をより良い状態にしていこうとするのが組織サーベイです。
倉重:「アンケートでいったい何が変わるのだ?」と疑問に思う人もいるかもしれないので、どういう効能があるかを教えていただけませんか。
伊達:組織サーベイの種類について少し説明した上で、効能を説明しますね。まず、組織サーベイには、パッケージ型と、オーダーメード型という2つの種類があります。パッケージ型は、あらかじめ質問項目が決められていて、計算式もシステムの中に組み込まれています。アウトプットもある程度枠が決まっているようなサーベイです。これはプロダクト型と言い換えることもできるかもしれません。それに対してオーダーメード型というのは、個別の企業の状況や課題感に基づいて、ゼロベースで設計を行って実施していきます。
この両者に共通していることですが、組織サーベイの中には主に大きく分けると2つの指標があります。1つが成果指標と呼ばれるものです。これは人や組織のありたい姿、目指したい姿のこと。エンゲージメントが高い状態を目指したい会社もあれば、定着率の高い状態を目指したい会社もあります。これは企業ごとに違ってくるものです。そうした目指すべき状態のことを「成果指標」と呼んでいます。他方で、成果指標を促進したり、阻害したりする要因があります。それを「影響指標」と呼んでいます。
成果指標と影響指標を可視化できるのが、組織サーベイの効能です。成果指標を可視化できると何がいいのかというと、目指すべきところに対してどれぐらい近づいているのか、もしくは遠いのかを可視化できます。この情報を特に求めているのは、経営層です。自社がどれほど目指すべき状態に近いのか、または遠いのかが分かります。
倉重:思いの外、目標から遠ざかっている場合は、何が原因なのか調査するということですね。
伊達:おっしゃるとおりです。成果指標を促したり妨げたりする要因を可視化していくことも、組織サーベイが持っている効能です。要因が分かると対策を考えていくことができます。
実は成果指標だけでは、今どのような状態か、いいのか、悪いのかということしか分かりません。「より良くしていくためには、どうすればいいのか」という情報が得られないのです。影響指標まで可視化できれば促進/阻害要因が見つかるので、対策を立てることができます。
倉重:例えば、「働きがいを高めたい」というのが成果指標だった場合、影響指標としてはどういうものが考えられますか。
伊達:上司からの支援や、仕事の自律性なども関係しているかもしれません。あるいは仕事に必要なスキルの多様性や、同僚からのサポートの大きさも関連性があり得ます。これらのうち、どれが関係しているのかを、組織サーベイで得たデータを分析しながら、「この会社においては、これが要因になっている」と明らかにします。そうすれば、要因を絞り込んでいくことができます。
倉重:仮説をいろいろ立てて、「これは関係あるのではないか」ということを挙げていき、一つずつつぶしていく形で判定していくということですか。
伊達:はい。今、大事な点をご指摘いただきました。組織サーベイは「仮説ありき」です。組織サーベイ、あるいは、アンケートというと、一見、誰でも作成できるように思えます。ところが実際に作ろうと思うと、大きな壁に直面します。何を聞けばいいのか分からないという壁です。
倉重:根本的な壁ですね。
伊達:これは意外に大きな壁なのです。例えば「エンゲージメントを高めたい」と思っても、アンケートを作るときに「何を聞けばいいのか」となります。
倉重:組織の何が問題か分かっていないということですね。
伊達:まず、成果指標が何なのかをはっきりしなければいけません。今はエンゲージメントと簡単に例示していますが、その定義もきちんと行わなければなりません。その上で、影響指標の候補が挙げる必要があります。これらのことは、言うは易し行うは難し、です。
倉重:それでも「組織の課題を挙げろ」と人事は言われるわけです。そういったサーベイを使わずに無理してやろうとすると、どういうことになってしまいますか。
伊達:要因ではないところに対策を打っているのが、一番ある問題ケースです。
倉重:要するに勘で対策をしてしまうということですね。
伊達:そういうことはやはり往々にしてあります。例えば、定着支援の方法を考えるために、ある会社で組織サーベイをしました。「辞める原因は何だろうか」ということを調査したのですが、その会社では、「上司からきちんとした支援を得られていると、離職に対する意思が下がる」ことが分かりました。ところが、それまで、その会社がリテンションのために行ってきた施策はメンター制度でした。「メンターをつけていれば離職が抑えられる」という仮説の下、制度を丁寧に運用していたのです。しかし、「メンターがいること」「メンターにきちんと相談できていること」は離職意思に影響していませんでした。
倉重:全然重視されていなかったということですか?
伊達:離職に影響を与えるような要因ではなかったということですね。
倉重:意外ですね。
伊達:メンターよりも、直接の利害関係者である上司からの支援をきちんと得られるほうが、その会社においては重要だったのです。
倉重:直感と違ったわけですね。
伊達:組織サーベイにおいて、自分たちの事前の信念と異なる結果が出てきたとき、「あれ?」となります。その会社の場合、今までの施策は必ずしも効果が得られるものではなかったと説明し、上司からの支援をきちんと得られる方向性にかじを切ることになりました。
倉重:「これがウチの組織の課題だ」と思っていたら、「本当の課題はこちらでした」ということは往々にしてあるでしょうね。過去にもいろいろなご依頼があったと思います。「サーベイをしていたらこういう問題が隠れていた」という例はありますか。
伊達:本当にいろいろな観点からありますが、仮説と異なる結果が出たという意味では、ダイバーシティーに関する調査が印象的です。「皆が生き生きと働いていること」を成果指標として、組織サーベイを行いました。ダイバーシティーの究極的な目標とは、それぞれの人が、自分の置かれた立ち位置で生き生きと、未来への展望を持って働いていけるという思いを、担当者が持っていたので、それを成果指標として定めたのです。
倉重:いい指標のように思えますけどね。
伊達:この定義自体は特に問題はないと思います。一方で、影響指標はどうしましょうかというときに、担当者は「アンコンシャス・バイアス」に大きな思い入れがありました。
倉重:無意識のバイアスのことですね。
伊達:「きっとアンコンシャス・バイアスを持っている」と考えていたわけです。「女性はこう」「男性はこう」といったバイアスを持っているから、それらが仕事の与え方に悪い影響を与えて、生き生きと働けないようになっている。そんな仮説を持っていました。このことを検証してみようということで組織サーベイを行いましたが、成果指標とアンコンシャス・バイアスの間には、統計的に有意な関連が見られませんでした。
その理由は他の分析結果から見えてきました。確かに、この会社の従業員は性別に対するバイアスを持っていました。ただ、行動レベルでは、男女区別なく接していたのです。そのため、男女の区別なく仕事を提供していたので、バイアスが現実的にネガティブに作用することはなかったのです。むしろ、キャリアに展望が持てているかどうかの方が、成果指標に関係していました。
倉重:「この会社で未来が見通せるのか」というほうが大事だったのですね。
伊達:アンコンシャス・バイアスを持っていても、少なくとも仕事をする上ではコントロールして、問題なく振る舞っているわけです。もし、バイアスをわざわざ俎上(そじょう)に上げると、寝た子を起こすような状態になりかねません。それよりも、もっと本質的な課題であるキャリア展望を描けるようにしていかないと駄目なのではないかという話になりました。
倉重:中長期的なキャリアは、女性のほうが思い描きにくかったのでしょうか?
伊達:男女にかかわらず描きにくい人がいました。そういう人の成果指標が低い傾向にあったのです。
倉重:それこそバイアスですが、「こうではないか」と思っているものも、客観的にはそうではないということが判定できるわけですね。
(つづく)
対談協力:伊達 洋駆(だて ようく)
株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『オンライン採用 新時代と自社にフィットした人材の求め方』(日本能率協会マネジメントセンター)など。