前人未到の28戦連続無敗でJリーグ最速優勝 BB秋田の強さを支える独自のスタイルとは?
■愚直かつ泥臭いサッカーでJ3優勝&J2昇格
11月18日、J3のブラウブリッツ秋田(以下、BB秋田)が、6節を残してJ3優勝を決めた。同日、2位のAC長野パルセイロが敗れたため、Jリーグ最速でのスピード優勝となった。また、BB秋田の優勝は2017年以来2度目。その後の2シーズンはいずれも8位に終わったが、今季はJ2ライセンスを交付されているため、悲願のJ2昇格も達成することとなった。
注目すべきは、スピード優勝と初のJ2昇格だけではない。6月27日の開幕戦から、クラブ新記録となる怒涛(どとう)の9連勝をマーク。11月3日には、ヴァンフォーレ甲府が2012年に打ち立てたJリーグ連続無敗記録(24試合)を塗り替えた。今季のJ1では、川崎フロンターレが6節を残して優勝に王手をかけているが、それでも2敗を喫している。対してBB秋田は28戦20勝8分け無敗、しかも得点はリーグ最多の49で失点は最少の8。まさに圧倒的な強さで、今回の快挙を成し遂げたのである。
2カ月前の9月19日、ホームのソユースタジアムで行われた、ガイナーレ鳥取戦を現地で取材した。試合に先立ち、直前にJリーグから処分を受けた入場者数水増しの不祥事について、BB秋田の岩瀬浩介社長が謝罪。「失ってしまった皆さまからの信頼を、また構築できるように努めます」とした上で、スタンドのファンに向けて深々と頭を下げた。重苦しい雰囲気の中で迎えたキックオフ。それでもBB秋田は、立ち上がりから持ち前の攻撃力を発揮し、スタンドは次第に熱を帯びていった。
32分に先制して、その4分後に追加点、さらに58分と90+1分にもダメ押しゴールが決まり、この時点で3位だった鳥取に4−0の圧勝。とはいえ、やっているサッカーは、至ってシンプルだ。球際の強さと走力で相手を上回り、ボールを奪ったら一直線にゴールを目指す。今どき珍しい、愚直かつ泥臭いサッカーである。チームを率いるのは、吉田謙監督、50歳。自身のチームのスタイルについて、こう語る。
「ウチの戦い方は複雑な戦術(を用いる)よりも、よりサッカーの本質を突き詰めていると思います。まっすぐゴールを目指す。そのために縦方向にパスを出す。ボールを取られたら、ひたむきに追いかけて取り返す。そういったものを、選手には求めています。緻密で複雑なサッカーではなく、本質的なものをシンプルに、ひたすら追求していこうと。それが結果に結びついているのは、本当にうれしいです」
■吉田謙監督のユニークなサッカー観と考え方
吉田監督は現役時代、読売サッカークラブ・ジュニオールやジヤトコサッカー部などでプレー。ジヤトコ廃部後の1999年、そのまま静岡県東部に残り、アスルクラロ沼津で指導者の道に入る。それから2019年まで実に20年。当初はU-13やU-15などの育成年代を指導し、JFL時代の2015年からトップチームの監督に就任。17年にはJ3昇格、18年にはJ3優秀監督にも選ばれた。
そして今季、指導者となって初めて、沼津以外でチームを率いることとなった吉田監督。もっとも指揮官自身が語るように、今季のBB秋田のサッカーには、戦術面での目新しさは見当たらない。むしろこの人のユニークさは、そのサッカー観やチーム作りの考え方に求められよう。そのエピソードには事欠かない。
たとえばBB秋田の監督就任が決まった時、所属選手ひとりひとりに「今度、監督をさせていただきます、吉田です」と電話をかけている。その理由を尋ねると「礼儀正しさは『最高の攻撃力』だと思っています。これから共に戦う仲間として、あいさつするのは当然だし、そういう社会人になってほしいという思いもあります」。今季途中、沼津から期限付き移籍してきたFWの田中直基によれば、こうした吉田監督の姿勢は「ブレてない」という。
「沼津時代から、ずっと同じ言葉を繰り返していますね。試合後のインタビューも、基本的に同じ(苦笑)。とにかくブレないんですよ。フレーズも独特です。魂の際と書いて『魂際(たまぎわ)』とか、枠に飛ばす力で『枠力(わくりょく)』とか。そういうのって、何度も繰り返されると『ああ、また言ってるよ』ってなるじゃないですか。でも謙さんだと、何度言われても気が引き締まるんですよね。大事なことを言っているんだと、選手もわかっていますから」
吉田監督が選手に求めるのは、至ってシンプル。全員が誠実、かつひたむきに走って前に向かい、ゴールを目指す。そこに美しいパスの軌跡や、昨今流行りの戦術にまつわる諧謔(かいぎゃく)はない。しかし、そうした潔さがかえって、新鮮な親しみを感じさせる。あえて例えるなら、2002年ワールドカップで日本人を感動させた、アイルランド代表の「魂のフットボール」に近いのかもしれない。
■コロナ中断期間中もフィジカルトレーニングを重視
吉田監督が「ゴールを目指す姿勢」と同じくらい重視しているのが、走力とフィジカルである。走力については「走り続けるためのスタミナとフォーム。それとサッカーですから、多方向動作やジャンプや方向転換といった、さまざまな走りを分類化しながら練習に取り入れています」。では、フィジカルに関してはどうか。こちらについては、選手の証言を紹介することにしたい。
「フィジカルのトレーニングは、シーズン前の高知合宿から取り組んでいました。ただ筋肉を鍛えるんじゃなくて、バランスが崩れた状態でバランスをとるというか、ひとつの動きをしながら別の筋肉にも負荷をかけている感じです。それまであまり、そういう厳しめのトレーニングはやっていなかったので、確かにキツかったですよ。でも、その積み重ねがあっての、今の順位だと思っています」
そう語るのは、チームで2番目の古参選手(8年目)でキャプテンの山田尚幸。今季のBB秋田については、サポーターの間でも「選手の体つきが変わった」という声を耳にする。高知合宿で、チームのフィジカル改革が粛々と行われたのは間違いない。さらにもうひとつ、注目すべきが、コロナ禍による中断期間の過ごし方。全体トレーニングができない不安が募る中、あえて戦術的な指導は行わず、選手にはひたすらフィジカルトレーニングを課したことだ。
「もちろん(戦術指導に関する)映像は送りましたけれども、やはり体感値や実体験がなければ(実戦の)感覚はつかめないですよね。ですから、そういったところには手を出さず、中断期間中はフィジカルをやりきることを決断しました。幸い、コーチングスタッフが選手とうまくコミュニケーションをとってくれたし、ウチは真面目で努力する選手が多い。ですから(トレーニング再開後は)、キャンプでやってきたことをおさらいしながら、という感じで開幕戦に備えられました」
■前任者がチームに残した「秋田スタイル」とは?
ここまで読み進めて、BB秋田が志向するサッカーのアウトラインはご理解いただけたと思う。吉田監督が就任して、劇的に変わったのがフィジカルの強化。一方、冒頭で語られた「まっすぐゴールを目指す、そのために縦方向にパスを出す、ボールを取られたらひたむきに追いかけて取り返す」といったスタイルは、実は吉田監督の就任以前からBB秋田に定着していたものであった。
これまでBB秋田で、4人の監督の下でプレーしてきた前出の山田は「今のスタイルのベースを作ったのは、15年に間瀬(秀一)さんが監督になってからですね」と振り返る。間瀬氏は吉田監督の前任者で、これまで2回、BB秋田で指揮を執っている(15〜16年、18年8月〜19年)。現在は、愛知県1部のワイヴァンFCでトップから育成年代までを指導する、前監督にも話を聞いた。
「最初に監督に就任した時、社長の岩瀬さんと『秋田らしいスタイル』を模索しました。選手については予算も限られているので、止めて蹴るは最低限でいい。その代わり、走れて戦えて、コミュニケーションが取れる選手を集めました。それともうひとつ意識したのが、厳しい冬を耐え忍んで夏の祭りで弾ける、秋田の県民性。粘り強く守備をして、チャンスになれば一気にゴールに迫るようなスタイルが、秋田の人たちに支持されるんじゃないかと考えました」
それが、クラブが掲げる「秋田スタイル」である。前任者の遺産について、吉田監督は「相手の状況をよく見てポジションを取り、判断してプレーするベースの部分は、間瀬さんが残してくれたと思っています」とした上で、「僕はそこにシンプルさを求めました」と語っている。
コロナ禍の影響で、ほとんどぶっつけ本番で臨んだJ3開幕戦。それでもブレずにフィジカルトレーニングを続けたこと、そして戦術面を極力シンプルにしたことが、序盤の9連勝につながった。結果を積み重ねることができれば、選手たちも次第に自信を深めていく。かくして、無敗記録を更新し続けながら、BB秋田はJ2昇格とJ3優勝を同時に達成。今後は、Jリーグ史上初となるシーズン無敗での「完全優勝」に注目が集まる。
残り6試合の対戦相手は、カターレ富山(ホーム)、ロアッソ熊本(アウェー)、FC今治(ホーム)、ガイナーレ鳥取(アウェー)、SC相模原(アウェー)、鹿児島ユナイテッドFC(アウェー)。今季のJ3は2位以下が混戦模様で、対戦相手の6チームはすべて昇格の可能性を残している。しかも、ラスト3節はいずれもアウェー。客観的に考えれば、完全優勝はかなり難易度の高いミッションであると言わざるを得ない。それでも、吉田監督はブレることなく「秋田スタイル」を貫くはずだ。
普段は話題になりにくいJ3。この機会にぜひ、偉大な記録達成を成し遂げんとする、BB秋田のサッカーにご注目いただきたい。
<この稿、了>
【この記事は、Yahoo!ニュース 個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】